3-13

 ワイルドガウンが拠点にしているというその場所には見覚えがあった。


「まさか、またここに来ることになるとはな」


「ええ、またわたしたち二人ですし」


「雰囲気は結構違うけどな」


 俺と西野がいるのは、例の果たし状の一件で訪れたゴーストタウン。悪党の寄りつくところなんて限られとるんやで(スミカ先輩談)とのことだったが、本当にここでいいのだろうか。


 時刻は日付が変わる少し前であり、人のいないこの一帯にはほとんど明かりらしい明かりが無い。自販機や、かなり間隔の開いた中途半端な数の街灯を除けば、光るものを見つけられそうになかった。


 西野は既に変身してバルクガールモードであり、自力で歩けない俺は彼女の肩に腰掛けている。変身すると身長と体格相応に肩幅も広くなるので、俺一人くらいなら肩車のようにならなくとも座っていられた。


 ちなみに俺たちはここまで飛んで来た。俺が不安定な姿勢で乗っていたのでバルクガールがだいぶスピードを押さえてくれていたのだが、足が不自由なせいもあり、いくら彼女にしがみついていてもかなり怖かった。正直飛び上がった瞬間とかいきなりグラついてちょっと泣きそうになったし。


『駅前に着いたみたいやなー』


 右耳にだけ差し込んだイヤホンからスミカ先輩の声がする。携帯をポケットに入れ、通話状態のままイヤホンを伸ばすという簡易お告げ装置である。電話がポケットの中なので基本は先輩からの一方通行なのだが、少し大きめの声で話せば向こうにも聞こえるし、両手が空いた状態でスミカ先輩から逐一指示を受けられるので行き先指示を受け取るには大いに役立つ。


 スミカ先輩は俺の携帯のGPS信号を拾ってここまでナビをしてくれていた。この先ワイルドガウンの隠れ家までもう少し指示を貰って進まなければならない。


「お兄ちゃん、怪我は大丈夫ですか?」


「ああ、無理に動かさなきゃ大丈夫だ。気にしなくていい」


 ……実際は移動中の揺れでもじくじくと傷口に痛みは響いていたのだが、運んでもらっておいてそこまで文句は言えない。まぁ我慢できないほどの痛みではないし、これくらいは許容範囲だ。


『おーい、無視すると先輩でも泣いてまうでー』


「別に無視してませんよ。バルクガールには先輩の声聞こえてないんですから」


「あ、スミカさんとお話し中でしたか。失礼しました」


 気にするな、という意味を込めて丁度肘掛け的な位置にあるブロンド髪を撫でる。なんだこの位置関係、超撫でやすい。

 さらさらの髪を梳くように撫でていると、バルクガールが「んー」と気持ち良さそうに目を閉じる。なんか犬っぽいなこいつ。


『……なんや仲間はずれの気配を感じる。ぶーぶー、仲間はずれは立派ないじめやでー』


 なんでそんなの感じ取っちゃうんだよ。ていうか別に仲間はずれとかしてないし。ちょっと後輩の頭を撫でただけですからね先輩! ……何の言い訳だろう。でもスミカ先輩の頭はどうやっても撫でられないしなぁ。


「そんなんじゃないですから。それで、ここからどっちに行けばいいんですか?」


『ううっ、露骨に誤摩化された。所詮ウチは都合の良い女なんやな……』


「そういうのいいですから」


『ほーい、駅前からはしばらく道なりに真っ直ぐやで』


 ケロッといつもの調子に戻った先輩のナビに従って、居並ぶ建物より少し高いくらいの位置を飛ぶバルクガール。もちろん俺も肩に乗ったままだ。


「……なぁ」


「はい、なんでしょうか?」


「こんなこと、訊いていいかわからないんだが」


「何でも聞いてください。わたしで答えられることであれば、正直にお答えします」


 泳ぐような地面に水平の体勢で浮かんだまま、上目気味に肩の上の俺を振り返ったバルクガールが微笑む。こうまで言ってくれているのだし、思い切って訊いてみるか。


「その、なんで四日間、あの部屋にいたんだ?」


「……? ええと、お話しした通り、です。あの部屋にいる限り、お兄ちゃんとの関係が途切れることはないと思いましたから。それにスミカさんが、その時になればお兄ちゃんの方から会いにきてくださるはずだと仰ったものですから」


「あ、いやそうじゃなくて、だな」


 むう、どう尋ねればいいのだろう。改まった聞き方をするのは少々気恥ずかしいが、迂遠な言い方ではバルクガールから俺の知りたい答えはもらえなそうだ。


「そうじゃなくて、その、四日もあそこで待ってまで、なんで俺との関係を保ちたかったんだ?」


 うわ、自分で聞いておいてあれだがすごく痛々しい! なんか自意識過剰っぽい! これでバルクガールの口から「いえ別に関係とかどうでもいいんですけど」とか言われたらこのまま肩から飛び降りて死んじゃうかもしれない。


 だが、バルクガールはすぐには答えず、さりとて俺の心が羞恥でへし折れるような罵倒をするでも無く、思い悩むように小さく首を傾げた。


「よく、わかりません」


「わからない?」


「はい。あの日、お兄ちゃんに拒絶されたとき、胸に起こった感情というのは確かにあるのですが……あの気持ちがなんと呼ばれるものなのか、どう形容したらいいのか、わたしにはよくわからないのです」


「そう、なのか」


 嘘をついているとか誤摩化しているとか、そういうことではないんだろう。むしろより真剣に、正確に伝えようとしたからこその「わからない」という答えなのだと思う。

 いつものように、金髪碧眼の顔に似合わない心底申し訳無さそうな顔で言われてしまってはそうか、と頷くくらいしかできない。


 だが、バルクガールの言葉にはまだ続きがあった。


「ただ……なんと言ったらいいのか、わからないのですが、そうですね。有り体に言えば、必要だった、といいますか」


「必要って、なにが?」


「もちろんお兄ちゃんがです」


「っ、そ、そうか」


 おいなんでそこで微笑むんだよなんですかまた会えて嬉しいですとか待っててよかったですとかそういうアレですかやめてくださいあんまりそういう反応されると嬉しくなっちゃうんで。


 まぁでも、そんな甘酸っぱい妄想はさておいて、彼女は彼女なりに俺を必要としてくれていたらしい。変身による補正があるとはいえ、四日間飲まず食わずでいるくらいには。ならやっぱり、俺はそれに応えなければいけないだろう。その方法として、これが適しているかわからないけれど。


 再び前に向き直ったバルクガールの横顔を見ながら、自分の役割を確かめる。相変わらず足は痛いし杖が無ければまともに歩けない。それでも、自分でやらなきゃいけないことがある。

 ならばそれを、やるだけだ。

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