2-21

 三十分ほど経っただろうか。落ち着きを取り戻したマザー、すっかり大人しくなったコンプレスの両名と、俺たち三人は改めて池のほとりで向かい合っていた。


「……卑怯者」


 表情はすっかり落ち着いたものの、泣き腫らした赤い目を誤摩化しきれていないマザーがジロリと恨みのこもった視線を向けてくる。さすがに反論できない。


「まぁ、卑怯者の誹りは甘んじて受けましょう。けど、賭けは賭けですよね」


「わかっている。くそ、余計な欲目を出すんじゃなかった」


「マ、マ、ゴメ、ナサイ」


「いや、お前は悪くないよ。これは私のミスだ」


 ……おかしい、犯罪行為をやめさせたはずなのに俺が悪いことをした空気になりつつある。目の前の身長差体格差親子はともかく、なぜか共犯の二人が左右から向けてくる視線にまで刺を感じるんだが。


「とはいえ、はぁ……どうしたものか。確認しておくが、私たちを警察に突き出すとか、そういうつもりはないんだな?」


「ええ、それは約束に含みませんからね」


「そうか。では、どうにかして海外にでも逃げるか……」


 とんでもない呟きが聞こえて来た。俺が追い詰めたみたいな空気作るのやめてくんない? いや実際追い詰めたのは俺なんだけどさ。


「海外って、いきなり話がぶっ飛びよったなぁ。その図体連れて目立たんように国外逃亡なんて現実的とは言えへんやろ」


「仕方あるまい。私たちだって食い扶持を稼がねばならん。無闇に素性を明かせない以上真っ当な仕事にはつけんし、力で金を稼ぐのにこの国は不向きだ」


 まぁ後半は分からないでもないが……そもそも。


「これまではどうやって飯食ってたんですか」


「あー、いやそれは……まぁ、今更隠すようなことでもないか。雇われていたのさ、壊し屋としてな」


「壊し屋?」


「クライアントと揉めた相手に脅しをかけたり報復するため、関連事務所なんかを吹っ飛ばす代行業だよ。破格の契約料と引き換えに専属で雇われていたんだがね、それが出来ないとなるとまた別の仕事を探さねばならん」


 なるほど、無差別に思われたコンプレスの破壊活動にはそんな取捨選択があったのか。その辺の事情が表沙汰になっていないのは、クライアントとやらがこの街でそれなりの影響力を持っているからなんだろう。

 つーかこれってもしかして、いやもしかしなくても、二人の数少ない働き口を潰したってことになるのか。おかしい、犯罪行為をやめさせたのは事実のはずなんだけど結果として目の前にあるのは行き場のない二人組の食い扶持を取り上げたという現実になっている。


「シシシ、これは責任とってあんたが養うしかないんちゃうか?」


「さすがに無理ですよ、貯金もそんなにないですし、今からバイトしたって三人……以上に食べそうな人もいるんですから、養えません」


「いや、冗談なんやけど、そんな真面目に答えられるとウチも反応に困るわぁ」


 なんでだよ、一応この状況の主犯として誠意を持って対応しただけなのに。


「余計な気は遣わなくていい。賭けに乗ったのは私だし、勝負に負けたのはコンプレスだ。お前達に面倒を見てもらう謂れはない。事前にこちらの事情を知っていたわけでもないし、まぁ私たちにとって必要なことだったとはいえ犯罪は犯罪だ。警察に突き出されないだけ感謝しているよ」


 なにこの人すごく話が分かるんですけど。超大人の対応。騙すみたいになってごめんなさい。

 マザーさんの株が急上昇である。


「ひとまず、今日のところは帰るとするよ。もう会うこともないだろうが……まぁ、お前達が大ボラ吹きで、帰ったら警察が待ち伏せていた、なんて事態になったら仕返しはさせてもらう」


 怖えよ。いやしないよそんなこと。俺だって自分の命は大事だ。


「……あの、お兄ちゃん」


「なんだ?」


 それまで黙って事の成り行きを見守っていたバルクガールが口を開く。ちなみにこいつ変身したまんまだからすげー上の方から声が降ってくる。身長三メートルの妹とかどうなの? いや別に兄妹的な意味でお兄ちゃんと呼ばれてるわけじゃないんだけどさ。


「お二人はこのままだと、また犯罪に走るのではないですか?」


 言いにくいことをスパッと言うねこの子は。そりゃまぁ、俺だってそう思うけどさ。


「けど、それは多分警察に突き出したって同じだと思うぞ。コンプレスを抑え込めるだけの力が警察にあるとも思えないし、この街にお前以外にパワータイプのヒーローはいない。だったら、目の前の犯罪を止めるにはこうするしか」


「いえ、あの、そうではなくて、その、お二人が、生活に困らないようになればいい、ということですよね?」


「まぁそれは……え、なに、お前んちで養うとか言い出すの?」


「養うというか、その」


 ちらりとバルクガールが横目でコンプレス達を見る。一度立ち去りかけた二人が、話の行方を気にするように立ち止まってバルクガールに注目していた。


「お爺ちゃんが、その、住み込みの手伝いを雇いたいと、言っていまして……」


 ……さすがに驚く。タイミングのよすぎる西野老人について、ではない。いくら自分たちの手で生活を奪ってしまったとはいえ、コンプレスほど強力なヴィラン、自業自得の犯罪者を無防備にも自分の生活に招き入れようという西野の姿勢に対してだ。


 困っている他者に手を差し伸べる。それは正義の味方であるヒーローとしては正しい。けれどこの場で困っている人物に救いの手を伸ばすということは、同時に犯罪者に肩入れすることも意味する。


 それはヒーローという存在が当たり前に孕んでいる矛盾で。


 その矛盾が判断を躊躇わせ、善良な市民を救う機会を逃しかねない正義の歪みで。

 ただの人間が決して本物の正義を背負ったヒーローになれない最大の理由で。


 それなのに、目の前のこいつはそんな矛盾を何とも思っていないように、躊躇うどころかそれが当然のことのように目の前の弱者に、自分の手で弱者に変えてしまった相手に手を差し伸べる。


 図々しく、ふてぶてしく、恥知らずで、どうしようもなく間違った正義。

 そして万人の味方として、ひどく正しい正義。


 どちらでもあってどちらでもない。結局は矛盾している。それは変わらないのに、なぜか俺は、バルクガールが差し伸べた手は正しいもののような、それが本物のヒーローに相応しい行いであるような、そんな気がしてしまっていた。

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