第18話:城を巡って

「おぇ゛っ…」


 口を押さえ、後退る。

 気持ち悪い?そんなもんじゃない。

 今までの視線と比にならないくらいのだ。

 この空間の、空気自体が悪い。


 異常だ、異常なんだ。

 体の震えが止まらない。

 おかしい、絶対におかしい。


 俺は…どうして…。


 俺はアナにしがみつく。

 自然と、しがみついていたのだ。


「…ついてくるなら、絶対離れないでよ。最悪、実験に巻き込まれるから」


 俺はぴったりくっつく。

 恥ずかしいとか、そう言う感情は一切なく、ただ恐怖だけがあった。

 なんとも情けないことに、半泣きであった。


 必死にしがみつつ先へ進む。

 俺の目に入ってくる光景は、隔てられたガラスの奥に見える、阿鼻叫喚の地獄絵図。

 誰もが死にかけていた。

 だが、死ぬ寸前で魔術による強制回復。

 死ぬことすら許されていなかった。


 一つの部屋に入る。

 中は白を基調とした清潔な感じで、空気が一番淀んでいた。

 なんと言えばいいのか、言葉にできない淀みを感じていた。


「おやおや…これはこれは、メイドさんがた。ようこそ」


 白衣を着た猫背の男が現れる。

 頭をぽりぽり掻いて、少しズレた眼鏡を直す。


 まさか、この男がこの研究所の第一人者と言うのか。


 いやそんなことより、王はこんなの許しているのだろうか。

 許していないと、できるはずもないか。


 この国、相当ヤバイぞ。


 俺の表情を見て、男は言う。


「ご安心を、お嬢ちゃん。ここにいる奴らは全員奴隷だから、お嬢ちゃんみたいなのは使わないさ」

「ど、奴隷…?」


 …待て。

 ここにいる奴ら、どこかで見たことがあるぞ。

 よくよく見たら亜人以外にも、他の種族がいる。

 人間はいないが。


 そうだ、あいつらの顔、あそこだ。

 地下強制労働場。


 あそこにいた奴らばかりだ。


「そう言えば…一ヶ月ぐらい前、奴隷が二人逃げ出しましてね…お嬢ちゃん、どっか似てるんだよねぇ…?」


 笑みを浮かべ、俺に顔を近づける。

 …まさか、バレているわけじゃないよな。

 それは、それだけはまずい。

 バレてしまえば、どうなるかなんてわかったもんじゃない。

 最悪あの中だ。


 と、アナが俺の前に立つ。


「だから…それがどうかしたんですか?この子は私の部下ですが?」

「おや、それは失礼。それで件の資料を見せてくれないかな?」


 そう言うと、アナは提出する。

 それを確認すると、封筒を開け中身を見る。

 満足そうに頷くと、これを持って行きなさい。となんか持たされていた。

 短剣、みたいだった。


「それでは、失礼します」


 そう言ってアナは礼する。

 俺も真似するように、隣で礼をする。


 急いで地下から出ると、深呼吸をする。

 だんだんと俺は、落ち着いていくのがわかる。

 あまりにも、苦しかった。

 怖かったしな。


「あ、アナさん。何渡されたんですか?」

「短剣ね。儀式用の…私は使えないわ」


 儀式用か…儀式は主に占い方面で使う、はず。

 例えばどう使うかと言われると、どう使うんだろう。


 実はそこのところよくわかっていない。

 俺ができるのはある程度の魔術であって、占いではない。

 魔術と占い、そこはたしかに親密に繋がってはいる。

 だが占いに触れたことは一切ないのだ。


 でもまぁ…持っていて損はないだろう。

 一応普通に使えるわけだし。

 自衛のために一応持っておけば…。


 と、そんなこと考えていたら、短剣を俺に渡した。

 見上げると、歩き出す。


「あ、あの?」

「持っときなさい。私はいらないから」

「ありがとう、ございます!」

「いいわ、礼なんて。それより、城の図書館行かないかしら?」


 これは、良い申し出だ。

 是非とも行きたいところである。

 お城の図書館、家のより確実に大きいだろう。

 魔術のことをよく知る、チャンスでもある。


 俺は頷くと、アナはついてきなさいと言って、歩き出す。


 道を進んで行く。


 相変わらず周りの視線は絶えないが、さっきの場所に比べたら幾分もマシだ。

 図書館は城の三階にある。

 城は全体的な構造で、大体5階ぐらいまで。

 一つ一つの天井がすごく高いのだ。


 三階に着く。

 図書館に行く途中のバルコニーに出て周り見て、この街の全体図が初めてわかった。

 城を四方囲むように街があり、城に行くまでには掘りを跨がなくてはならない。

 俺の住んでる家、テノール家は城から東。

 東地区と呼ばれてることが、アナから教えてもらった。


 東地区は全体的に、商業が発展しているらしく。

 住宅はそこまでないようだ。

 だからこそアリフィードはそこに家を建てたみたいだが。


 図書館に入る。

 中は随分と広く、天井まで届く本棚がたくさんあった。

 中には研究員みたいな人がたくさんいて、子供とかは全然いなかった。

 当然と言えば当然なのだろうけど。


「私は他に用があるの、ここで待っててちょうだい」

「はい!」


 アナと一度別れる。


 俺は一人で進んで行く。

 奥に行って、本を探す。

 今回見たい本は、やはりと言うかなんというか、魔術辞典だ。

 と言っても、テノール家にあるのとは違う、ちょっと特殊なやつだ。


 俺の家にあるのは五大元素限定なのだ。

 この五大元素以外にも元素がある、今回探しているのは、光と闇。

 この二つの元素が載っている魔術辞典だ。


 俺は本棚を進み探す。

 だが、全く本が見つからない。


 そんな時だった、後ろから突然、少女の声がした。


「どうしたの…?」


 物静かで、まるで無口のような声色。

 後ろを振り向くと、そこにいたのは白銀の髪を携えた少女。

 綺麗な服を着て、手には随分と厚い本を持っていた。

 外見年齢からすると、俺と同じ五歳だろうか。


「本、探してるの…?」


 これは、人生で長く付き合っていく、親友とも言える少女との邂逅であった。

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