第3話:友情(ただし一方的)

 夜、全く寝ることはできなかった。

 理由と言えば、夜間に襲ってくる連続的な暴力。

 一回だけならいいものの、何回かに分けて行われるものだから、まともに寝ることができない。

 一晩中それだ。

 クソが、奴らは暇なのか。


 全く動かない左腕を押さえ、立つ。

 眠い、が寝たら殴られる。

 それだけはもう、嫌だった。


 左利きなのになぁ…。


 動かないのは辛すぎる。

 いくら試行錯誤してみても、動かない。

 ならば、これ以上やる必要もないだろう。


 そんなこと考えていると、昨日の男が扉を開ける。


「出ろ、仕事の時間だ」


 そう言うと他の扉も開けにいく。

 待って、仕事って何。

 明らかにデスクワークではないだろう。

 だが力仕事をこんなのにさせるつもりか、あいつら。


 いや待て待て、世界が違うのだ。

 常識的に考えるな。


 もしかしたら…。


「他に、思いつかねぇ」


 あいつらは人間としての誇りが高過ぎる。

 だとしたら自分たちがやるようなこと、やらせるような奴らでは…ないはず。

 だとしたら残された道が重労働。

 だがやらせるなんてそれは…バカだ。


 まあ、俺だったらやらせるけど。

 だって面白そうじゃん。


 扉から出ると、周りから出てきたのは少年少女。

 全員どう見てもボロボロで、かなり疲労した様子だった。

 まさかここにいる全員、俺と同じ目にあっていると言うのだろうか。

 それは…やる側は楽しいだろう。

 こっちはクソみたいな思いを…。


 思い、を…。


 そう考えてそれ以上の思考が止まる。

 何故だろうか、わからないけど、止まったのだ。

 俺がこれ以上考えるべきではないと、決定づけたのかもしれない。

 ならもう考えることではない。


 と、隣の部屋にいたであろう、少女が話しかけてきた。

 金髪を携え、耳を尖らせた可愛らしい少女が。


 それこそ虐めがいがありそう…。

 この思考はよそう、頭が痛くなる。


「…あの、昨日は…大丈夫、だった?」

「え…あ、うん…」

「昨日入ったばかりの、子だよね…?」


 俺、昨日来たばっかりなのか。

 それは都合がいい、何年もここにいて…。

 なんて状態になったら、周りから怪しまれるのは確実。

 めんどくさいことになるだろう。

 100%、な。


「う、ん…そう、だけど…」


 歩きつつ話すことにする。

 止まれば男からパンチが下される。


 昨日のことを反省して、ボロを出さないようにあまり喋らないことにした。

 あまり喋らなければボロも出にくいだろうし、それ周りが勝手に進めてくれるだろう。

 俺はただそれについて行くだけ。

 とにかくこの言葉使いになれるまでは、あまり積極的に行かず…。

 後ろの小物程度に存在しておこう。


 おっと、一人称も変えなくてはならない。

 と言うか、ここが特に大事だろう。


 一人称でその人の印象はだいぶ変わる。

『俺』と言ってしまえば、粗暴な奴に見える。

『私』と男が言えば丁寧。女が言えば物腰柔らか。

 この二つだけでもだいぶ変わるものだ。


 まあ、後は見た目だが。


 第一印象を決めるのは見た目と雰囲気。

 その点今の体は、最高と言うべきだろう。

 あまりにも、弱々しいその姿。

 普通の人なら守りたくなるもの。


 …いや待て、それ俺が普通じゃないと…。


 思考が長いと変な方向に行くな。

 これ以上はやめておこう。


「えと…君の…名前は…?」


 とにかくまずは名前を聞く。

 名前を聞かないことには、始まらないから。

 友好関係を築く、とかそう言うくだらないことの前に、相手を呼ぶための名前がいる。

 じゃなかったら命令すら出せないだろう。

 番号なんて論外だ。

 覚えにくいし。


「…な、まえ…?なに、それ?」

「え…ほ、ほら…自分の、呼び方…と言うか…えっと…」


 なにを伝えればいいのだろう。

 掠れた喉では、伝えられることは少ない。

 だがそれでも理解してくれたようで、答える。


「あ、番号のことかな…?」

「え…番号…?」


 うーわ、今さっき論外って言ったやつだよ。

 最悪だな、ここ。


「私はね…えっと確か…27って言うんだ」


 自分の番号をしっかり覚えさせてないとか、ほんと最悪だなここ。

 労働環境最悪、上司最悪。

 しかも朝から晩まで働き(暴力)っぱなし。

 これ、ブラック企業よりも酷いぞ。


 ま、俺の会社はそんなじゃなかったけどな。


 でも待てよ…俺はまだ本来の仕事の内容を見ていない。

 その時点でこう断定づけられるってことは、仕事内容も勿論最悪だろう。

 多少いいものであると願いたいがな。


「27…覚え、にくい…」

「私も、覚えられてないんだ…」

「…ニーナ」


 完全に適当。

 27だからニーナってね。

 だからこそ覚えやすい。

 数字より、名前の方が覚えやすいに決まっている。


「ニーナって、呼んでもいい…?」

「それって…名前?」

「うん…」

「…えへへ、なんか嬉しいな」


 そう言うと、ニーナは手を繋ぐ。

 これは、俺の、この世界ではじめての…友情関係という奴だった。(ただし一方的)

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