プロローグ

第7話:街を巡って

 あの後俺は、街を漂っていた。

 街には特に何かあるわけでもなく、ほとんど崩壊したような景色があるのみ。

 ただ、街には人がいないものだから、ものを盗み放題だったのはいいことか。


 ああ、でもそれは屈辱的だ。

 この俺が物を盗むことになるとは。


 俺は盗んできた肩掛けカバンに、色々物を入れてる。


 しかし、唯一残っている問題がある。

 寝るところがないことだ。

 最悪野宿でも…と思っていたが、するところがない。


 朝になるまで漁って、朝になった身を潜めていたのだが、人が表にも裏にもたくさんいるのだ。

 これでどうやって野宿できようか。


 と、異世界の硬いパンを齧りながら思う。


「…美味い…」


 この世界に来て、初めて思ったことだった。

 自然と、涙が溢れる。

 たった二日、まだ来てたった二日である。

 それでも、あまりにも辛すぎる。


 これが俺のしてきた行い、と言うことなのか。

 それにしても酷過ぎるというか、なんと言うか。

 口出しできるようなことではないのはわかっている。

 でもあまりにも辛いのだ。


「…これから、どうすんだ…俺」


 自分に問いかける、が勿論返答はない。

 どう生き延びろと言うのか。


 まずはこの世界を知ることから始まる。

 この世界の言葉が、日本語と同じとは限らない。

 と言っても最大五ヶ国語話せる俺に、隙なんてないけどな。


 普通に会話できてはいたが、それは多分この体だからだろう。

 そこだけは感謝と言うべきか。


 そうだな、とにかくまずは図書館とか、そう言う場所に行こう。


 俺は裏路地から顔を出す。

 街を見ると、やはり道行く人々は完全に戻っている。


 この道を歩いて行くのは、少しキツイかもしれない。

 しかし、裏路地を歩こうが同じなのだ。

 どこ行こうが人はいっぱいだ。


 ただ、裏と表では人の身分が違う。

 まあ今の俺では、人とまとめてしまえば、全部同じなのだが。


 カバンの紐を握り、表に向かって俺は走り出す。

 小さい体では満足に走れないし、そもそも疲れ切ったまま一度も寝ていないから酷い疲労を抱えたままだが。


 表の出来るだけ目立たない、端のところを、走り抜けていく。

 だがそれをしても、今は朝だ。

 この黒い格好では目立ってしまう。


 特に目を引くのは、やはりと言うか何というか、俺の耳であった。

 亜人ってのはおかしなもので、耳が四つある。

 人間の耳と、獣の耳。


 どっちもしっかり音を拾うものだから、人間の時より音に敏感になる。

 おかげで、立ち止まって俺を見ると言う音も、よく聞こえていた。


 それにしても嫌なものだ、見られると言う感覚は嫌いである。


 早くこの場所から脱したい。

 俺は走る足を止めることなく、突き進む。

 好奇の目、ってやつだろう。


 なんせ周りには、俺と同じ亜人の姿は見えない。

 いや、いるっちゃいる。

 だがその格好は、実にみずぼらしい。

 平民と言うよりは、奴隷と言ったほうがいい。


「クソが…何で俺が…!」


 これ以上、この目に晒されるのは嫌だった。

 俺は裏路地に入る。


 そして裏路地を歩く、やはりフードとかないため、獣の耳を晒しながらだが。

 周りにいる人たちは、俺のことをジロジロ見ている。

 嘲笑うように、蔑むように、俺を見つめていた。


 ああ、なんだこの感じ。

 初めてでなんとも言えない。

 そうだな、言葉にすればただ…苦しい。


 …そっか、俺は、同じことをしていたのか。


 だからどうした。

 それがどうかしたか。

 今更もう、関係ない。


 が、運が悪いのか、女神のせいなのか。

 ここは女神のせいにしておくが、男が俺の前に立ちはだかる。


「嬢ちゃん、一人でお出かけかい?」


 周りもニヤニヤしながら、俺を見ている。

 ああ、クソ。

 最悪だ、嫌だなぁ。


 俺は無視して突き進む。

 ここで止められれば、めんどくさいことになるのは100%だ。

 あー、嫌だ嫌だ。


 絶対に、止まりたくなかった。


 そう簡単に行くわけもなく、首根っこ捕まれ止められる。


「おいおい、無視すんなよ?」

「…は、離し、てっ…!」


 力無く言う。

 暴れる気力すらなく、どうしようもなかった。

 それを聞いた男は、それだけで機嫌を悪くしたようで、俺を地面に叩きつける。


「ぁ、がっ…!?」

「最底辺の亜人ごときが、俺に盾突きやがって…」


 おっと、そう言うことか。

 そりゃ機嫌も悪くなるわ。


 どうやら、俺。

 俺と言うか、亜人。

 亜人はこの世界の地位で、最底辺に位置するようだ。

 ああもう女神、マジで恨んでやる。


 もう一度首根っこ掴んで、俺を持ち上げる。

 怖い、怖いさ。

 俺は本当にこう言うのに慣れていない。


 だけどな、こんな野郎に、いいようにされてたまるかってんだよ。

 まあ、最悪レイプだって免れるだろ。


「ふん、俺は寛大だからな謝れば…」


 俺は唾を吹きかける。

 ごめん、って謝るわけねーだろ。

 クソが、死ね。


「…ぶっ殺す」


 俺を壁に叩きつける。

 すると、拳を引きしぼり、俺を殴りつけた。


 痛い、声が出ない。

 でもな、感じたことのない、実にいい気分だ。

 見下されてようが、もはや関係ない。

 生き抜くて決めたからな。


 上等だ。

 この体でどこまで耐えれるか、やってやろうじゃないか。

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