2-18

「逃げずに来たみたいだな」


 管理状態はともかく土地の広さだけは一級品の公園、その中央付近に大きな池を芝生が囲み、芝生を林が囲む形でぽっかりと開いた空間がある。


 コンプレスとマザーはそこで――――レジャーシートとお弁当を広げていた。


「えぇ、っと……」


 あれ、俺果たし状ちゃんと置いてきたよな? この人読むって言ったよな昨日? それで指定した時間の少し前からここにいるということは果たし合いに来たと思ってまず間違いないはずなんだ。はず、なんだけど。

 どう見てもピクニックなんだけど何考えてんのこいつら。


「えーと……何してるか聞いてもいいですかね?」


「まぁ待て、ピクニック中だ。ほらコンプレス、あーん」


「ンア」


 ガパァ、とコンプレスがデカい口を開いてタコさんウィンナーをむぐむぐする。何それ餌付け? 猛獣の餌付けっぽくてちょっと楽しそうじゃねーか俺もやりたい。いややっぱいいや腕ごと持っていかれそう。つーかピクニックって断言されちゃったよいま。


 コンプレスはデカい口と刺々しい牙で次々と差し出されるお弁当を器用に受け止めて咀嚼している。食べる方も食わす方も慣れてんなぁこれ。


 いやしかし、いくらモテない男子の憧れ、手作り弁当+あーんとはいえさすがにこれは羨ましくないぞ。ほ、本当だよ? 年上のサバサバしたお姉さんに手作りの弁当を食べさせて貰うなんて……あれ、おかしいな羨ましくなってきた。泣ける。

 奏先輩も西野も、頼んだら「はい、あーん☆」の一回くらいやってくれそうだけど。ただし奏先輩はドギツい交換条件もしくは辱めあるいは直接的に金銭を要求してくるし、西野はこっちが申し訳なくなるくらいに気遣いに満ちた笑顔で見つめてくれることだろう。どっちにしろ耐えられん。まぁそもそも、頼んでやってもらってる時点で恥ずかしい&情けない。


 とまぁ、どこからとは言わんがそれは冗談としても、目の前で行われている餌付けに関してはそういう色めき立った雰囲気は欠片も無い。マザーに照れる様子が無いのも、コンプレスが素直に美味そうに口を動かしているのも、子煩悩の母親と幼い息子って感じだ。スケール感の違いはいかんともし難いが。


 で、まぁなんだ、手作り弁当とあーんの親バカぶりはいいとして、だ。


「それで、何でピクニックなんですかね」


「知っての通り私と息子はあまり気軽に外出できない身でな。折角外に出る用事が出来たんだから、ついでに羽を伸ばすのもいいかと思ってな」


「わかるようでわからないですよそれ。果たし合いって用事の一言で済ませちゃっていいんですか?」


「いいだろう、何しろ――」


 ギラリ、とマザーの目が光る。子煩悩の母から、絶対的有利に立った捕食者の目に。


「果たし合いなんて、一瞬で終わる」


 負けることなど頭に無い、という顔だ。一瞬で終わる、つまりピクニックの片手間で果たし合いの相手を捻り潰すなど造作もないというわけだ。

 ついつい、俺の口元に笑みが浮かんだ。


「何だね、その笑いは」


「勝ち負けはともかく、わざわざ果たし合いを挑んでくる相手が一瞬で敗北するような勝負を仕掛けてくるほど馬鹿だと?」


「ふん、そんなことは問題ではないんだよ。コンプレスに勝負を挑む時点でそいつはバカなんだからな……こら、こぼすんじゃない、ご飯粒ついてるぞ。あー待て待て、お前は爪が鋭いんだから引っ掻くんじゃない。取ってやるから」


 おうコラ、母親モードとシリアスモードどっちかにしろや。さっきまでの捕食者の笑みはどこいったんだよ。完全に世話焼き母ちゃんじゃねーか。


 まぁしかし、これは要するにアレだ。どちらの顔もマザーの素顔で本音であって、自分なりに使い分けてはいても切り離してはいない、そういうことだろう。

 そうであるなら、母の顔が決して作り物でないのなら、可能性はある。


「やはー、お待たせしてもうたかにゃ?」


 俺の後ろから声がして、木々の壁を挟んでこの広場の中からは見えない位置に待機していた奏先輩がひらひらと手を振りながらやってくる。その後ろにくっついてきた人物を見て、マザーがわずかに、しかしハッキリと顔を強ばらせる。わかりにくいが、コンプレスの目つきも変わったような気がした。それが今日の相手だとは思わなかった、まさかこんなところで遭遇するとは思わなかった、そんなところだろう。

 この様子なら必要ないかもしれないが、まぁ頭の中身は整理しておこう。


「お前、果たし合いの相手って」


「それじゃ、一瞬で終わる勝負、始めませんか?」


 折り畳んでポケットに突っ込んだ資料の紙束が、がさりと荒い音を立てた。

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