3-7
「いま帰りました」
『うん、こっちでも確認したよ。おかえりー』
帰宅してすぐに電話をかけ直すと、そんな返事が返ってきた。こえぇよ何だよこの家ってば監視でもされてんの? 住所割れてるし本当にされてても不思議じゃないので深く考えないことにしよう。
「それで、いい加減に教えてください。何に気付いたんですか?」
『なにって、そりゃあ犯人だよ』
なんてことないといった風に、しれっと言われる。
「はい?」
『謎は全て解けた! というワケじゃないけど、犯人については具体的に絞れたね。ほぼ確定じゃないかな。まぁ裏で誰かが糸を引いてるかもしれないけど、実行犯なのは多分確実。動機も十分だしね』
「誰です! そいつはどこにいますか、動機は、何であんなことを、どうやって」
『あーあーはいはい落ち着きなって。知ってることは教えてあげるからさ。キミ自身にも無関係ってワケじゃないし、今回はサービスしてあげちゃう☆』
「いや、そういうノリとかいいんで」
『冷たいなぁ。まぁいいよ、覚悟して聞いてね』
公園でも衝撃的とか言っていて、ここでも念押しされる。一体何を言うつもりなんだ。
『いいかな。それじゃまずダイレクトに犯人の名前だけど、十中八九あれだね、ワイルドガウンだね』
「…………は? え、は?」
『キミならあの男のことはよーく知ってるでしょ?』
何を言うべきか、言葉が見つからない。本当にあの男が? だとしたら神酒洲の言う通り、犯人に関しても俺は無関係というわけではない、いやむしろ関係なんてありすぎる。ただでさえ幼少の頃から憎み続けてきた相手だというのに、世の中から姿を消して久しい今になって突然戻ってきて、奏先輩を殺した。
本当だとしたらそれは。
それはなんて――――好都合なんだ。
だってそれなら全部簡単に済む。感情が一切ブレることなく、迷うことも無く、躊躇うことも無く、二つの復讐を果たせる。敵意と悪意と害意を練り上げて尖らせて、たった一点を貫ける。
「それ、本当なんです、ね?」
『ん、そうだねぇ。本人に確かめたわけじゃないから確定とは言わないけど、オレは九割がた正解だと思ってるよ』
「……理由を訊いても?」
『そだね。まず、今日キミに調べてもらったことについてだけど、水澄奏の遺体が発見時どういう状態だったか覚えてるかい? 送った資料にも載せておいたはずだけど』
「カラス、ですか?」
『そーそ。確かにカラスは動物の死骸を漁ることはあるけど、昨今死体遺棄事件が珍しくないのは知ってるよね? 仮にカラスが人間の死体にも群がるなら過去に起きた死体遺棄事件の被害者だって同じ目に遭ってもおかしくない。けど、実際にそんな例はない』
「まぁ、確かに」
それが普段から頻発していたら、今回奏先輩の写真があれだけネットで話題になることもなかったはずだ。
『で、人為的なものかどうかが知りたかったから、近隣の動物調査をしてもらったわけ。仮に何らかの理由であの一帯にカラスや野良猫が多ければ、少ない食料を求めて人の死体に群がるかも、と思ったんだけど、まぁさすがに考え過ぎだったかな』
「ということは、あの一帯に特に動物が多いわけではないとなると」
『そゆこと。殺人そのものは別にしても、死体損壊は誰かが意図的に動物を連れてきて襲わせたってことになるよね。ほいで、園内や周辺に糞や足跡といった動物の痕跡も目立って多くない。そこらの調教師に、カラスの群れに特定の人物だけを襲わせてそのまま逃がすなんて芸当が出来ると思うかい? これは明らかに常人の能力を超えて動物をコントロールできる人間が関わってる』
「それで、ワイルドガウンが犯人だと?」
『あー、確証を得たのが今日の調査ね。最後に見つけてもらった毛はヤツ愛用のガウンのたてがみから落ちたものだろうね。で、こっから先は本来別料金のところを大サービスしちゃうんだけどね、ワイルドガウンがいまキミの暮らす街にいるのは、確かな情報として掴んでいたりするんだなこれが』
「なっ、そんな! なんであいつが、いつから?」
『あーはいはいその辺はお金払ってくれれば詳しく教えるよ? といっても、キミの預金残高を見るにオレが満足する金額はとても用意できそうにないわけだけど』
「ぐっ」
釘を刺された。預金残高で足りないと言われればお手上げだ。大金に化けるような家財道具もないし、いまからアルバイトで貯めるなんて悠長なことをしている時間は無い。
「はっ、働きます! 今回みたいな調査活動とか、何でも」
『あーダメダメ。ていうか、いらない。言っとくけど、今回キミに依頼したのは例外中の例外だし、オレの気まぐれなんだよね。利害の一致って事情もあったし? 普段から人に売る情報を素人に集めさせてるなんて広まったら、情報の信頼度がガタ落ちだよ』
何も言い返せない。
そりゃそうだ、と納得してしまったのもあるが、なんだかんだ言いつつもここまで俺に好条件で協力してくれていた神酒洲に「いらない」と言われたことが思いのほかショックだった。
奏先輩と同じように、自分の都合に合わせて俺を利用しているようで、その実味方になってくれるような、そんな錯覚があったのかもしれない。
たった二日でなのか、二日経ってようやくなのかわからないが、奏先輩という支えを失って俺は結構参っているらしかった。
あの人がいないと、俺には家族以外で頼れる人なんてほとんどいない。
最近ではマザーさんやコンプレスともよく顔を合わせているが、あの人たちと俺の関係はまだ信頼と呼べるほどのものではない。普段は対立しない、条件次第では味方になってくれるかも、その程度の関係だ。その他には……西野老人? いや、何度か顔を合わせてはいるが頼み事が出来るような間柄じゃないな。なんとなく底が知れないし。
……西野の顔がチラつくが、頭を振って追い出した。あいつに頼るなどもってのほかだ。
『ま、とにかく最近あいつはキミの街にやってきた。何しにーとか、どうやってーとか、その辺は別料金ね。だからあくまでも今回の事件に関することだけ教えてあげる。今回の事件は、ワイルドガウンにとっては前座だよ?』
「前座ってそんな、それは」
そんなことのために、奏先輩は殺されたのか。場を暖めるために、別の何かのための布石として、あんな大きな人が、そんな些細なことのために。
『ワイルドガウンは偶然ではなく狙って水澄奏を殺した。そしてその最終目的は、水澄奏の殺害ではない。もっと別の何かが、きっと迫ってる。ま、タダで教えられるのはこのくらいかな。悪く思わないでよー? これでも大サービスなんだから』
「……はい」
出来ることなら全てを聞き出したかったが、食い下がったところで絶対に教えないという強い意思は、その淡白な合成音声にもハッキリと現れていた。
『うん、まぁ続きが聞きたくなったらいつでも連絡してよ。お金さえ出してくれればいくらでも話すからさ』
「わ、わかりました」
多分二度と話は聞けないだろうな……。具体的な要求額は聞いていないが、なんとなくいくら持っていても全財産の倍額くらい吹っかけて話してくれなそうな気がする。
『それじゃーね。ほどほどに頑張って』
その言葉に返事をするより先に、通話は向こうから切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます