3-12

 奏先輩の説明によれば、やはり彼女はあの晩ワイルドガウンに殺されたらしい。殺された本人の口から死を告げられるというのは妙な気分だったが、それこそ本人が言うのだから間違いないんだろう。


 ワイルドガウンによって、水澄奏は殺された。となると、いまモニターの向こうで喋っているのは誰なのか。それが先ほどの「人工知能」という言葉と結びつくことになる。


「……ええと、要するに奏先輩の思考パターンをトレースし、先輩と同じように喋って考える人工知能が、いまここにいるあなただと?」


『概ねそんな感じや。せやからウチは正確には水澄奏やなくて、その模造品。それも頭ん中だけを取り出してコピーしたような存在なんや』


「な、なるほど?」


 理屈は分かるような、理屈以前に何かが間違っているような。技術や理論の問題ではなく、自分の思考をトレースした人工知能なんて普通の人間が作るとは思えない。ああでも奏先輩って全然普通の人じゃなかった。あの人ならこういう突拍子もないこともやりかねない。


『ま、思考をトレースしている、なんてもっともらしく言うてみても、結局のところウチは「水澄奏っぽい人工知能」でしかないんや。せやからどうしたって思考や発言に本物との齟齬は出るし、時間が経って情報が蓄積されるほどオリジナルから離れてしまう困りもんなんやけどね』


 参った参った、とでも言いたげに画面の中の先輩が頭を掻く。例えばその「自嘲」というリアクションも先輩が滅多に見せることの無かったものだ。自分がオリジナルの模倣であるという最前提の事実が、既に彼女と本物を別の存在としてしまっているのかもしれない。


 その些細な違いが、奏先輩が本当に死んでしまったことを実感させる。だが、それと同時に先輩によく似た目の前の存在を思いのほかあっさりと受け入れている自分も自覚していた。


「……じゃあ、なんて呼べばいいですかね?」


『ほぁ?』


「奏先輩によく似てますけど、そうじゃないんですよね? だったら奏先輩って呼ぶのも変な感じですし、どう呼んだらいいのかと」


『…………シシッ、シシシ』


 一瞬ぽかんと惚けた顔をしていた先輩が、堪えきれないといったように笑い出す。


「な、なんですか急に笑って」


『いやいや、気にせんでええよ、シシシッ。そかそか、うん。せやな、別人やったら別の名前が必要や。それやったらスミカって呼んでもろてええかな? オリジナルはウチのことをそう呼んどったし』


 スミカ。先輩のハンドルネームだ。先輩によく似ていて、けれど電子の存在である彼女に相応しい名前だろう。


「それじゃスミカ、先輩」


『シシシ、ウチとしては呼び捨てでも構へんのやけどー? ウチはオリジナルと違って、別にあんたの先輩ってわけやないし』


「いやいや勘弁してくださいよ。……それでスミカ先輩。お願いが、あるんですけど」


『ん、聞いたるわ。なんでも言うてみ? いまのウチは機嫌ええから、大抵のことは聞いちゃるで? あ、でも身体が無いからエッチなお願いは勘弁な』


「しませんからそんなこと! なんで無駄に下ネタに走るとこまで似てるんですか」


「お兄ちゃん、スミカさんに出来ないことでしたらわたしが」


「うん、話がややこしくなるからちょっと黙っててくれ西野」


「……はい」


 なんでちょっとしゅんとしてるんだよ。頼むからお前まで下ネタに毒されないでくれ。


「そうじゃなくて、ワイルドガウンのことです」


『まーそーやろーなー』


 くっ、ムカつく! さっきまでのちょっとしおらしい感じはどこへ消えたんだ。完全に俺で遊んでるときの先輩と同じノリになってやがるぞ。いや基本的に同じパーソナルの持ち主だから当然なんだけどさ。


「あの、一応真面目な話なんですけど」


『わかっとるって。ウチがここ数日、何もせんとここでのんびりしとったと思う?』


「え、それって」


『スミカさんだってオリジナルよりも得意なことあるんやでー? 具体的には生身の人間にはキツーい二十四時間態勢でのネットサーフィンとか。ビッグデータの収集とそれを処理する能力にかけては、人間に負ける気せぇへん』


 ビッグデータの収集。無作為に無尽蔵に集めた無数のデータから、パターンを発見し真実を導き出す情報処理能力。それはいずれも、人工知能が人間以上に得意とする分野の筆頭だ。


 情報が正しいか誤りかの判別は二の次としてとにかく大量の情報を集め、その中から共通するポイントや数の多いものを中心に絞り込んでいく。それは食事や睡眠に時間を要し、目で見える範囲と記憶力の及ぶ範囲でしか調査と分析が出来ない人間よりも、自立して全ての行程を休み無く行える人工知能の方が圧倒的に早いし元となる情報も大きい。


 調べてまとめて分類する。単調で機械的な作業ならばこそ、人間よりも機械の方がよい結果を導くのである。


『目撃証言ってのも探せばあるもんなんやでー? 埋もれとるだけや。……ワイルドガウンの隠れ家は掴んどる。あとはあんたが決めることや』


「お兄ちゃんの正義に、わたしは従います」


 隣から、正面のモニターから、それぞれ種類の違う視線が向けられる。それは信頼のようでも親愛のようでもあったが、もちろんそんなのは俺の思い過ごしだろう。

 他人の感情を推し量ることは出来ても、それが正解とは限らない。むしろ、間違いや勘違いであることの方が多いだろう。そんなのは当たり前だ。


 だから、俺の目にどう見えたかだけ、覚えておけばいい。


 モニター越しのスミカさんの視線には、親愛を感じた。同時にほんの少し、試すような色も。

 隣に立つ西野からの視線には、俺の判断に対する信頼を感じた。それと、かすかに依存もあるだろうか。


 二人の視線から内面を推し量って、俺は勝手にそう判断した。そして俺は、幻想かもしれないその親愛と信頼に応えたいと感じている。


「――――二人とも、ヴィランは嫌いですよね?」


 いつかの奏先輩を真似て、そう切り出した。

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