第2話





「はぁ、はぁ、はぁ」


 直樹は走り続ける。

 どこへ向かうともしれないまま。

 直樹は大きな広間での”四本ヅノの鬼VS鳥人”怪獣大決戦から逃げ続ける。

 走り続けている間、何度も直樹は考えていた。この状況、もしや今いる場所は地球ですらないのではないか。助けは一切ないのではないか。残っている地球での記憶の最後は化学実験室での一幕だ。もしかしたらあの時、化学実験室にいた他のクラスメイトや先生も近くにいるのではないか。助けを求められるか。自分と同じような状況なら他の人たちはもう死んでしまったのではないか。もう俺も死ぬんじゃないか。

 考えることは尽きない。ただそのようなことを頭に浮かべては同時に振り払っていた。今考えることではない、余計なことを考えていれば死ぬ。命あっての物種だ。生きることだけを今は考えよう、と。


「はぁ、はぁ、あっ、どぅぶっ」


 地面に顔から突っ込んだ。

 直樹は走り続けるが、何度目か転んでしまう。

 最初は恐怖でうまく体が動いてくれないからだと思っていた。

 だが、どうやらそれだけではないようだ。直樹の頭にはある仮説が浮かんでいた。

 それは自分の体が地球にいた頃と違うのではということだ。

 具体的にはいろいろ小さい、そして硬いということだ。まず、地面からの高さが違う。低い。手の大きさや足の大きさも違う。小さい。すっぽんぽんなのだが下を見ても違う。小さい。そして皮膚が硬くなっているからか、少し動かしづらい気がする。どういうことなのだろうか。

 だが最初に比べて転ぶ頻度が減ってきている。慣れてきたのだろうか。

 考えるのは後だ、今はとりあえず、とりあえず走ろう。逃げよう。


「ふぅぅ……」


 大きく息を吐き出す。

 そしてまた歩を進めようとしたところで気が付いた。

(逃げる……?)

 あのどうしようも無い威圧感はいつの間にか消えていた。

 次の瞬間は死んでるかもしれない。そんな緊張感がなくなると、途端に腰が抜けてしまった。

 直樹は途方にくれる。泣きたくなるくらいの異常事態の連続、それも一歩違えていたら死んでいた状況の連続だ。

 疲れ果ててしまっていた。

 へたり込んで走れなくもなる。

 

「どうなってんだよ、これ……」


 どこまでも続く広大な洞窟、数多ある通路の一つにか細い泣き声が虚しく消えていく。





 それからしばらく、気持ちを少しだけ立て直した直樹は本能に従い、生き伸びることを考えた。

 今、死ぬかもしれないなんていう不安に支配されても何も進まない。

 直樹はおそらく大広間とは逆だと思われる方向へ歩みを進める。まぁ、わけもわからず出鱈目に走り続けていたので、完全に迷ってしまっていたのだが。

 いつ鬼や鳥人のようなバケモノに遭遇するか分からない。

 緊張と警戒を解かぬよう気張りながら脚を動かし続ける。

 數十分か、数時間か。どれほどか歩き続けた後、突然、道の向こう側から明かりが目に入ってきた。

(なんだ……⁉︎)

 外に出れるかもしれない、そんな希望もわずかに抱きながら一歩一歩進んでいく。

 すると、次第に向かう先が見えてきた。

 外に出られるかもしれない、そんな期待を抱いた。

 が、しかし、その期待は裏切られた。

 行き着いた先は外でもなんでもなかった。

 だが、生きる上で非常に重要なものがそこにはあった。

《水》だ。

 幻想的な光景が広がっていた。

 最初の大広間よりもさらに大きい広大な空間。

 天井には無数の明かりが灯されている。数万では下らないであろうその明かりは各々不規則に明滅している。まるでホタルがイルミネーションのように先の見通せないほど広い天井全体を飾り付けているようだ。

 それだけでも幻想的なのだが、メインはそれではない。

 下には大きな湖が広がっていた。

 生物が生きるために絶対に必要な水分。それが、眼前にまるで海と見紛うほどに広がっていた。

 湖面は天井の光を反射し、輝いている。

(キレイだ……)

 ふと涙がこぼれ落ちる。

 この光景を目にするために命をかけ、費やした。そんなことを言っても冗談にならなそうな美しさ。

 直樹は少しの間見惚れていた。



 あんまりな状況に巻き込まれた自分へのご褒美もそこそこに、直樹は生き残るため動く。

 直樹はとりあえず湖で水を飲むことにした。

 これまでの逃走でどれだけ汗を流したかわからない。

 我に返ると、喉がカラカラに乾いていることに気がついた。

 もしかしたらあの湖の水が毒で汚染されていて飲んだら即死かもしれない。

 しかしこのような状況だ。この先、水や食料にどれほど困ることになるのかわからない。飲めるうちにできるだけ飲んで、一秒後も生きていることを願うしかない。

 直樹は湖の畔にたどり着く。

 あたりを見渡した感じ、他の生き物の気配もなければ、死体もない。

 直樹は湖のほとりに立ち、水を飲もうと湖に手を伸ばして、その手が止まった。

 湖面に映るその姿はヒトではなかった。


「ひぃっ⁉︎」


 直樹の口から悲鳴が漏れ落ちる。

 見た目は人間と殆ど変わらない。

 十歳くらいの子供のような見た目だ。

 少し肌が赤黒く、皮膚が硬めで少しだけ体が強そうだ。

 口元のちょこっとはみ出た八重歯はチャーミングかもしれない。

 だが、そんなことはどうでもよくなるくらい強烈な違和感があった。人間は絶対に持ち得ないものがあった。

 おでこの中心に一本だけ。

 そこにあるのは小さな、小さな、《ツノ》であった。


「なんだ、こ、れ……」

 

 湖面に映ったのは小さく、弱そうな、生まれたての《鬼》であった。




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