2-9

 待ち合わせ場所こと、奏先輩行きつけのファストフードに先輩と一緒に到着すると、店の前で所在無さげに携帯をいじっている黒髪女子中学生が見えた。一番そういうお年頃だろうに、携帯をつつく様子はぎこちなく見える。普段はそういうもので時間を潰したりしないのかもしれない。


「よう」


「あ、お疲れさまです」


 声を掛けるとほっとしたように表情を緩めて、頭を下げてきた。


「悪かったな、急に呼び出して」


「い、いえ、お礼がしたいと言ったのはわたしの方ですから」


「中で待っててもよかったんだぞ」


「それは、その、お恥ずかしながら、こういうお店は不慣れなもので……」


 マジか。これってお嬢様とか育ちがいいとかそういう問題? さっきの携帯を触る手つきといい、世間ズレしているというか、若者らしくないというか。

 まぁ何でもいいんだけど。


「それで、あの、そちらが……?」


 西野がもの問いたげな視線を俺の隣に向ける。そういえば大人しいな、と俺もつられて先輩を振り返った。


「…………」


 固まっていた。


「先輩?」


「ほへっ、あ、ああすまんすまん。なんやイメージと違い過ぎて固まってもうたわ。すまんすまん」


「いや、だから小柄な女子中学生って言ったじゃないですか」


「いやいや! こんな可愛いなんて聞いてへんで! なんやもー、こんなかわええ子ぉやったんか。ほーぉ、ふーん」


「ひっ! あ、あの、わたし……」


 奏先輩の絡み付くような視線に西野が怯えた声を出して縮こまる。ほほう、これが噂に聞く視姦というヤツですか。

 西野が助けを求める視線を送ってきたので、仕方なく先輩を小突く。


「とりあえずその辺で。話は座ってからにしましょう」


「おお、せやな。ほんなら行こか、えーと、朝霞ちゃんやったっけ?」


「は、はい! あ、えっと、その」


「はいはい、美少女中学生一名様ごあんなーい」


 目を白黒させる西野の肩をがっちりと両手で固定して、奏先輩が店内に押し込む。どっちの相手をするのも面倒な気がしたので、俺は多少の距離を開けてそのあとに続いた。

 先輩と西野が注文に並んでいる間に席を確保する。いつもは窓際のカウンター席が先輩と来る時の定位置だが、今回は三人だし顔合わせという目的もある。幸いしばらくキョロキョロしていると奥の方に数カ所空いているテーブルを見つけることが出来た。


 荷物を下ろして待つこと数分。お盆を持った先輩と落ち着かなげに視線を彷徨わせている西野が見えたので、軽く手を振って居場所を伝える。

 二人が近づいてきたのと入れ替わりに注文に出ようと席を立ちかけたが、先輩に止められた。


「やー、さすがに席取りだけさせて注文は自分で行きー、なんて言わへんよ」


「いやいや、ここ来ると先輩だいたいそんな感じですよね?」


「あ、バレた? 朝霞ちゃんがあんたの分も頼むーって言うたんやで」


「混雑の中で席を確保して頂くんですから、当然です。それにわざわざ別れて列に並ぶより効率的ですし」


「シシシ、愛されとるなぁ自分」


「ぁい――っ、ち、違います。わたしは、ただ失礼が無いようにと思って……というか、いつもそんな風にしてる奏さんの方がおかしいんですからね」


 たしかに、普段だったら俺が入れ替わりで注文終えて戻ってきて「おっそいでー」って先輩に言われるところまでお約束だからな。別に嫌がらせとかじゃないが、先輩は基本的に「頼まれなければやらない」人なのである。


 その割にいつも頼むのを忘れるのは、別にそれをさして苦とも思っていないからなのだが、どうやら西野の目には俺が先輩にそうやって遊ばれてるように見えたらしい。いや、からかわれているという意味では間違ってないが。


 というかいま自然に「奏さん」とか呼んでなかった? ものの数分で仲良くなり過ぎでしょきみたち。

 ともかく、西野が頼んできてくれたチーズバーガーセットを受け取り、改めて三人で席に着く。奥側に先輩と西野が向かい合って座ったので、俺は先輩の隣に腰を下ろした。


「…………」


「…………」


「…………」


 無言。え、何で?


 斜向かいの西野は「ぉぉ」とか呟きながら物珍しげにハンバーガーをぱくついている。隣の先輩に目をやるとなぜかニコニコしながら俺を見ていた。どうやら俺に口火を切れと言いたいらしい。なんでだよ、会いたいって言ったの先輩じゃないんですかね。


「えーと」


 何言えばいいんだこれ、俺別に西野に用事なんてないんだが。

 俺が口を開いたのに反応して、西野がハンバーガーから手を離して居住まいを正す。先輩は相変わらず頬杖をついてニコニコ、いやニヤニヤしたままだ。


「はぁ……もう互いに名前は知ってるみたいだが、一応改めて。えーと、こちら俺の大学の先輩、怪しげな部屋を怪しげに占拠する怪しい人こと水澄奏さん」


「よろしくー」


 あ、反論とかないんだ。西野ぽかんとしちゃってるし。まぁ俺も訂正しないけどね。


「で、こちら黒髪が麗しい美少女中学生こと西野朝霞さん……ヒーロー見習いだ」


 後半は一応声を落とした。どこで誰が聞いているかわからんしな。


「び、美少女、というのはいらないですけど。えと、西野です、よろしくお願いします」


 ひらひらと手を振るだけだった先輩とは違い、こちらは机に額を押し付けんばかりに深々と頭を下げた。


「で、西野に話があるんですよね、先輩?」


 お見合いをセッティングした者として最低限の役目は果たしたので、あとは先輩に丸投げした。横から「つまらん」という視線をびんびん感じるがそんなものは無視するに限る。


「……ええと、お話、というのは?」


 俺と先輩の無言をどう思ったのか、西野が話を促してくる。いくら奏先輩でも俺をからかって遊ぶために純粋な中学生を困らせるのには罪悪感があったのか、大きく一つ溜め息をつくとようやく口を開いた。

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