第21話:部屋に於いて

「で、何が起きたのかしら?」


 俺はベッドの下から出て、正座していた。

 半端涙目で縮こまりつつ。

 キレることが滅多にないが、キレるとすごい怖い。

 止めようがなくなるレベルで。

 これを止められるのはロアンぐらいだ。


 アナはメイドの中でも結構偉い位置にいるそうで、それを昨日聞いたばかりだ。

 だから止められる人もほとんどいない。


「その…ですね。私、掃除する時間…その、誰もいないものですから…あのですね…魔術、したんです」

「それはいいわ。アレは何?」

「ヒィッ…!」


 そう言って窓を指差す。

 かつて、ここまでの恐怖を感じたことはあっただろうか。

 ドラゴンの時以上の恐怖が俺を襲う。

 あそこよりは酷くないが。


「なんなの?どんな魔術を使ったらあんなクレーターができて、庭が崩壊して大穴開くような出来事が起きるのよッ!?」


 外の光景、それはまさにびっくりというかなんというか。

 聞いた話によると、それはまた見事な大クレーターができていたそうな。


 そんなことになったのは、俺がまだ未熟な証拠だろう。


 そして、近くに俺の生成した剣がぶっ刺さっていて、地下が丸見えで…。

 ん?なんだそれは。


「え、地下ってなんですか?」

「っ…そ、それは…とにかく今はあんたの話よっ!」


 いいように話を逸らされる。

 地下って、なんだろう。

 聞くべきことか、さてはて。

 無駄話、とでも言われるだろう。


「で、なんなの?」

「そのですね…土剣、と呼ばれる魔術がありまして…」

「私魔術について詳しくないから、そこについてはあまり詳しく聞かないわ。それを使ったからそうなったのね?」

「はいそうです…」

「…ねぇ、普通家で魔術使うかしら?」


 さて、使うだろうか。

 思考しよう。

 まず俺は練習をしていた。

 そうだ練習、特に理由もなく練習をしていた。

 強くなりたいなら剣でも習えばいいだろう、そういう世界だし。

 それなら魔術をする意味はない。


 アレ、俺が悪い?


 待て待て、もう少し思考しよう。

 今の論点は、家で魔術を使うかどうかだ。

 普通、使わないよな。

 人間には叡智というものがあるのだから。


 ダメじゃん。


 こうなってしまっては仕方がない。

 ここは人間の叡智で回避するか。


「ごめんなさい」


 俺は手をつき、頭をつき。

 そう、人間の叡智である土下座を放ったのだ。

 謝ったのだ、素直に。

 素直に謝ったのだ、この俺が。

 だから許してくれる…。


「許されるわけ、ないでしょ?」

「え、なんで」


 素で答える。

 だってそうじゃん、おかしいでしょ。

 俺は昔、謝れば許してもらえると教わったぞ。

 違うの?

 認識改める必要がある?


「…あのね、あんたアホなの?どうしたら謝って許されるって言う結論に辿り着くの?」

「…昔、そう教わったものでして」

「いい機会だから教えといてあげるわ。謝っても許されないこともあるのよッ!」

「ヒィッ!?」




 …数時間後。

 疲労困憊状態の俺は、ベッドの上で寝ていた。

 風呂、入る気もなかった。


 まさか、全く関係ないことが飛び出して、時間が長引くなんて思っていなかった。

 なんでこんなことになるんだか。


 あの後、窓の外を見てみたら煉瓦造りの地下が丸見えであった。


「ノアさ…じゃなくて。ノア、入ってもいいですか?」


 少し言い方に悩んだテラリスが入ってくる。

 彼女は変に生真面目なところがある。

 それをこんなところで発揮しなくてもいいのに。


「う、うん!大丈夫だよ!」


 俺が姿勢を正し、ベッドの上に座る。

 すると、ドアを開けテラリスが入ってきた。

 完全に寝間着姿であった。

 長い黒髪がサラサラしている。

 俺の髪とは大違いである。


「…」


 ふと、俺もあんな風になりたいと思ってしまった。

 由々しき事態である。

 男…元だけど、男だよな。俺。


「隣、座りますね」


 最近お互いに遠慮がなくなってきたような気がする。

 俺も積極的に部屋に行くことが多いのだが、彼女はもっと来る。

 最近は一日一回、毎日ってレベルで来る。

 なんでだろうな。


「どうしたの?」

「今日はお父様に珍しい本を借りたので、一緒に読もうと思いまして。それにしてお昼はいませんでしたが…どうかしたんですか?」

「あー…いやその、色々と、ね」


 ここは適当に誤魔化し回避する。

 あんなこと言うのは、少々恥ずかしいからだ。

 それで、と話を続ける。


「で…珍しい本を借りたんだよね、どんな本なの?」

「はい、これです!」


 そう言って両手で本を持ってタイトルを見せる。

 タイトルは『大罪神話と従者について』だ。

 大罪神話、ルナ…王女が持っていた本だ。

 それについては気になっていた。

 テラリスに聞いてみる。


「テラリス、大罪神話ってなに?」

「大罪神話っていうのはですね。えっと…七つの大罪、と呼ばれるものを知っていますか?」


 七つの大罪…ああ、あれか知ってる。

 …え、いやちょい待て。

 それって地球のもんじゃないの。


 こっちの世界にもあるっておかしくない?


 同じ神話体系があるってなら認めよう。

 だがそんな話聞いてないし、そもそも偶像崇拝式の像でこの国の神様見たが、カラス頭だったぞ。

 そんな神、俺の知る限りじゃ聞いたことがない。

 ここは一旦、聞くとしよう。

 もしかしたら違うかもしれないし。


「ええと、うん。傲慢、色欲、怠惰、憤怒、嫉妬、暴食、そして強欲。この七つのことだよね」

「はい、あってますよ」


 こっちと同じ、か。

 もうわけわからないな。

 取り敢えず続きを聞く。


「そしてそれぞれを司る神、その神々の話を大罪神話と言います」


 ふむふむ…それぞれを司る神、そう来たか。

 ならあの女神をどれかに当てはまる、のだろうか。

 それぞれについて聞かないとな。


 と、聞いたところ、強欲神バット、憤怒神ウルフ、嫉妬神キャット、怠惰神ベア、暴食神ピッグ、色欲神ラビット、そして強欲クロウ。

 既にお分かりだろうが、それぞれ動物を指し示していた。

 ちなみに我がジェリアード大国の神は、強欲神クロウだそう。


 だがこれは、本の読む前の事前知識、と言ったとこだろう。

 俺はテラリスに寄り添い、共に本を読み始めた。

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