第20話:日常は過ぎ去る

 家に帰って数日、あれから特に珍しいことも起きるわけもなく。

 ただただ日常が過ぎ去っていく。

 パワハラは消え、平穏な日常を暮らせている。

 何故消えたのか、それは知らん。


 だが、街中での話がメイドたちにも広まっているらしい。

 俺の耳なら聞こえる距離まで近づき、聞いていると、あのドラゴンの話題がやはり聞こえる。

 ちなみに、何人かの話を盗み聞きしているが、それ以外の情報は得られない。


「…ドラゴンが出てきたって聞いたんですけど、本当なんですか?先輩」

「私の聞いたところによると、そうらしいの。アナ先輩は出会ったって言ってるし…実際はどうかは知らないのよ?ああ、あの亜人も一緒にいたらしいけど…」

「あの亜人も、ですか…」


 これ以上聞くのは止した方が良さそうだ。

 俺が亜人だからって、そう離れられんのはほんと困るな。

 クソが、生きにくい世の中だ。


 取り敢えずそこから離れ、箒を手に掃除に戻る。


 掃除は何十人によって行われる。

 各所に何人か別れてやるのだが…。

 周りの…まぁ、アレだ。

 アナはなんか適当にごまかしたが、迫害みたいなものだ。

 よって、一人で掃除している。


 箒を投げつけたくなる。


 俺からしたら、逆に好都合だが。


「…もっと強い魔術、覚えないと…」


 俺は呟き、箒を投げ出す。

 そして隠していた本を取り出すと、開く。

 魔術は五大元素を使えるようにならないと始まらない。

 雷だけが使えない俺は、頑張らないといけないのだ。

 コツ?そんなものないよ。


 魔術ってのは気合いなのだ。

 根性論とかアホかよ。


 ここ最近、魔術ばっかしているが、勿論理由は特にない。

 目的はあって、魔術は必要だが急ぐ意味もない。

 時間があるからしているに過ぎない。


 この前のドラゴンで多少活躍したし。


 とにかく今回はしたいことがある。

 魔術には維持するための魔術があるとは言ったが、それにもまた種類がある。

 覚えられるか、ってレベルで種類が多いのは致し方ない。


「『風剣アイセズ』」


 五大元素で最も簡単な風を使った魔術。

 自身の手に風が纏っていく。


 そして姿形もないが、確かに剣を作り上げていた。

 自身の身長にちょうどあった、剣だ。

 質感は…微妙と言わざるを得ないだろう。

 持ってるのか持っていないのかよくわからない感じに、重くない。


 剣身だろう箇所を触る。

 だが、すり抜けてしまった。

 …これ、意味あるのだろうか。


 それにしても風圧がすごい。

 俺の前髪が風圧によって変な感じになっている。

 風圧によって窓も揺れる。

 ちょっと、まずいことになってきた。


「け、消すか…これ」


 俺は握り潰すように、手を握ると風が散漫する。

 そして剣は消えた。

 元から姿形もないが。


「…風って実体性がないからダメなのか?…ならこれなら…『土剣セムセズ』」


 大気にある、もしくは体内にある魔力を使うとかなんとか言ったが、それは発動条件みたいなものだ。

 当然、等価交換形式になる。

 それを無視したものは、もはや魔術ではない。

 魔法と呼ばれるものになる。


 痛系に関しては無償でできる…わけではない。

 魔力を実体化して塊にしただけだ。


 今回俺がした、土を使う魔術は、周囲にある土を使うのだが…。

 勿論部屋の中にはない。

 そのため外にある庭を介すことになった。

 多少穴が空いてるだろうが、まぁいいだろう。

 直すの俺じゃないし。


 で、出来上がったのが石のように硬い剣。

 土で構成した、と言う割には異様に硬いのだ。

 剣としての実用性は大有りだから別に気にしないが。


 しっかり重さがあって、今の俺じゃ片手持ちはキツイ。

 両手でしっかり持ってやっとだ。


 なんとなく振り回してみる。

 だか、重さのせいで体を持っていかれる。

 前世なら軽々振れるだろうが、今の俺では全然ダメだ。


「えいっ!」


 掛け声とともに全力で振ると、俺の手からすり抜ける。

 すり抜けて、いたのだ。


 手からすり抜ける飛んで行った剣は、そのまま窓に向かっていく。

 そして大きな音ともに、窓が割れる。

 俺はヒッ、と声を出し、それを見る。

 綺麗に窓が割れていた。


 まずい。

 実にまずい。


 どーしよ。


「他人に擦りつける…あ、できない…」


 俺以外に人はいない。

 好都合?バカめ、ンなわけねぇだろう。

 人がいないのだ、他人に擦りつけることすらできない。

 じゃあどうするか。


「どうしよう…」


 オロオロしつつ周りを見る。

 隠蔽しようにも、する術がない。

 魔術をもう少し使えればなんとかなるかもしれないが、勿論今の俺じゃあ無理だ。


 他に方法、方法は…。

 方法を探す、探すが当然見つかるわけもなく。

 そんなこんなしてると、叫び声が聞こえた。


「ノアああああああッ!!!なぁにやってんのぉぉおおおおッ!!」

「あ、アナだ…や、やばい!やばいやばいやばい!!どうしようっ!?」


 床を踏むとんでもない音が聞こえてくる。

 この前使った、魔術レベルの速度が出ているであろう。


 来るまで、後数秒。

 俺は急いで近くのタンスを開けて…考える。

 一瞬、それでいて数分。

 その長考によって俺はタンスを閉じて、ベッドの下に潜る。

 なんでこんなことを思いついたのか、俺にもわからない。


 で、ベッドの下に隠れていると、ドアが轟音とともに開かれる。


「ノアッ!!隠れても無駄よッ!!」

「ヒッ…」


 すごい、怖い。

 次々と部屋の中を調べられている。

 ここで気づいた。


 隠れても、無駄なことに。

 彼女の前に、俺の行動は、あまりにも無意味すぎた。

 なぜって?メイドガチ勢を舐めるな、ってことだ。


 この世界の人は、根性論が好きらしい。


「…そこね?」


 振り返り、目を光らせる。

 俺の目には、本当に光って見えた。


 ベッドの目の前に来た。

 俺は祈る、見つかりたくないと。

 祈りなぞ、彼女の前では無意味。


 ベッドの下を、覗かれる。


「あら、楽しそうね?ノア?」

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃッ!!!」


 数時間にも及ぶ、説教が始まった。

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