2-15

 再び無人駅の改札を通過して電車が動き出すまで、俺たちの間に会話は無かった。コンプレスとあの女、マザー・マミー・マムが追撃してこないとも限らないと思っていたのだが、電車が発進する段になって俺たちは警戒を解くことにした。

 襲撃する気があるなら、電車に乗る前に来ていただろう。


「……どうして戦わせてくれなかったんですか、お兄ちゃん」


 警戒態勢を解いた西野が、仏頂面になりながらそう聞いてくる。お兄ちゃん呼びが原因なのか、それとも素がこうなのか、敬語こそ当初のままだが二度三度と会ううち、結構ころころと表情を変えるようになった。


 本人はあまり意識していないようだが、当初のように取りあえず謝罪、という態度で終始縮こまられてもやりにくいので特に指摘はしていない。命の恩人扱いよりはお兄ちゃん扱いの方がまだ対応しやすいのだ。


「戦いたかったのか? そんなに喧嘩っ早い性格だとは知らなかった」


「そうじゃありません、けど……今回は無事でしたが、一歩間違えばお兄ちゃんが大怪我するところだったのですよ」


「相手に地の利のある場所で戦いたくなかったとか、奏先輩の計画を乱したくなかったとか、理由はいくらでもあるんだが、まぁ一番はお前の変身を悟らせないためだよ」


「え?」


 自分が理由だとは思わなかったのか不思議そうに首を傾げる。こいつよくこれで今まで身バレしなかったな。ああ、変身してから出かけていたのか。


「あの場で変身すれば、バルクガールの正体を知られることになる。果たし状で呼び出しての決闘でも勝負の結果は同じかもしれんが、どこから情報が漏れるかわからないだろ。決闘の場でなら、最初から変身して対面できて、正体はバレない」


「……じゃあ、やっぱり今日は最初から変身していればよかったじゃないですか」


「ぐっ、痛いところを突くな。けど、あらかじめ変身してたら最初から殴り掛かられてたかもしれないだろ」


 むぅー、とまだ西野は不満げだ。情報はなるべく隠しておく方が利が大きいと思うのだが、俺とこいつとでは危険と情報を天秤にかけた場合の傾きが多少違うのかもしれない。


「お前の正体を隠した方がいいのは当然だろ」


「そ、それはそうですけど、でも、それでお兄ちゃんを危険な目に遭わせるくらいなら、わたしの正体くらい」


「そういうワケにもいかんだろ。ヒーローの正体はトップシークレットだぞ。それにお前の身元が割れればあの爺さんや奏先輩にも危険が及びかねない」


「それは……」


 さすがに他人に迷惑をかけると言われると軽々に正体をバラしてもいいとは言えないのか、反論の勢いが衰えた。


「そうやって考え無しに自分勝手に行動しようとするのが、ヒーロー共通の悪癖なんだ」


「…………」


 とどめとばかりに俺が放った言葉に、西野は押し黙る。中学生女子を相手にするには刺々しすぎるかもしれないが、ヒーロー活動をしている人間に対して容赦する気はない。これでどっぷり凹んで引退を考えてくれるなら、それはそれで構わないのだ。


 自分勝手な正しさを笠に着て、ヒーローどもは暴れる。自分の正義の裏で、何が犠牲になるのか考えもしないようなヤツには、これくらい言って当然だ。そうでなければ、過去いくつものヒーローの過失によって被害を受けた人々が浮かばれない。


「それなら、また、止めて下さい」


 西野がそう言ったのは、先ほどのやり取りから十分近くも無言が続いたあとのことだった。車両内にはぽつぽつと俺たち以外の乗客も増え始めている。

 電車の走行音にかき消されても不思議ではないその掠れた声は、それでも隣に座る俺の耳にするりと入ってきた。


「お兄ちゃんが、わたしを止めてください。わたしが、正しいヒーローでいられるように。今日のように、肩をつかんで、言葉で制してください。お兄ちゃんが認める、ヒーローにしてください」


 何で俺が、と言うことは簡単だ。

 やるだけ無駄だ、と切り捨てることは簡単だ。

 口先だけだろう、と決めつけるのは簡単だ。

 信じられない、と拒絶するのは簡単だ。


 けれど俯いていた顔を上げ、まっすぐに俺を見返してくる西野の瞳に、こいつを追い詰めてやろうなんて打算に塗れた言葉をどうしても突き付けられない。


「……気が向いたらな」


 結局、そう答えてしまった。

 西野は嬉しそうに「ありがとうございます」と頭を下げ、それ以上何も言わなかった。

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