3-8

 神酒洲の協力を得られたことは大きかったはずだが、真実が一つ解明されたからといって劇的に状況が変わるとは限らない。


 日が沈んでから、今度はワイルドガウンについて思いつく限りのあれこれを調べているが、居場所を掴むには至っていない。それどころか深夜までかかって得られた情報は、本当かどうかも怪しい目撃情報が数件見つかった程度だ。


 本当にヤツはこの街にいるんだろうか、という当然の疑問に行き当たる。神酒洲は確かな情報だと言ったが根拠は示されていない。嘘をついていないという保証はどこにもない。


「嘘だとも、思えないんだけどな」


 なぜかは分からないが、神酒洲の言葉を疑いたくないと思う自分もいる。やはり神酒洲のあの合成音声の向こうに、俺は奏先輩の影を見ていたのだろうか。


 ともかく、ネットで調べるには限界があった。

 だが、自分の足で調べるにしても何の手がかりもない状況ではどこで何を調べればいいのかすらも分からない。ワイルドガウンが犯人だという神酒洲の言葉を全面的に信じたとしても、手詰まりであるという状況は少しも変わらないのだった。


「くそ」


 時間制限があるわけではない。だが時間が経てば経つほど、ヤツの頭から奏先輩の死が薄れていくんじゃないかという不安が俺を焦らせていた。

 奏先輩を殺したことを後悔しながら死んでいけ。そうさせるのが俺の復讐だ。


 見つけ出さなくては。


 どこかにヤツがいるはずの街を眺めようと窓の外に目をやる。このアパートは高所にあるわけじゃないし、少し先の家々の明かりが見えるだけだ。少し視線を上向ければ、星空と一羽のカラスが――カラス?


 電線の上から一羽のカラスがじっと動かずにこちらを見ていた。


 その光景に、ふと西野邸の門にかたまっていたカラス達を思い出す。あれがワイルドガウンのカラスだったのか? いつからかわからないが、西野邸に監視の目が及んでいたとすれば俺たちの行動を把握するのは難しくないだろう。奏先輩を狙うのも容易だったろうが、神酒洲の言を信じるなら、ヤツの目的は奏先輩ではない。


 目的はバルクガールなのか? それともコンプレスとマザーさん? あるいは、俺か?

 気付けばカラカラと音を立てて窓を開いていた。身を乗り出すようにしてこちらを見つめるカラスを睨み返す。しばしの睨み合いの後、先に動いたのはカラスの方だった。


 バサバサと羽音を響かせて降りてくると、俺が手をかけている窓枠にとまる。そのまま泣き声を上げることも無くじっとこちらを見返してくる。これはもう明らかだ。ただの野生のカラスがこんな動きをするはずがない。


「どこにいる、ワイルドガウン」


 そう声を掛けるとカラスはふしゅーと鼻息のような声を漏らした。そのままバサバサと派手な羽音を立てて飛び上がり、少し離れた電線の上にとまる。そして、そこからまたじっと俺を見つめてきた。


「向こうもそのつもりか。最初から探す必要なんてなかったわけだ」


 サッと部屋の中を見回し、武器になりそうなものを探す。こんなことなら銃の一つも持っておけば良かったと思うが無い物ねだりをしても仕方ない。棚でもぶん回せば十分痛いだろうが持ち運びには向かない。箒でも持っていくか? 実際そのくらいしか武器になりそうなものが見当たらない。


「箒じゃカッコはつかないが……長物があるに越したことは無いよな」


 自分の身長より少し短いくらいの箒を持って外に出る。先ほどのカラスはまだ同じ場所にいて、部屋から出てきた俺を見つめていた。


 カラスがとまっている電線の下まで行くと、カラスは再び羽音を立てて飛び上がり、少し先の電柱の上にとまった。俺の勘違いってことは無さそうだ。


 罠かもしれないとは思う。けれどなぜか、このカラスを追った先にワイルドガウンがいるという確信があった。

 直感としか言いようのない感覚。西野邸でカラスの群れを見たときと同じ根拠のない迷信じみたものを、どうしてか今は疑いなく信じている自分がいた。


 指針を失って、目の前の可能性に飛びついているだけなのかもしれない。そう思うと苦笑が漏れるが、どのみち引き返すという手はない。理由や目的はどうあれ、こうして監視の目がついていて、家の場所も知られている。寝首をかかれるくらいなら覚悟を決めて自分から出向く方がまだ動けるだろう。


「……ああ、なるほど。マザーさんはこんな心境だったわけだ」


 追い詰められている実感はじわじわと競り上がってくるのに、それと同じだけ興奮とも高揚感ともつかないものがこみ上げてきて顔がにやける。

 これは確かに、空が明るければピクニックにでも出かけたい気分だ。

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