第18話 Another side
「ね、ねぇ。向こうの方から何か聞こえない?」
突然の舞の発言に純と大は疑問符を浮かべる。
本当にそんな音聞こえるのか。空耳ではないのか。
だが、舞の指した方向に注意しながら耳をすませると、かすかに音が、人の声が聞こえてくる。
「もしかして……ひ、人がいるのか?」
微かに。微かにだが、人の声が聞こえてくる。
そんなに大勢ではない。少数だろう。
人の声が聞こえてきたことに若干の警戒と、それ以上の大きな安堵を感じた三人であったが……
「遠くて何喋ってるのか全然聞こえてこねぇ」
「うへぇ」
「ねぇ、二人とも、よく聞いてみてよ!声が大きくなってきてない?」
「確かに!江本さんの言う通りだ!」
「そう、か?江本さんも純も、よくわかるな……」
舞はいやに鋭い聴覚をもって、いち早く情報を入手する。
スペックの高い純も舞の意見に賛同し、称賛の声をあげた。
大は……かわいそうに。
状況を判断しながら、真っ先に話し声に気づいた舞は、とりあえずの方針を提案した。
「こっちの方に近づいてきてるみたいだし、少し静かにして向こうの会話を聞いてみない?聞き取れるのかわからないけど。近づいてきてる人が私たちにとって敵かもしれないし」
舞の発案に純も大も確かにと頷く。
いくら平和ボケした日本の高校生とはいえここまで奇天烈な状況下であれば警戒心を解きようもない。
しばらく耳を澄ませていると、アクセントの強弱や語尾に所々不自然さがあるものの、どういうわけか、確かに聞き取れる言葉が聞こえてきた。
「ねぇねぇ、モトさんや。どうしてわれわれは今一緒にこんな霧の中を歩いているんだい?」
「命令だからだ。あと、モトさんとはなんだ」
「モトハル・カノコさんだから、モトさん。気に入ったかい?わたしのこともミズクサじゃなくて、ユナちゃんってよんでくれてもいいんだよ?」
「ミズクサ、そろそろ”伝承の間”の中心部だ。用心しろ」
「モトさん、照れっちゃって〜。かわいい女の子と話す機会がないのかな〜?それにあんな、なにもないとこに用心してもしょうがないじゃんよ〜」
「お上からはいるかもしれないとのお達しだ」
「でも、たまたま本庁に残ってて余ってたわたしたちをよこすくらいだから”上”もいるとは思ってないんじゃない?」
「黙ってろ、クソガキ」
「うぇ〜ん、モトさんがいじめるよ〜。怖いよ〜」
モトさんと呼ばれていた青年男性と思われる落ち着いた、少し冷めた声とユナと自称していた子供っぽい快活な明るい声が聞こえてくる。
会話の内容とあわせて、コンビとしてチグハグな印象を抱かせる。
上、命令、伝承の間、などと気になる単語が聞こえてくるものの、相手が思った以上に緩いムードであることに純たちはホッと胸をなでおろした。
次第に、話し声に加えて足音も聞こえてくる。
だが、もう少しで姿も見えようかという頃、不意に足音が止まった。
「……いるね」
「あぁ。だが、動く気配はないな。ミズクサ、どうする?」
「斬り殺す……モトさんが」
「却下。命令は対象を連れ帰ることだし、討伐なら先にミズクサを使って試してからやる」
「うわー、ひどっ。モトさん、十四歳の幼気な少女にそんな乱暴なことするんだ……幻滅したわ」
「ミズクサ、帰れ、黙れ」
一瞬出た、斬り殺す、という物騒な発言に純たちは背筋を凍らせる。
会話の内容こそ殆ど聞くに耐えないものであることに変わりはない。
だが、それまでと雰囲気が一変し、モトハルもユナも警戒心を前面に押し出している。
会話の通りならばユナは十四歳の少女という事になる。しかし、純が感じ取った雰囲気はそんな幼気な少女のものではなく、自分たちを狩りにきた圧倒的上位者のものであった。
このままじっとしていたら何が起こるかわからない。彼らに歯向かってもいい未来は伺えない。
モトハルという人の言葉を信じるならばおそらく殺されることはない。
向けられたむき出しの警戒心に大と舞は体を震わせている。
純は悩むこと数秒。
だが、心持ちは一つのみ。
(大と江本さんを守らないと……!)
勇気を振り絞り、行動へ打って出た。
「す、すみません。ここがどこかわかりますか?」
純は両手を挙げ、できる限り無害であることを表しながら、モトハルとユナが見える位置まで近づく。
できる限り彼らに協力的な姿勢をアピールすることで、当面の情報収集と安全をできる限りの待遇をもって確保したい。
「突拍子ない話で申し訳ありませんが、俺たち、突然、気づいたら、この石畳の広場に寝転がっていたんです。学校にいたのに気づいたら突然」
相手の姿が見えてきた。
三十路くらいの、ともすればおっさんと揶揄されかねない風貌の大柄な男。地味な顔立ちは、特徴のないスポーツ刈りの頭髪や無精髭も相まって、老けた印象を与える。おそらく、彼がモトハル・カノコだろう。言葉数少なく無愛想な、口ぶりも彼の容貌と違和感ない。
とすれば、青年の横に並ぶ少女がユナ・ミズクサだろうか。無邪気でおどけた子供っぽい口調に見合った、十代中頃の幼めな顔立ちの小柄な少女だ。その快活さから中性的な印象を抱かせるが、恐ろしく顔が整っている。モトハルと同じく東洋人っぽい顔なのに銀髪のショートヘアが似合っているのはその美を象徴している。性格や装い、雰囲気を整えたら天使と称されども遜色ないだろう。数年後の彼女の美を想像すると楽しみよりも畏れが強まるのは横にいるモトハルの野暮ったさが原因だろうか。
どこからどう見てもアンバランスな二人組。だが、両人とも同じデザインの白地のコートを着ていることから、かろうじて共通点を見出せる。
純は彼らに今後の自分たちの命運を占うかもしれない頼みを、恥じも面目もなく言いあげる。
「先ほどまで一部会話を拝聴しておりました。無礼をお許しください。……モトハルさん、ユナさん、お願いがございます。僕たちを助けていただけませんでしょうか?」
「……いやだっ!」
「えっ……」
ユナが口を尖らせ不満げに、純の願いを、ノータイムで、却下する。
純たち三人はその無慈悲な答えに呆気にとられる。
……ユナの隣では、なぜか、モトハルも唖然としていた。
やがて責めるような、問いただすような目をモトハルより向けられたユナは、いたたまれない視線に耐えきれなくなったのか、続けた。
「お兄さん、頼み方がなってないねぇ。ユナ”さん”?違うでしょっ!ユナ”ちゃん”でしょっ!ほら、練習。私の後に続けて言ってみて?せ〜の、ユナちゃん」
「ゆ、ユナちゃん」
「いいねお兄さん!じゃあ次はモトさんも一緒に!せ〜のユナちゃん……いだっっ」
モトハルは無言でユナにげんこつをくだす。
純たちの戸惑いと何か怖いものを見る視線に耐えかねたのか、ユナは喋り出した。
「まぁまぁ、モトさんもそんな怒らないでくださいな。お兄さんたちもそんなに必死に怖い顔してたら、できることもできなくなっちゃうよ!ほら、スマイルスマイル!」
ユナの言葉に純はハッと目を見開く。
できる限り丸腰で受け入れられるようにしたつもりであったが、表情が緊張と警戒でずっとこわばっていた。
十四歳の女の子に助け舟を出してもらったのだ。
彼女とてこの状況に困惑しているだろうに、俺たちを慮って、道化役を買って出て。
(俺たちは思った以上に恵まれた環境下にいるのかもしれないな)
純は感謝の念も込めて、改めてお願いをする事にした。
「ユナさんありがとうございます。よければお話を伺えませんか……いだっっ」
純は殴られた。
ユナ”さん”だとやはり気に食わないらしい。
「伝承の間に異界の子が召喚される。彼らはいずれこの世界を壊し、在り方を変える、その導き、標である。願わくば改変された世界にヒトが生き残ってて欲しいもんじゃのう。」
「最後、予言じゃなくて巫女のババアのぼやきじゃん。あのババア絶対にボケてんだろ……。私、純たちは破壊神だーってことだと思う!この世界を変えちゃうんだって。でも、本当に破壊神がいたらどーなっちゃうんだろうね?モトさん、私のこと守ってくれる?」
「知るか」
互いに自己紹介を終え、純たちはモトハルへ様々な疑問を尋ねる。
この不可解な状況について、打開策を導くには情報が足りない。
話していくうちに、いくつものものすごく重要な、そしてどうしようもない情報が手に入った。
「えぇと、まとめると、つまり、古の伝承によると、俺たちは召喚された異界の子でこの世界を大きく変化させる可能性がある、と。それで、モトハルさんたちの派閥は俺たちを保護したいという意向をお持ちであると」
「ああ。我々、ヒトはそういったものに頼りまでしないと生き残れない、そんな有様だからな。我々の派閥は君たちの安全を確保した上で招き入れたい、そのように考えている」
異世界であることは確定したわけだが、情報量と不確定要素が多すぎて、混乱が深まる。
どうやらヒトは生存競争で致命的に負けているらしく、今存在している三つの都市国家を守るのも将来的には厳しくなっていくとの見立てとなっているそうだ。
そして藁をも掴もうと、伝承として聞き及んでいた召喚の儀に頼って、伝承通りの日時、場所に来てみたところ純たちがいたということらしい。
純は会話を続ける。
「あの、確認なのですが、あなた達はこの召喚そのものに関与はしていないのですね?」
「あぁ、その通りだ。確かな情報源より、君たちの召喚という事象の存在を知った。だが、いつ、誰が、どのように、何を意図して、これを執り行ったのかは預かり知れない。我々が知る程度の情報であれば都に帰還した際に開示するが……」
モトハルの言葉を信じるのであれば、モトハルの所属する組織では、純たち異界の子の召喚の意義、成り立ちは知らないということになる。
それはどうしようもない事実を導き出した。
舞は力なく、それでも、すがるように尋ねる。
「えぇっと……それじゃぁ、私たちが元に戻る方法はわからないのですか?」
「すまないが……存じ上げない」
舞の不安げな、オドオドとした質問に対し、モトハルは申し訳なさそうに、それでもきっぱりと事実を口にした。
モトハルの残酷な返答を聞いた瞬間、純、大、舞の三人の目の前は真っ暗になった。
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