第4話





 岩ガエルは直樹を睨みつける。

(なっっ)

 直樹は恐怖に震えが止まらない。

 せっかく水にありつけると思ったら、いつの間にか自分がエサになりかけていた。

 エサになると思ったら、次の瞬間、捕食者がエサとなっていた。

 自分はより大きな獲物を誘き出すためのただの釣り餌でしかなかった。

 この状況はあんまりだ。あんまりすぎる。怪物が蠢き跋扈する、物語のようなゲームのような世界。いくら一昔の難易度調整をミスったゲームでもここまでのハードモードっぷりは無茶苦茶だ。心が折れる。ゲームだとしたら主人公にここまでチャンスがないのも論外だ。

 だがそこでふと思った。主人公が自分でないのなら、この状況も仕方ないのかもな、と。このデタラメな世界に来る前の最後の記憶は化学準備室だ。そこには自分だけでなく、渡部純と御手洗大、江本舞がいた。もし、自分だけでなく彼らもこの世界に来ているのなら、カリスマ性の塊な完璧超人、渡部純が来ているのなら主人公は間違えなく彼だろう。頭脳明晰で、人望があり、なにより華がある。それならさしずめ自分はこの世界の厳しさを伝える舞台装置のモブAといったところか。

 

「ドォォン」


 天井から岩ガエルが地上へと降り立った。

 直樹と同じ地平に立っているはずだが、それでも体高は倍以上、思いっきり見下ろされる。

 岩ガエルは直樹から視線を外さない。

 少しでもワニの方に目を向け、あまつさえワニに夢中になり食事を開始したりすれば、直樹にも逃げる隙が生まれてくるのだがそのような気配は一切ない。

 すると、岩ガエルは若干、上体を後ろへ引くように沈め始めた。

 直樹は何事か、と身構えたが疑問もすぐに解消された。

 岩ガエルの口から舌が見えないほどの速さで勢いよく吐き出され、直樹の上半身に巻きついてきた。

 ゴツゴツした見た目に反して意外と柔らかくひんやりしている。結構クセになる気持ちよさだ。

 こんなことを冷静に考えられるのも、これが最後だからだろうか。

 妙に安らかな気持ちに浸りながら、直樹は自分の人生を走馬灯のように振り返る。



*** 



——すべての悩みは対人関係の悩みである。


 精神科医、心理学者として高名なアルフレッド・アドラーの言葉だ。

 初めて耳にした時はなんて暴論だと憤慨したが、改めて振り返ってみると不気味なくらいに的をえた提言に思える。

 俺の、河田直樹の人生における大半のコンプレックスは対人関係に由来していた。


 人間関係を作るのが苦手であった。

 最初に認識したのは幼稚園の頃だろうか。

 自由時間で好きなように遊ぶようにいわれた時、誰とどうやって遊んだらいいのか全くわからなかった。まわりを見渡すと砂場とか鬼ごっことか絵本とかおままごととか、自然と集まりができていた。彼ら彼女らはその遊びをしたかったのか、はたまたその遊びをしている彼ら彼女らと一緒に遊びたかったのか。

 ただ、周りの子達は自然と和を作っていた。俺は自然と一人ぼっちになっていた。だが、一人でいると母や保育士の先生から心配とともに怒られた。悪いことをしてはいけないと思ったのだろうか、俺は皆んなの横で和の中に混ざってる風に装って隅で泥団子を作ってたりしてやり過ごしていた。泥だらけになった服を見ると母は少しホッとしたような顔をしていた。

 仲のいい友達、ましてや親友などは一度もいたことがなかった。歳を重ねるにつれて、仲のいいもの同士で固まりやすくなったというのもあるのだろうが、友達と遊ぶということがどんどんものすごく難しいことのように感じていった。親の転勤に合わせて転校が多かったというのもあるのだろうが。

 そんな一人でいる時間が歳とともに段々と長くなっていった人生だが一度だけ友達ができそうになったことがあった。小五の時、たまたまハマっていたゲームがきっかけで少しずつ話すようになった子達がいた。何度か家に呼んでもらったりもしてこれは友達と言える関係なのではと一人でに誇らしくなった。

 ただ、それは俺が勝手に思い込んでいただけだった。

 父が病を患い自殺した。

 いくらご近所付き合いが軽薄になったといわれる今日この頃とはいえ、噂は簡単に、一瞬で広まる。それがきっかけで、元々人付き合いが苦手で口数の少ない直樹の性格とも相まって、まわりが気味悪がり近寄ってこなくなった。

『あいつの親父病気が原因で自殺したんだって』

『俺らも近寄ったら病気うつされるんじゃね』

『いや、借金が原因だったらしいよ』

 直樹の目の届く範囲でこれみよがしに根も葉もない噂話が広げられた。

 別にもともと一人には慣れていたし揶揄される痛みにも鈍くなった。

 だが、友達だと思っていた、ここ最近ずっと一緒にいたゲーム仲間の声が聞こえてきた。

 

「不気味だな、あいつと関わるのやめとこうぜ」

「えっ……あぁ」

「元々暗くて何考えてるか分かんねぇしな」


 対して仲良くも人たちにどうこう言われることに関してはただ辛くてキツイだけだ。

 だが、小学校で初めて友達だと思っていた子達の言葉は重みが違った。

 心の中で何かが壊れた音がした。

 簡単に壊れて、簡単に傷つけて、傷つけられて。

 人間関係ってこんなもんなんだなって思った。

 俺はすぐ壊れる人間関係なんてわざわざ作らなくてもいいななんて思った。やりたい人がやればいいものでしかない。元々苦手なことではあったし。

 そこから積極的、主体的にぼっちをやるようになって今に至った。



 自分の人生を振り返ると対人関係へのコンプレックスが一番の輝きを見せる。

 対人関係の対処法が自然とわからなかったからか、自然と周りの反応を真っ先に確認しながら生きるようになっていた。周りばかり見ていると、周りのみを見るようになり、いつしか自分を見失っていた。

 やりたいこともなく、周りを伺い、おびえながらひっそり意味もなく生きる、そんな人生であった。

 そういう意味では今の洞窟生活もそんなに変わらないのかもしれない。

 このわからないことばかりだった自分の人生に実を言うと、そこまで後悔はない。なんだかんだで自分のポテンシャルはこんなものなんだろうなと思っている。

 ただ、今思うと面白みには欠けていたのかなとは思う。

 それだけだ。


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