第11話





 直樹は確実に自身の死に場所がここだと思っていた。

 女神様はそれほどまでに色々と圧倒的だった。

 だが、彼女は、四本ヅノの鬼の核を取り出して直樹の下に置いて、そしてそのまま立ち去っていった。

 彼女がどういう意図でその行動をとったのかは全くわからない。ただ……


「助かっ、た?」


 安堵から思わず口をついて出る。

 緊張で詰まっていた息を吐き出す。

 直樹はしばらく放心していた。

(はははっ)

 やがて乾いた笑みがこぼれてくる。

 直樹は小一時間、腰を抜かし呆けていた。



 しばらくして我に返り、自身の足下に目をやる。

 四本ヅノの鬼の核とみられる粒が六つ転がっていた。

 続いて、すぐ近くに打ち捨てられた鬼の死体に目を向ける。死してなおその力強さを伝えんばかりの存在感がそこにはあった。その身に六つもの核を宿していたのだ。それも当然だろう。

 恐れ多い。

 非常に恐れ多い。

 同種で遥か高みにいる存在の一部を頂戴するのだ。

 だが、慢性的な疲労と傷が蓄積されたこの体を生きながらえさせるには、核を頂くほかない。直樹は頭の中で理解していた。

 両手を胸元で合わせる。地球にいた頃、食前に何度となく行ってきた行動だ。だが、この世界にきてからは段々とやらなくなってしまっていた。そのようなことをする余裕が一切なかったともいえる。

 食らい、食らわれるこの世界。

 今まで食に対する感謝の念など抜け落ちていた。

 成果物であり糧でしかなかった。

 だが、それでは獣と変わらない。

 直樹は自然と口にしなくなってしまったその言葉を口にする。


「いただきます」


 核の一粒一粒はとても小さい。BB弾と変わらないくらいの大きさだ。

 直樹は六つの核を全て飲み込む。

 核そのものに味はない。無味無臭の錠剤を飲み込んでいるのと変わらない。

 ただ、その錠剤は即効性が高く、そして、キレる。体へ入ると食道さえ通っているのか怪しいスピードで全身に、血流が激しくなったかのように唸る。

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。

 核から取り込まれたエネルギーが全身に急速に、まるで体を破壊するかのごとく広がっていく。

 そう、まるで体が壊れそうで……壊れそう?


「痛ダダダだだダダダあああああぁ」


 痛い痛い痛い痛い。体が壊れそうなほど、うねりをあげ、とろけてしまいそうで、前にも岩ガエル食べた時にこんなのがあって、痛くて、痛かったってったって……



 意識が途切れていた。

 体の痛みは消えていた。

 むしろかなり調子がいい。この洞窟で鬼になって以来、一番と言ってもいいほどだ。

 以前、岩ガエルの舌を食べた時以来の強烈な痛みだった。というか以前よりも痛かった気がする。

 ここ最近、色々と散々だったから痛みには慣れてきたのに……これ次があったら死ぬんじゃね?

 岩ガエルの時以来の食後の激痛。

 それは、岩ガエルの時と同等の、いや、間違えなくそれ以上の変化が直樹の体を襲っていた。

 前よりも視線がまた少し上がっている事に気がついた。

 視界に映る手や足も心なしか大きくなっている気がする。

 また、体に満ち満ちたエネルギーも段違いであった。


「ま、まさか……」


 直樹は半ば確信めいたものを持ちながら額へと手を伸ばす。

 最初はゴミクズみたいな一本(笑)だった。

 次は手で握りしめても覆いきれないくらいには大きな二本だった。

 今、直樹の手には両手でも覆いきれない程大きくねじれ曲がったツノがあった。

 それに……


「三本目……」


 それはこの洞窟に迷い込んで以来、もがき、苦しんできた小鬼の少年の苦労の塊であった。

 努力の塊であった。

 諦めずに積み上げてきた誇るべき成果であった。

 この世界で生きていくには力が必要だ。

 直樹は今日、なけなしの、それでも大きな、大きな力を得た。

 二本目を手に入れた時に感じた体を弄られる得体の知れない嫌悪感はだいぶ鳴りを潜めた。それはこの世界で生きる決意が固まってきたからか、それとも……。

 直樹は目の前の四本ヅノの鬼に目をやる。

 その瞳に力はない。

 その瞳には反射して映る自分の姿を見やる。

 そこには諦めと感謝で沈んでいた少年の姿はなかった。

 また一つこの地獄を生き延びた力強い戦士の姿が映っていた。

 直樹は鬼の目元へと手を伸ばし、そして、その開かれた瞼を手のひらでそっと隠した。

 ありがとう。

 四本ヅノの鬼はこの世界でのいろんな意味での象徴だった。

 そして最後には直樹が生きるための糧となった。

 ただ彼をエサとして扱うのが嫌だった。

 地球では豚や鳥をたくさん食べてきたし、ここでもたくさん……何体か生き物を殺して食べてきた。エゴなのかもしれない。でも、例え体は鬼であろうと、ヒトとしてあるために感謝を忘れたくはなかった。

 ふと鬼の腰が目に入った。

 立派な腰巻、ロングスカートのようなものを履いている。よく見てみると二枚の布を重ねてまいているらしい。

 布の結び目をみるとそこには何か願掛けがあったのだろうか、特殊な結び方で硬く湯わ割れている。

 さて、対する俺はすっぽんぽん。四本ヅノの鬼さんは二枚の布……。一枚拝借してもよろしいだろうか。

 相変わらず、すっぽんぽんで恥ずかしかったので腰巻を拝借した。

 着てみると、丈がだいぶ長かったので、オフショルのワンピースみたいになった。

 オシャレかな?やっぱりカエル舌のブラジャーの方が好みかな?

 ……カエル舌の方がゾクゾクするな。

 でも、なんか腰に巻いただけなのに、四本ヅノの鬼に近づけた気がしてちょっとだけ嬉しくなった。 

 この世界がどんな意図を持って、どんな悪意を持っているのかはわからない。

 ツノが増え、体が変わっていくことがどんな意味を持つのかわからない。

 それでも、強くなる事に憧れてもいいんじゃないか。四本ヅノの鬼に憧れた小鬼の少年の気持ちは大事にしてみてもいいんじゃないか。そう思った。



 そんなこんなしていると、肩にひんやりしたものが当たった気がした。

 まるで、鳩に糞を落とされたような感じだ。あいつらマジで許さねぇ。

 肩を見てみると、何か糸のようのものが天井から落とされ、直樹の体に絡みついていっている。糸一本一本が直樹の指と変わらないくらいの厚みで強度もありそうだ。容易には外せそうにない。

 嫌な汗をかきながら直樹は肩に伸びる糸の行く先に目を向ける。


「へ?」


 すると、そこには無数の光があった。

 かつて湖で目にした幻想的な光景。まるで海のように広がる湖面全体を反射して光らせる天然のイルミネーション。

 直樹が涙したホタルと思われるモノたちが無数に、瞬く間に、大広間の天井を覆い尽くした。

 そして、死体の山に糸の雨を降り注ぐ。

 直樹に落とされる糸も一本、二本、と無数に増え続け、気づくと直樹は全身簀巻き、ミイラのような状態となってしまった。

 行動不能。

 脱出不能。

 おそらくあのホタルたちはこうやって安全に獲物を獲得しているのだろう。なんて羨ましい。

 そして、直樹は糸により天井へと引き上げられていって……


「あれ……これって、詰んでない?」




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