ちいさな車窓

音河 ふゆ

帰路と車窓と少女

私は小さな頃、様々な景色がとても好きでした。

見知らぬ土地へ移動する際の風景は勿論のこと、通学路や友達の家への道、更にはよく遊ぶ公園まで…

枚挙に暇がありませんがとにかく色々な景色を見ては綺麗だと感傷に浸ったり、少し物足りないなんて感じた時にはバックストーリーなんてものをを考えて楽しんでいました。

今思えば少し背伸びをした…悪く言えば痛い子だったのかも知れません。

しかし、その時ほど楽しい瞬間はあの頃の私には他にありませんでした。

そんな景色評論家だった私が大人になった今でも鮮明に覚えているような思い出の景色が一つだけあります。


それは4歳の夏。帰省する時の車窓です。しかし、私はこの時全く楽しくありませんでした。

というのもいつもならお母さんがいて、暇つぶしに話し相手になってくれるのですが当時は弟が産まれるという事で先に帰省していたのです。

加えて、小さな私はお父さんの事が好きではない…はっきり言って嫌いの境域に入っていたと思います。

これはそんな私とお父さんが心を通わせた一日の話です。


私のおばあちゃん家は私の家から車で八時間もかかる田舎です。

お昼が少し過ぎたころに家を出発して夜にはおばあちゃん家に着くように車を走らせてました。

昼の内はただ高速道路を走っているだけでした。

ですが車の窓を流れていく車の群れに私の目はずっとうばわれてました。

けど私の心はみたされません。やっぱりなんだかものたりないのです。

ここで私は物語を作ることにしました。

こういう時の必殺技です。

今日の高速道路を見たとき、はじめはテレビでこの前見た魚の群れが頭のなかを流れていきました。

同じような形をした車が同じ方向に向かって走っていく。

眺めてるうちに海の中にいる気分になりました。


灰色の車は潜水艦。海に潜って家族みんなで魚を見ている。

白と黒は仲良しな魚。みんなでまとまって動いて助け合っている。

緑や赤はめだちたがりな魚、青の魚はかっこいい魚…

そんなふうに妄想している私のあたまの中に突然おおきなエンジン音が飛び込んできました。

私はびっくりして窓の外を見渡しました。

後ろからバイクがやって来てそのまま走り抜けて行ったのです。

私はしばらくの間ぼうぜんとしていました。

バイクの音や速さにおどろいたのも確かですが、何よりも走りさっていったバイクがまるっきり「サメ」に見えたからです。

黒いサメは車の間をうまくすり抜けていってやがて見えなくなってしまいました。

「サメ」がいなくなってしまった高速道路の海はまたふつうの魚しかいない退屈なものへと戻ってしまいました。

いっそのことこのまま寝てしまおうかと思っていたそのとき、

サイドミラーにおおきな影が写りました。

影は段々とおおきくなり、ついには窓に姿をあらわしました。

窓越しに私の目に入ってきたのはとてもおおきなバスです。

私の目は一瞬でそのバスに奪われました。

(くじらだ…)

私は一瞬でそう思いました。

バスの色、大きさ、窓のかたち…

その全てが私の思い描いていた「くじら」そのものだったのです。

「くじら」は「サメ」と違って、そのまま走りさっていくことも無く、優しくずっと横にならんで走ってくれました。

そんな優しいくじらを見ているうちに元から眠たかった私はそのまま眠ってしまいました。




どれくらい夢の中にいたのでしょうか。

気がつくと窓の外は夕焼けの海岸線、既に高速道路も降りて車内では運転手であるお父さんによるカーステライブが始まろうとしている所です。

丸い赤い太陽とその鏡のような空と海。

私の心も一気にまっかっかに染められました。

遠くで流れている船も、家に帰る途中の鳥も

そのすべてが私の心をゆさぶり、やがて赤の一つとなっていくのです。

お話一つさしこむことの出来ない赤…

これには風景評論家も納得です。

いつもはロックンロールのカーステも今は空気を読んだのかとても静かな曲が流れていました。



やがて日が沈み、夜となりました。

綺麗だった海岸線はとうに過ぎさり今や街のおおきな通り。あたりは街灯が光り出してきれいともきたないとも言えない光であふれていました。

そんな光のなか私はいまだにさっきの夕焼けが忘れられませんでした。

「しかし、いつまでも一つの風景にとらわれていては立派な風景評論家にはなれない!」

そう思い体を伸ばして見た窓の外は車が流れているだけです。

(お昼に車の海はやったの!)

一日に二度同じお話を作るのは絶対にしたくありません。

体は小さくてもプライドは大きいのです。

だからといって新しいお話が思い浮かぶわけでもありませんでした。

なので私は窓を見るのをやめ、すこし不服そうに座りなおしました。

それを見かねたのかお父さんが私に声をかけてくれました。

「どうしたんだい?窓の外にいやな物でもあったかい?」

「窓の外に何かがあって嫌なわけじゃないわ、何もないからイヤなのよ!」

私はそう答えました。

するとお父さんは、

「そうかい、きっともうすぐ退屈じゃなくなるよ。」

お父さんはそう言うと、それ以上は何も答えませんでした。

私は言葉もかえさず、しずかに窓を見続けました。


お父さんと会話してから数十分たったくらいでしょうか。

車は退屈な街を抜け、山道に入りました。

窓の外は真っ暗で何も見えません。

はっきり言ってさっきよりも退屈です。

「お父さん、いつになったらいい景色が見えるの?」

退屈にたえかねて、私はお父さんにそう聞きました。

「もうそろそろだから。」

お父さんはそれだけ言うとまた黙ってしまいました。

私はお父さんを疑いましたが、車にのっている以上従うしかいけません。

そのまま何ごともなく車はすすみ続けました。

やがて、車はコンビニにつきました。

田舎でよく見る広い駐車場に周りもたいして何もありません。

こんな所に何があるのでしょうか。

私はとりあえずお父さんと一緒にコンビニに

入り、晩ごはんにおにぎりを買いました。

外でおにぎりを食べてるときに、私はお父さんに聞きました。

「お父さん、こんなところに何があるの?」

するとお父さんは、

「空を見てごらん。」

そうひと言いって、お父さんは空を見上げました。

私も言われたとおり空を見上げてみると五つくらい星が光っていました。

私たちが住んでいるところは確かに都会ですが、さすがに星を見たことはあります。

「星なんてお家でも見れるもん!」

ですがお父さんは黙って空を見上げたままです。

私はムカついて手に持ったおにぎりをむしゃむしゃと食べました。

しかし、いそいで食べたせいで喉につまってむせてしまいます。

ゴホッゴホッとむせている私にお父さんはペットボトルのお茶を渡してくれました。

お父さんからもらったお茶を飲んだとき、さっき見たはずの空がとても光っているように見えました。

驚いてペットボトルのフタも空いたまま空を見上げたところにはさっきよりも多くの星が光っていました。

するとお父さんが、

「いい景色だろう?きっと今頃お母さんも同じ星を見て頑張ってるんだよ。」

そう聞くと今まで不機嫌だった私の心もなんだかポカポカしました。

しばらくの間私とお父さんはおにぎりも食べ終わったのに二人ならんでコンビニの駐車場で空を見上げてました。

「そろそろ車に戻ろうか。」

お父さんがそう言って私は静かにうなずきました。

その時です。ひときわ大きく光る星が二人の頭の上で線になってながれました。

私は心の中で三回願い事をとなえてから車に戻りました。

(弟が元気に産まれますように…)




これが私が一番心に残っている景色です。

その後実家に無事に到着し、弟も無事に産まれました。

私はあれから流れ星を見たことがありません。

ですが、もう一度見たとしてもこの夜を超える事は無いでしょう。

それどころかこれから生きていく先でもあの日を超えるような日は来ない。そんな予感がしてやまないのです。

それくらいに私の心はあの日が張り付いているのです。

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