2-12
初顔合わせから一週間。先輩の計画は順調、らしい。
らしい、というのは実際のところネットに情報を流す云々の部分は俺も西野も手伝えないので、基本的に先輩に丸投げしているからであった。
一応経過報告というか、どの程度噂の認知度が上がっているのか、みたいな話は聞いているのだが、どこそこの掲示板で何レスついただの言われても、俺にはそれがすごいのかそうでないのかよくわからない。西野に至っては「掲示板? イベントのポスターとか貼ってあるんですか?」などと言い出す始末だったので聞くだけ無駄だろう。
そんなネットに疎い二人は、そもそもこのネットで噂を広めるという行程を踏む必要があるのかと首を傾げていたわけだが、奏先輩曰く。
「どこの誰かも知らんヤツが自分の秘密を知っとる怖さ、それを不特定多数に拡散されるかもしれへん怖さ、両方を演出するんやったらネットが一番便利なんやで?」
とのこと。まぁなんとなくわかるけど……なんというか、そういう言葉がさらっと出てくる先輩が一番怖いわ。
そんなわけで一週間、合間に二度ほど作戦会議と称して揃って飯食って雑談するだけの会合を挟みつつ、何事もなく過ぎていった。
決戦のための果たし状配達という任務を与えられて、本日ようやく俺も行動を起こすことに相成ったワケである。
果たし状をしたためたのは当然先輩だ。俺が書くと挑発どころかただの罵倒になり、西野が書くと丁寧過ぎてお役所に呼び出されたみたいになるので、選択の余地はなかった。
そもそもあの怪物に字が読めるのか、という疑問はあったが、奏先輩は妙に自信満々に「大丈夫大丈夫」と笑っていた。
俺の仕事は、先輩が指定した通りの建物の出入り口に果たし状を貼付けてくること。単純なお使いではあるが、最悪の場合コンプレスのホームスペースで鉢合わせという事態も無いではない。先輩曰く昼間コンプレスが出入りする姿は滅多に見られないので日の高いうちは家に近づいても大丈夫とのことだが……思い返すとあの人大丈夫大丈夫ってばかり言ってたな。繰り返されると言葉の重みってなくなるよね。
「お兄ちゃん」
電車の揺れに微睡んでいた意識がその声で我に返る。
「……お前、本当にその呼び方定着させる気なのか」
「まだそんなこと言ってるんですか、奏さんもそのままでいいって言ってましたよ」
「いやあの人は面白がってるだけだから」
俺の隣では私服姿の黒髪少女が一緒に電車に揺られている。
私服姿を見るのは今日が初めてだったが、淡い色のブラウスに薄手のジャケット、下は濃い青のロングスカートという出で立ちはやはり最近の中学生というには結構おとなしめに見える。それこそ大学生とかこんなじゃなかろうか。まぁ大学で唯一の女の知り合いはジャージしか着てないんでよくわからないんですけどね!
彼女、西野朝霞が同行しているのは最悪の場合、つまりコンプレスとの遭遇を考慮してのことだ。だったら初めから彼女一人で行かせればいいんじゃないの、と思わなくもなかったが、それを言い出すと今回の計画において俺がほとんどいらない子になってしまうので黙っていた。一応、奏先輩からは「あんたが行った方がええんや。適任とは言わへんけど、ウチらの中では一番向いとる。ベストやないけどベターっちゅうやつやな」と微妙に傷つくお墨付きをもらっている。郵便配達に向き不向きとかあるんですかね?
「それで、お兄ちゃん、あの、わたしは、いつ変身すればいいのでしょうか?」
「いやいや変身しなくていいから」
「え? ではわたしは何のために同行を」
「何かあった時のためだろ。何も無いのに変身とか絶対するなよ、基本的に人のいない場所だからって、向こうに警戒されたら厄介なだけだ」
「で、ですが、お兄ちゃんに何かあってからでは遅いのです。初めから変身していれば、わたしがお守りできるのですが」
「いやそれ変身してるせいで襲われるだろ。大丈夫だよ、何かあったらお前に任せて俺は真っ先に逃げるから」
「は、はい! わかりました」
思いっきり頷かれてしまった。いや戦闘力の違いからして妥当なことしか言ってないんだが、年下の女の子に荒事を押し付けているのに皮肉の一つも言われないというのはそれはそれで微妙な気持ちである。
戦力として期待されても困るが、何も期待されないのも悔しい。乙女心なんぞ知る由もないが、男心もそれなりに複雑なのだ。
「ま、あれだ、奏先輩が大丈夫っつーんだから大丈夫なんだろ」
「…………」
「何だよぽへっとして」
必要以上に気合いが入っている様子の西野を落ち着かせようと先輩の名前を出すと、なぜか目と口をぽかんとまん丸にして見返された。なに、埴輪? 似てる似てるーって言ってやった方がいいの?
「お兄ちゃんは、奏さんのことが好きなんですか」
「ごっふぅ」
心の臓にクリティカルですよそれ。
「い、いや別に好きとかそういうんじゃなくてだな。まぁなんだその、信用してるというか、いや嘘もつくし騙されたことも一度や二度じゃないんだが、それでも俺やお前を死地に追いやるようなことは無いだろうというか」
「ですから、好きなんですよね?」
「なんでそうなる!」
「?」
こてっと首を傾げられる。
「好きなんですよね。だって、嘘もつかれて騙されもして、それでもお兄ちゃんは奏さんのことを信用しているんですから」
「それは――まぁ、そうかもしれんが」
そういう「好き」か。確かに、西野の言うことは的を射ているのかもしれない。人として、奏先輩には確かに惹かれるものがある。カリスマといえばいいのか、それは信頼を築いた上での好意ではなく、好意を下敷きにした信頼なのかもしれない。好きだから、信じる。一見すると正しいことのようで、酷く危なっかしい関係だ。
なんて、一度築かれてしまった信頼がある以上、そこに疑問を挟む余地はない。その手の感情に理屈では太刀打ちできないのだ。
「羨ましい、です」
ぽつり、と西野の口からそんな言葉がこぼれた。
「羨ましいって、何が?」
「奏さんと……お兄ちゃんが、でしょうか」
「先輩と俺? なんだそりゃ」
「わたしの言うことは嫌がるのに、奏さんの言うことは、そんなに信用してるじゃないですか」
もしかして拗ねてんのかこいつ。俺に信用されても別にいいことなんて無いと思うけどな。もしかして先輩みたいに俺を都合よく使いたいってこと? なにそれ泣ける。
「いや、それは付き合いの長さっていうか、別にお前がどうこうってワケじゃ」
「わたしが、ヒーローだからですか?」
「っ」
唐突で一見関係の無さそうな疑問に喉がびくっと引き攣り、次の言葉がせき止められる。
「なんでそう思うんだ」
こいつに、俺の過去の話をしたことはない。いくら俺がヒーロー嫌いでも本人を前にして好き好んで嫌味や悪口を口にするほど刺のある性格はしていないつもりである。奏先輩に聞いたのだろうか? けどそんなことを話してあの人に何のメリットがある? ……案外面白そうだからとかいう理由でぽろっと喋りそうな気もするな。
しかし、続く西野の言葉は俺のトラウマとは無関係だった。
「だってあの晩、お兄ちゃん言ってましたよね。ヒーローなんて嫌いだ、って」
あの晩ってどの晩だ、と一瞬本当にわからなかったが、こいつと夜を過ごしたことなんて一度しかない。コンプレスの襲撃に遭遇した日だ。そういえば、意識を失う前にそんなことを言ったような気もする。
「わたしがヒーローじゃなければ、お兄ちゃんはわたしの話も聞いてくれるんでしょうか」
「……別に、関係ない。変身してないお前はただの中学生だろ」
嘘だった。俺はこいつをただの中学生だなんて思ったことはない。それどころか、西野朝霞という人間として見たことすらなかった。俺がこいつを見る度に思うのはバルクガールのことで、西野朝霞という女子中学生はヒーローバルクガールの弱みであり付け入る隙だと思っているのだから。
西野の顔を見られない。
俺の嘘をどう受け取ったのか、西野はそれ以上何も言わずに車窓から見える景色を見つめていた。俺もそれに倣って窓の外を眺める。どんどん活気という言葉から遠ざかっていく景色の流れは、見ているこっちの気分まで物寂しくなるようで、いまはなぜかその寒々しさが心地よくすらある。俺と西野の間にある隙間も、廃れた景色の一部になっていくような気がした。
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