第12話
なんか得体の知れないたくさんの太い糸に、ぐるぐる巻きにされて天井へと引き上げられていく。
呆然としている間にも、どんどん高度を上げられていってしまう。
「は……どうなってんの?」
中空で、四肢が拘束されてて、身動きが一切取れない。
突然の意味不明な危機に直樹は混乱の極地へ至る。
直樹は、とりあえず巻きつけられた糸を外そうとあの手この手と試していくが、全く外せそうな気配をみせない。
それどころか、糸を外すため四苦八苦もがいた代償はさらに、直樹を苦しめた。
糸は天井から吊るされており、直樹はその先端にくっついている。つまり、振り子のような状態だ。おもりの代わりに直樹がつけられた人間振り子だ。
物理の授業中、想像したことはないだろうか?振り子って乗ってみたらどうなんだろう。急発進急ブレーキがない等加速度運動だから酔わないのではないだろうかと。
だが、悲しいことにこの場では想像と全く違う結果となった。
糸から抜け出そうともがく直樹により不規則に力を与えられた人間振り子は、三次元的に揺れまくり、三半規管を絶望的に刺激した。
「うぷっ」
悪いのは糸から逃れようと無茶苦茶に暴れた直樹だ。
車酔いのように気持ち悪くなる。吐き気がする。
鬼に存在するのかどうかわからないが、胃液がせり上がってくるような感じがする。ちなみに液体だけだ。しばらく何も食べれてない。
強烈な乗り物酔いと胃液がせり上がってくる感覚……嫌なことを思い出した。
あれは小学校4年生の時だった。
遠足で近所の小さな遊園地へ行った。そこでクラスのみんなでジェットコースターに乗って、いっぱいゲロゲロした。隣に座らされてた女の子のスカートにも、ジェットコースターくんにも、線路くんにもいっぱいゲロゲロした。もしかしたらあの遊園地のジェットコースターの座席には俺のゲロの残滓がこびりついているかもしれない。見知らぬ人の尻にゲロをつけているのか、それとも、ゲロが見知らぬ人の尻に敷かれているのか……尻に敷かれたい。
昔から乗り物は超苦手だった。だから、先生には乗る前に言ったんだ。俺は乗りたくない、と。だが、先生は俺が怖がっていると勘違いしたのか、乗ったら楽しいぞと一切取り合ってくれなかった。結果、ジェットコースターを怖がって泣いていた上に、俺の隣にまで座らされてしまった可哀想な女の子をさらに違う意味で泣かせてしまった。
それから、俺の呼び名はゲロゲーロとなった。だから、カエルくん、ぼくは君の仲間なんだ。あの時は言えなくて、食べちゃってゴメンね。だから、お願いだから、今食べにきてよぉぉぉ、仲間だろぉぉぉ、虫は嫌だぁぁぁ……ねぇ、カエルって虫食べるよねぇ……ねぇ?
最悪だ。
せっかく現実逃避してたのに現実に引き戻された。やっぱりカエルは敵だ。
いい加減、現実を見よう。女神様と四本ヅノのアニキに生かしてもらった命、こんなところで無駄にはできない。
とはいえど、体に巻きつけられた糸はちょっとやそっとでどうにかなりそうも無い。おそらくチェーンソーでもなけりゃ切れないだろうし。第一、俺の何倍もの大きさのあるゴリラの死骸とかも余裕で持ち上げられているんだ。闇雲に動くのは愚策だろう。
となれば、やはりこの糸を吐き出している元凶だ。そこに何か活路を見いだせればいいのだが。
よし、上だ。
上を確認しよう。
敵を確認しよう。
ホタルは……虫だ。見ようによれば、細長くてケツが光るゴキブリだ。見たくも無い。だが、残酷でも現実を受け入れなければならない。見なければならない。命あっての物種だ。
「はぁ……よし!」
深呼吸をひとつ。決意を込めて首を、視線を天井へと向ける。
すると、そこにいたのはホタルではなく……光るウジ虫であった。
真っ白で、見た目弾力がありそうで、触ったらすぐ潰れそうで、潰れたらぶちゅって汁が出てきそうで。
有り体に言って、キモい。
直樹は白目を剥きかける。もはや意識が飛ぶ寸前だ。
男の子は虫が好きというイメージはなんとなくだが定着している。だが、そうでない者も一定数いる。
確かにムシキ◯グとかは子供の頃好きだった。カブトムシやセミの抜け殻などは好きだった。でも、ダメなものがあった。ゴキブリだ。ワサワサっとした動きがダメだった。突然飛んでくるのがマジでダメだった。スプレーしても、引っ叩いても起き上がってくる不屈の精神が怖かった。そこから、虫全般が苦手になっていった。特に虫と触れ合って遊ぶような年齢を脱してからはすごい苦手になった。
まぁともかく、虫が嫌いだ。大っ嫌いだ。
大っ嫌いな虫が、しかも、その中でも最上級にエグい、ウジ虫が、もう、姿を確認できるところにいた。
それも一匹ではない。
無数に、だ。
天井より死体の山全てにまるで雨が降り注いでいるかのように、無数の糸が垂らされていたのである。それは一本一本奴らから出されていたのだ。
天井は無数のウジ虫で埋め尽くされていた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
最悪だ。
実はこの洞窟に住み着いてからの間で何度も糸の存在は確認していきた。なぜならその糸は直樹にとって同じエサを競合する商売敵だからだ。他の強いバケモノが食い荒らしたエサの残しに群がる屍肉食らい、それが直樹やこのウジ虫のようなこの洞窟における弱者にとって生き伸びる方法だ。
だが糸の主人までは確認できていなかった。確認したくもなかった。
さっきは女神に殺されそうになって、今ウジ虫に殺されそうになって。
直樹は一つ世界の真理に気づいた。
美しいって素晴らしい。
どうせなら、女神様に身を捧げたい。
そして、ブス、それも中身がぐちょぐちょでブサイクなウジ虫はちょっと、いや、だいぶ無い。
再び蘇った人間的な感性が、理性が告げる。俺に君たちはふさわしく無い。せめて人型になってから出直してこい。
《人型がいい》
……これは新しい性癖の発見だろうか。
新しい知識を得られることは人生の醍醐味そのもの。今日もいい一日であった。
「はぁ……」
ため息を一つ。
いくらおぞましい光景でも現実逃避ばかりしていてはいられない。ナニかの食い物にされるだけだ。ナニかがナニかは言及しないでおこう。忌まわしき虫どもとの宿命を刻まれたこの血が騒ぎ出す。今度はガキの時にGにビビった結果ノートパソコンを使えなくした話をしないといけなくなる。
さて、どうやって抜け出そうか。
現在の状況を振り返ってみよう。
肩から足まで糸でぐるぐる巻き状態。顔がまだ出ていることから息ができるのと首の取り回しが効くのが不幸中の幸いか。あとは一応、ひざ下も簀巻きにされるのを逃れている。
逃げる上で一番の問題はこの糸だ。実は全く切れる気配がない。三本目のツノが生えて、また体が大きくなった。純粋な腕力が上がった。だが、切れない。糸はそれなりに硬い上に程よい弾力性を持っている。車のタイヤみたいな強化ゴムをかなり太いうどんのように引き伸ばしたイメージだ。
この極太糸をどうやってちぎってやるか。もしくは、簀巻きからマジックのように抜け出すか。抜け出すにしろ、とりあえずもっと体の稼動可能な範囲を広げないと話にならない。
さて、どうしようか。
あ。
ヤバい。
結構天井に近くなってきた。
ウジ虫の捕食シーンが見えてきた。
唾液かなんかで溶かしながら食べてるのか?
とりあえず、ぐちゅぐちゅでキモい。
ヤバい、意識飛びそう。
意識が飛ぶ……?
そういえばこの世界に来てからそんなことばかりだな。岩ガエルを食べたら痛くて、意識飛んで。今度は鬼の核食べたら意識飛んで。
……そういえば⁉︎
衝撃の展開の連続で完全に忘れていた。三本目のツノが生えて、体が大きくなって……そして、ツノの感触が変わったんだ。
今まではニキビみたいに感触こそあれど、ただ在る、ついている飾りのような印象だった。
だが、三本になってまるで手足のように、身体性が感じられるようになった。
ツノに身体性がある。
ここから連想できるのは、忘れもしない、あの動きだ。
初めてこの世界に降り立ったときのことだ。
全く同じ、この場所で、四本ヅノの鬼は鳥人を相手に戦っていた。
四本ヅノの鬼は鳥人へ向けて、いきなり、地面から《白い突起物》をいくつも突き出した。
まるで額にて存在を誇示している、その立派な《ツノ》みたいな白い突起物をいくつも突き出した。
あの時は訳がわからなかった。
だけど、今は思う。
もしかして、あれはツノを突き出していたのではないか、と。
ずっと考えていた。鬼の強みは何なんだろう、と。
四本ヅノの鬼以外に同族と会ったことがなかったから、戦いを十分に観察できなかったからわからなかった。
例えば、カエルは強力な舌弾丸を持っていた。地球にいた頃とは考えつかない戦闘力を持ち得た要因は間違えなくあの理不尽な砲撃だ。
他のバケモノどもも皆、各々に強みを持っていた。
だから、鬼にも何かしらの強みがあると思った。
直樹は、顎の力がとても強くなっていたことから、鬼の強みは回復力抜群でパワフルな肉体なのではと考えていた。
そしてそれを駆使した肉弾戦が活路だと考えていた。だから、まだ子供の体の自分は恐ろしく不利なんだと思っていた。
だが、違ったら?
鬼の強みはそこではないとしたら?
ぶっつけ本番だ。
やるしかない。
イメージするのは、鋭い刃。
車のタイヤくらいなら軽くスライスできる鋭い刃。
エネルギーを全てツノに。
熱を、生きる力を、魂を、全てツノに。
全てはウジ虫どもから逃れるために。
さぁ、いくぞ。
「伸びろっ!ツノ!!」
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