第5話:脱獄

 あのよくわかんない化物に襲われた後、すぐ仕事に戻った。

 だって殴るんだもん、あのクソ男。

 急いで仕事に戻れば、殴られることもない。

 だから結局働くに限るのだ。


 さて、昼になった。

 勿論昼飯はなしである。

 引き続き仕事ですよ、と。


 おいおい待てよ、と。

 俺たちは朝飯を食っていない。

 それなのに昼飯もないとは。

 死ねと申すか、クソどもめ。


 さっきからずっとギュルギュル腹が鳴っている。


「…大丈夫?」

「ニーナ…お腹、空いた…」


 俺は倒れる。

 元々貧弱な体、おまけに左腕は負傷。

 それに一晩中ボコボコにされた。

 更に飯抜き。


 そろそろ本気で、俺は死ぬだろう。


「…うーん…お腹空いたって、言われても…ご飯は夜まで、ないし…」


 あー、俺多分死ぬな。

 今日、死ぬ奴だわ。

 女神絶対に許さない。

 次会ったら…会えるかな。


 まあ、もう気にすることでもないか。

 どうせ、死ぬまで会えないだろうし。


 ちょっと暴動起こして自殺しようかな。

 もうこんなとこいたくない。


 すると、やはりと言うかなんというか、後ろから叫び声が聞こえた。


「とっとと働けクソ亜人ッ!!」


 クソはお前だ、この野郎。

 俺は震える足で立ち上がると、塊を運び始めた。



 数時間にも及ぶ長い仕事が、終わりを告げる。

 仕事中、何回か化物が出てきたが、出てくるたびにニーナが殺していた。

 圧倒的力で、瞬殺していたのだ。


 仕事を終えた俺たちは、食堂というところに案内される。

 働き過ぎた体は、何かを食べることを拒否していた。

 さっきまで、あんなに腹減っていたはずなのに。

 今はただ、休みたかった。


 大きな机の上に、何人もの子供が並ぶ。

 そうやって自分で質素な飯を取って食べる。

 配分制だ。


 ちなみにこの食堂、でかい窓がある。

 そこから地上の様子がよくわかった。

 ここがどこにあるかも、わかる。


 が、机に突っ伏している俺では、よくわからない。

 ニーナが俺の分まで持ってきてくれる。


「お疲れ様…初日、疲れたよね?」

「寝た、い…」

「夜も夜で大変だから…今のうちに体力つけておかなきゃ」


 ああクソ、俺を殺してくれ。

 こんなところに一生なんて、耐えきれるわけないだろ。

 いつかどこかで、絶対に死ぬぞ。


 机の上に突っ伏しながら横を向く。

 そして窓を見ると、月が見えた。

 超硬いパンを食べつつ、月を見る。


 月は、紅かった。


「…ニーナ。月が紅い、よ…」

「んー…あ、今日は亀裂の日だね」

「亀裂の…日…?」


 なんと新たな単語が出てきた。

 どうやら俺は、勉強し直さなければならないようだ。

 ま、この天才である俺なら、なんとかなるだろう。

 なってくれよ。頼むから。


「うん、亀裂の日ってね…モンスターがたくさん、出てくるんだ…」


 モンスターってのは、よく出てきた怪物で間違いないだろう。

 もしかしてよく出てくるのではなく、そういう日だからか。

 そういう日だからたくさん出てきたのか。


 いっそ、そうであってくれ。


 後に聞いた話だが、この亀裂の日。

 半年に一度起こるらしい。


「今日は…すごく紅いね」


 もはや光り輝いているのだが。

 この世界の月って、太陽のあれじゃないのか。

 月が独自の光発してんのか。

 いや怖えよ。


 そんなこと考え、机に突っ伏していると、突然扉が勢いよく開かれる。

 あの巨漢とは別の巨漢が入ってきた。

 すると、その男は前にいる見張りの人に耳打ちした。

 すると驚いた様子で、見張りと男は出て行く。


 おやおや、これは見張る奴がいなくなったな。


「ニーナ…見張り、いなくなった、よ…」

「それが、どうかしたの…?」


 俺は一つ、考えていたことがある。

 外、俺はまだ外を見ていない。

 見張りがいない今、脱獄するなら今だろう。

 外に見張りがいたらそれこそ終わりだが。


 そしたら死ねるだろう。

 一人寂しく死ぬのは嫌なので、道連れを連れて行く。


 で、ニーナと言うわけだ。


 クズなのはわかっている。

 前からそうだったしな。

 それをわかって、他にも色々やっていたのだから。

 もはやそれに躊躇はない。


 それにだ、普通誰だって誰かを連れて行くだろ。


「外、行こう…」


 そう言った俺を驚いた様子で見る。


「そ、外…!?」

「う、ん…」


 案外周りは騒がしく、俺たちにしかこの会話は聞こえない。

 他の奴らを連れて行く気なんて、さらさらない。

 面倒だもの。


「…私も、行ってみたいな」


 なんと、案外簡単に了承を得た。

 少し渋ると思ったが、どうやらその心配はないようだった。

 向こうも外に行きたかったと言うことだ。


 俺たちは他の人にバレないように立ち上がる。

 疲労の溜まった足では、そう早く動けるものではない。

 が、なんとか食堂が脱出する。


 外に出る。

 そこはシーンとしていて、とても静かであった。

 気味の悪いくらい。


 普段は男がいるはずだ。

 それは跡を見ればわかる。


 所謂獣道みたいなもので、巡回しているルートが足跡で完成しているのだ。

 が、いないと言うことは…。


「なんかあったな…?」

「…どうしたの?」

「うう、ん…なんでも、ない…」


 これはなんとも好都合。

 俺はニーナの手を引き、脱獄を始めた。

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