3

復讐

 これは復讐だ。


 仮初めの正義すら捨て去って久しい俺には、もはやそれを躊躇する必要なんてどこにも無い。復讐がしたければ、する。それを阻む事情も、躊躇う理由ももはや無いのだ。

 例えばそれが間違っていても、例えばそれが人の道を外れていても、例えばそれが後ろ指を指される事だったとしても、変わらない。


 他人の評価を気にする意味はとっくに喪失した。だからこその復讐、報復だ。後ろ指を指すほど俺に注目する人間などいないのだから。


「クソッ!」


 ガシャン。


 蹴りつけた金属の塀がぐらぐらと揺れる。ああ腹立つ。苛々する。思い出しただけでハラワタが煮えくり返る思いだ。

 あのガキさえ、あのガキさえいなければ、俺は。


「……へっ、やっとだ。やっと見つけたんだ。逃がしゃしねぇよ、絶対にな」


 この復讐だけは果たす。絶対にあいつを追い詰めてぶっ殺す。

 社会的制裁とか、あるいはよくあるお前の大切なものを奪ってやるーとか、そんな事は知らん。これは俺の復讐だ、あいつの事情なんて関係ねぇ。あいつにとって何が大切かなんてどうでもいい。最大の絶望とか最高の苦痛とか、そんなことにはまるで興味が無い。


 ただあいつが苦痛に咽んで、俺の前でみっともなく、惨めったらしく、哀れに、涙を流して命乞いする姿が見たい。それを全て踏みにじった上で嬲り殺してやりたい。あいつが俺から奪ったものが、ヤツの命よりも遥かに重かったのだと教えてやりたい。


 本当なら十年近くかけてようやくヤツを見つけた瞬間に、すぐにでも飛んでいって締め上げてやろうと思った。この手でヤツの喉を押し潰して、酸素が足りないと跳ね回る感触を手の平で感じたかった。


 だが耐えた。


 絶対に失敗しないために。復讐を、必ず遂げるために、おそらくそうすることが必要だと思ったからだ。

 時間をかけることに何の焦りも無い。俺のこの憎しみの炎は、十年やそこらの空白で消えるはずが無いという確信があったし、事実そうだった。


 だからヤツを見つけて、殺してやりたいと拳を握った時も耐えた。耐える事で俺の中の憎しみがより熱くドロドロと溶けて俺の全身に染み渡るようで、憎しみが熱となって自分を満たしていく感覚は快感ですらあった。


 ……舞台は整いつつある。必要な情報を揃えた。適切な場所を見つけた。あとは時期を見て、それらを組み合わせるだけだ。

 お前はもう逃げられない。逃がさない。


 待っていろ。


 口の端がつり上がるのを抑えきれない。その時は、もう目前に迫っていた。

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