第6話:災厄の月

 ニーナの手を引き、誰もいない廊下を歩く。

 男たちはさっぱり消えていなくなっていた。

 地上を模索し、あっちこっち歩き回る。

 明かりは少なく、なんとも奇妙。

 更にシーンと、物音は全くしないものだから、ちょっと怖かった。


「誰も、いな、い…?」

「いないね…どうしたんだろう…?」


 やっぱり誰もいないのは、おかしい。

 全員殺された…とかそう言うわけではなさそうだ。

 なんせ、死体はない。


 それにだ、さっきの驚いた顔。

 あれはどちらかと言うと焦っていた。

 何があったのか、それがわからない。


 少しでもいいから、話を聞いておくべきだったか。


「あそこ扉が…あるよ…?」


 そう言い、前を指差す。

 大きな扉で鉄製、どう考えても一人じゃ開きそうにない。

 俺たちは力を合わせ、ドアを押す。

 ニーナを連れてきたのは、やはり正解だった。


 扉を押し、入るとそこは、倉庫みたいなところであった。

 なんか色々なものが収容されている。


 武器とか、服とか、食料とか。

 俺は自分の格好を見る。

 ボロボロな布切れで、体を隠す程度の役割しかない。

 それに裸足で相変わらず、足が痛い。

 なら、やることは一つである。


 さてさて、何があるかなと。


 俺は一旦周りを確認し、倉庫を荒らし出す。

 ニーナをそれをただ、不思議そうに見つめている。


「あっ、た…」


 俺は靴を見つけて履く。

 ダサいな、クソが。

 一応革靴ではあったが、茶色の特にデザインの施されていない、ボロい奴。

 まあ、取り敢えずサイズはピッタリだ。


 うん、これで足は痛くないな。

 俺はニーナに合いそうなのも探す。

 だってもし刺さって、変に遅れたりされたら困るし。


 靴を見つけ、ニーナに渡す。

 靴を不思議そうにずっと見つめている。


「なに、してる…の?」

「なに、これ…?」


 どうやら、靴を知らないらしい。

 まあ、環境が環境だし、あの強さだと野蛮人みたいなもんだもんな。

 しょうがないだろう。


「えっと、ね…それ…は、こうやって…履く、の…」


 俺は靴を履いた足を見せる。

 それを見たニーナは俺の真似をする。

 なんとか靴を履いて、立ち上がると、楽しそうに動く。


 喜んでくれたようで。


 俺は更に倉庫を荒らす、すると黒い布切れが出てくる。

 ローブみたいな感じで、首を通す穴がある。

 このくらい空間では、身を隠すにはちょうどいいだろう。

 サイズはピッタリと言ったところだった。


「これ、着て、て…」


 俺はニーナにそれを無理やり着せ、俺も着る。

 一見見れば超怪しいが、この見た目だ。

 ガキの遊びだと思われるだろう。


 とっとと平穏な暮らしがしたい、クソ女神め。

 俺は絶対に許さないからな。


「行こ、う…」


 俺はニーナの手を引くと、倉庫の奥へ向かう。

 廊下は明かりがあったがこの倉庫は、一切の明かりがない。

 なんというか、すごく怖い。


 手の温もりを感じることができるのは、唯一の救いと言うべきか。

 ただ、靴を履いたおかげで足は痛くなかった。


 奥に行くと、両側に窓があって、その中央に扉があった。

 扉はなんと、木のようであった。

 それを開けると、最初に見えたのは怪物の姿だった。

 狼の姿をした、人型の化物。


 ニーナがスッと前に出てきて、拳を突き出す。

 すると弾け飛んで行った。

 俺が呆然としていると、ニーナが大丈夫…?と顔を覗き込む。

 軽く頷くと、外へと出て行く。


 そこは街であった。

 いつの時代かと言われると、わけがわからなくなるだろう。

 中世と言ってしまえば、それだけなのだろう。

 だが、街並みを見ると、ただそれだけではないように見える。


 とにかく一度置いといて、他にすごく目立つものがある。

 それは街の人の叫び声、紅い月、炎上する街だ。


「え、なに…これ…」

「亀裂の、日…だからかな…?」


 手を繋ぎながら、街を進む。

 紅く、妖しい月が、街を照らしている。

 裏路地を通りつつ、奥へと進んでいく。


 すると、奥に見えたのは、叫び逃げ惑う人たち。


 俺たちはそれを見つめる。

 俺はただ、ただひたすらそれが怖かった。

 身動きが取れなくなる。

 思考がまともに動かなくなる。


 それを横で見たニーナは、俺の手をぎゅっと握る。

 暖かさを感じる、そう言うべきなのだろう。


 クソが、一ミリたりとも感じない。


 でもしっかり思考が動くようになった。

 これからの行動を考えようと、した瞬間であった。


 突然後ろから、たくさんの人が流れ込んでくる。

 一方通行のため、それを避けることができず、波に飲み込まれる。


「ニー、ナ…!」


 繋いでた手は離される。

 俺は手を伸ばし、手を取ろうとするが、ニーナは波に飲まれて行ってしまった。

 そこから数秒後、波が過ぎ去る。

 しかしそこに、ニーナの姿はなかった。


 ニーナは波に飲まれてしまったのだろう。

 そうだ、俺が感じたのは、妙な友情だったわけだ。


「俺は…また、ひとりぼっちに、なるのか…」


 初めて気づいた。

 俺は、嬉しかったんだと。

 誰かがそばにいてくれる、その事実が嬉しかったと。


 今の俺が、過去と重なり辛かった。

 死にたかった。


 ああ、でも…そうだ。

 俺がここに至ることを、絶対に予想していただろう。

 あのクソ女神。


 クソが、クソがクソがクソが。


「…生き延びて、やるよ…」


 俺は誓う。

 このクソ世界みたいな世界に、クソみたいな種族に生まれた。

 でも生きている。

 ならば、成り上がって、生き延びると。

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