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 新聞やニュースではごくありふれた殺人事件として報道されただけだが、週刊誌やネット上ではそれなりに大きな話題となっていた。というのも、奏先輩の死については多少なりともゴシップ性というか、憶測と尾ひれが飛び交う余地があったからだ。


 奏先輩の遺体の写真が、夜のうちにネット中にバラまかれた。猟奇殺人や死体の写真を愛好する連中が密かに集まる掲示板やSNSのグループだけでなく、ごく普通の雑談掲示板や地域や町内会単位での情報交換スペース、酷いところでは小学校の裏サイトにまで貼付けてあった。


 勿論、俺も簡単に目にする事が出来た。……正直、見たいものではなかったが。


 奏先輩はただ殺されたのではなく、遺体は無惨にも損壊の憂き目に遭っていた。といっても、それはマイク・ザ・リッパーがそうだったような殺人犯の手による損壊ではない。


 写真の中の奏先輩はいつものジャージをズタズタにされ、ボサボサなのにいい匂いがしていた髪は三割ほど失われていて、右頬、二の腕、腹、左太もものあたりは肉が削ぎ落とされ骨が露出している。ジャージの裂け目は例外無くどす黒い血に染まり、両眼は引きずり出された上に潰されてジャージのポケットに押し込まれていた。


 眼球については人為的なものが感じられるが、ほとんどの傷は野生動物が獲物の肉をつついたあとのように見えた。発見時にはカラスが遺体に群がっていたという未確認情報の書き込みも発見した。


 普段からリッパーみたいなイカれた殺人鬼の被害者画像を見ていなかったらとても直視できなかっただろう。知り合いだということを除いても、俺がこれまで見たことのある遺体の画像の中では一番酷いと断言していい写真だった。


 そうした異質な写真が出回ったせいもあり、奏先輩を殺した犯人は前後して逮捕が報道されたマイク・ザ・リッパーなのではという憶測や、その死には街最大のヴィランであるグリーンミストが関与しているのではとか、根も葉もない尾ひれも含めて色んなものがくっついていた。


 その一つ一つが不愉快極まりない。これだけの人間がいて、これだけの人間があの写真を目にしていて、それなのにどうして誰一人として奏先輩の尊厳を守ろうとしないのか。なぜ次々に画像を拡散し、グロいだのキモいだの言うばかりで、役立たずの汚い言葉を並べ立てるばかりで、犯人に対して怒りを表明しないのか。


 気に入らない。犯人も、写真も、報道機関も、名も知らぬネット上の人々も、俺の知らないところで勝手に無惨に殺された奏先輩も。気に入らない。許せない。全部が、世界の全てが気に食わない。


 だがそれでも、俺はバラまかれた写真から目を逸らさない。目を逸らせない。

 それはきっと、復讐のために。


 奏先輩をこんな姿に変え、その写真をバラまいて、あの人の尊厳を死後にまで踏みにじった犯人を俺の手で八つ裂きにしてやるために。


 万に一つでも、そいつを前にして躊躇するなどという馬鹿をやらかさないために。


 幼い日のあの事件から、年月を経るうちに摩耗していた憎しみと同質の仄暗い炎が胸に灯るのを感じる。許さない。殺してやる。絶対に。憎悪と攻撃の意思が溢れてくる。


 犯人を見つける。ぶん殴る。ぶっ殺す。それが最優先。それで全部。ヒーローもヴィランも、犯罪も社会も、とりあえずいまは全部忘れる。

 だがその前に、全部忘れてしまう前に、一つだけやっておかなければならない事があった。

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