2-11

 先輩の計画は単純だ。


 まず、先輩が一週間ほど時間をかけて、ネットにじわじわと情報を流す。内容は「コンプレス打倒のために動き出した民間人がいる」というもの。一応、嘘ではない。俺たち三人が実際に動くことになるからだ。

 折りを見て先輩がとどめの情報、すなわち「コンプレスの隠れ家を突き止めた」という情報をネットに拡散する。もちろん具体的な場所には一切触れない。普通なら調子に乗った嘘つきによるものだと誰もが思うだろう。


 だが、本当にその隠れ家を荒らす者がいれば別だ。


 ネット上のその他大勢にはわからなくても、その隠れ家を利用する当人には居場所を突き止められた事実が突き付けられる。

 あとはそこに呼び出しを告げるメッセージを残し、被害を押さえられる広い場所でコンプレスを正面から叩きのめす、ただそれだけである。それだけだが、しかし。


「……なんか頭痛がしてきた。先輩、それどこまで本気なんですか」


「一から十まで本気やで?」


 事も無げに言ってのける。ちらりと目をやると、さすがの西野も胡散臭いものを見る目で先輩を見ていた。そりゃそうなるよ。


「いいですか先輩、それを実行するにはコンプレスの隠れ家を突き止めなきゃならないですよね?」


「当たり前やろ、何言うとんねん」


「むしろそれをわかっていてさっきの計画を立てたんなら先輩の方が何を言ってるんですか、って感じなんですけど」


「まぁ、力技なんは認めるけど……別に問題あらへんやろ? なにしろバルクガールが一番力技を体現しとるんやし、街への被害を押さえるのに加えて、相手のフィールドで戦う事態を避けるために時間かけて別の場所におびき出すんや。いきなり突撃せぇへんだけ良心的やと思うけどなー」


「いや、ですから計画の内容がどうこうっていう以前にですね、そもそもどうやってコンプレスの隠れ家を見つけ出すんですか。さっきから当然のようにスルーしてますけどそれを見つけないことにはどうしようも……」


 言いながら先輩があまりにも間の抜けた顔をしているのを見て言葉を飲み込む。しかも先輩のその表情は自分の間抜けなミスに気付いたとかそういうのではなく、なんというかこう「このアホは何言うとんのや話聞いてへんかったんかいな」みたいな顔である。腹立つ。


 俺は何か変なことを言っただろうかと西野を振り返るが、こっちも俺と同じで先輩の言っていることがわからないという顔をしている。


「ええと、じゃあ先輩にはコンプレスの隠れ家を見つけ出す算段がついてる、ってことですか?」


 そうじゃなければいくらなんでも適当すぎる。しかし先輩は首を横に振り、さらにはとんでもないことを言ってのけた。


「算段も何も、隠れ家ならもう見つけとるで」


「……は?」


「ほら、ここの最寄り駅から県境に向かってまぁーっすぐいく路線あるやろ? あれ終点まで行くと、五年前に新開発が頓挫した街の残骸みたいなんあるんやけど、知っとる?」


 そういえば実家暮らしの頃にそんなニュースを見た気もするが、頓挫した開発計画の跡がそのまま残っているというのは初耳だ。西野も知らなかったようで、ほへーと感心したように先輩を見ている。


「そこの一角に公民館かなんかになるはずだった建物があってな? そこがコンプレスの寝床やな。数日間の監視で五回は出入りが目撃されとるから間違いないやろ」


「…………」


「…………」


 西野と二人揃って呆気にとられる。何なんだこの人、だいたい監視? そんなこといつしてたんだ。いやそもそも自分でやってたのか? 毎日大学で見てた気がするが、誰か人を使ってそんなことを? なにゆえ?


「いやー、ワルモンのことは調べといて損ないで? 迂闊に近寄ったらあかんし、今回みたいに降って沸いたチャンスっちゅーもんがあるかもせんやろ?」


 先輩って、普段何考えて生活してるんだろうか。偶然ヒーローと協力体制を敷ける可能性を考慮して常日頃ヴィランの隠れ家探しをしてるとか、真っ当な人間のやることじゃないだろう。


「ほんで、どうや? 協力する気ぃになった?」


 必要な情報がハッキリしているとして、先輩が口にした計画が、実行可能な段階にあるとして、それに乗るだけの理由があるだろうか。成功する確率がどれだけあるというのだろう。

 そもそも今の計画では肝心のコンプレスを「取っ捕まえる」部分に関しては本当に力技だ。そこまでの全ての行程が上手くいったとしても、その決戦でバルクガールが負ければ全てが無駄になる。そんな賭けに出なければならないほど、自分は危機的状況にいるのだろうか。


 それほど追い詰められているとは思わない。確かに昨夜のコンプレスの襲撃は一歩間違えば命を落とすところだったし、バルクガールが間に合わなければコンプレスが向かっていた方向からすると俺が部屋を借りているアパートを吹っ飛ばされて宿無しになっていた可能性もある。


 しかし現実にはそうならなかった。俺は軽傷で済んだし、荷物を取りに帰ったアパートは出かけたときと寸分違わずそのままだった。そうした結果だけ見れば、状況はつい先日偶然の遭遇をした前後で何も変わっていないといってもいいはずだ。ならば勝算の曖昧な勝負に出るほど切羽詰まってなどいない、はずなのだけど。


「……わたしは、いいですよ。やります」


 俺より先に、西野が答えを出した。果たしてそれは何を思い、どう計算し、何を狙っての言葉なのか。彼女が同意するということの裏に、彼女自身の、そして奏先輩のどんな思惑があるのか。考えてもわからないことが気になってしまう。


 それとも始めからそんなものはなくて、打算による協力だなんていうのは俺の妄想で、西野朝霞こそが、かつて俺が憧れた「本物」のヒーローなのか。


 一瞬頭をよぎったそんな考えに寒気がした。あれだけ手ひどく幼心を踏みにじられておきながら、未だにヒーローなんて連中を信じそうになる自分を律する。

 西野の思惑について考えるのはひとまず保留だ。


 どちらにせよ、西野のヒーローとしての在り方を知る必要はある。そのために、ヴィランと相対する機会を設けることは役に立つだろう。それに、ヒーローとヴィランの駆逐は平行して進めるべきだ。凶悪なヴィランの数がが減れば、その分だけヒーローの需要も少なくなる。そうやってヒーローを追い詰めるためにも、打倒の可能性があるヴィランに挑むのは間違いではない。

 奏先輩のことだ、俺の知らないところまで含めて、上手くやるだろう。


「わかりました、俺もやりますよ」


 結局、俺も頷く。ずっと頷く理由を探すばかりで、断るという選択肢に見向きもしなかったことからは黙って目を逸らした。

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