2-3

 片方は灰色で刺だらけの巨漢、もう片方は月明かりにブロンド髪が輝く女。鋼の肉体を持つ二人の巨人が、両手をがっちりと組み合わせ、互いに相手の次の動きを牽制し合っていた。


「――====――ッ!」


 コンプレスが喉の奥を震わせ、人とも獣ともつかない咆哮を上げる。その声を契機に両者が動き出す。

 吠えたコンプレスが上半身を捻るようにして組み合ったままのバルクガールを強引に投げ飛ばそうとする。わずかに反応が遅れたバルクガールは、咄嗟にそれに抵抗するのではなくコンプレスの動きを先取りするように自ら跳躍した。


「……ふっ!」


 ちょうどコンプレスの真上に来たあたりで、バルクガールは組み合った腕を捻るようにぐりぐりと回転する。


「――==、――==!」


 間接の可動域を無視したその動きに耐えきれず、コンプレスが手を離して両者の組み合いが解けた。

 バルクガールはそのままマントをはためかせて上昇し、勢いの乗った拳を打ち込むべく反転してコンプレスに飛びかかる。コンプレスは避ける素振りも無く、その場に両足を開いて踏みとどまり、赤い目を見開いて飛び込んでくるバルクガールを見上げていた。


「っはぁ!」


「===!」


 バルクガールの直滑降、その勢い全てを乗せた拳を、コンプレスは両手を重ねて受け止める。足下の瓦礫がミシッと音を立てた。

 受け止められる事は予期していたのか、或いはそれこそが狙いだったのかバルクガールの次の動作に迷いは無い。打ち込んだ右拳に込めていた力を一瞬で霧散させ、勢いの残滓を利用してコンプレスの足下に飛び込む。


 今度はコンプレスの反応が遅れた。足下に飛び込まれたことを脅威に感じたのだろう、咄嗟に飛び下がろうと地面を蹴る。それに合わせるように、バルクガールはコンプレスが軸足とした右足の下にある瓦礫を叩き割った。


 跳躍のタイミングで足場を崩されたコンプレスが後ろ向きに倒れる。元々破壊の跡に残された即席の足場である瓦礫の山は、三メートル近いコンプレスの巨体の重みに耐えきれず、ミシミシと軋む。起き上がろうとコンプレスがついた手、そこにかけられた体重がまた山を崩し、ずぶりと砂に飲まれるように腕が沈む。


「==ッ、――==! ――――!」


 何かが引っかかったのか、コンプレスは腕を引き抜こうとするがもがけばもがくほど、一度崩されて脆くなった瓦礫の山はコンプレスの腕を飲み込んでいく。仰向けに倒れたまま身動きの取れないコンプレスに、バルクガールは馬乗りになって拳を振り上げた。


 いくらコンプレスの肉体が強靭でも、同じような体格のバルクガールの拳をまともに食らって無事というわけにはいくまい。マウントポジションを取ったバルクガールは殴り放題、逆にひっくり返されて片手を封じられたコンプレスは抵抗にも限界がある。


 決着か、と思った瞬間、呆然と戦いを見守っていた俺の視界に異物が映った。


「っ、あれは」


 咄嗟に立ち上がる。すっかり足に力が戻っていたが、それを喜んでいる場合ではない。見間違いでなければ、今まさに握った拳を振り下ろそうとするバルクガールと抵抗を封じられたコンプレスに向かって放物線を描く拳大の物体は。


「離れろ!」


 俺の声に反応してバルクガールが振り返る。まさに自分のいる場所めがけて飛んできている物体は、彼女の目にも見えたことだろう。

 コンプレスを押さえ込める絶対的に有利なポジションを捨てる、バルクガールの判断は早かった。コンプレスの身体を乗り越えるように前のめりに飛び出す。決断も、行動に移すのも早かった。


 それでも、目で見て、頭で考えて、判断して、全身の筋肉に行動を指示する、そのプロセスを経る時間が、勝敗を分けた。


 危機を回避しようと飛び出したバルクガールの身体がびくんと大きく跳ねる。そのまま瓦礫の山に突っ伏すように倒れ、俺の位置からは見えなくなる。

 遅ればせながら確信する。さっきどこからか飛来した物体、月明かりを受けて鈍く金属質の光を放ち、かしゃっと軽い音を立てて瓦礫の山に落下したそれは、昨日俺がこっそり持ち帰ったあの妙な球体と同種のものに間違いない。


 マズい。コンプレスのもがく声はまだ聞こえているが、このままではヤツが脱出するのにそう時間はかからないだろう。対してバルクガールの行動を封じるのは原理は不明だが物理的な拘束ではなくスイッチ一つでバルクガールを完全に無力化できるアイテムだ。どう考えてもあの球体のバッテリー切れよりコンプレスの脱出の方が早い。

 そうなれば身動きの取れないバルクガールは太刀打ちできないし、それはつまりコンプレスの破壊活動の再開を意味する。


 考えるより先に身体は飛び出していた。


 逃げる時には震えて動かなかった足が、危険に飛び込んでいく今は力強く地面を蹴る。ほんと、矛盾してる。本能の警鐘はどうした。いくら起き上がれないとはいえ、コンプレスから蹴りの一つでも食らえば内蔵が破裂して死ねる自信があるのに、俺の身体は欠片も躊躇しない。


 躊躇するより、恐怖を感じるより先に、対処すべき現実に意識の全てが奪われる。


 俺がやるしかない。


 瓦礫の山の麓にたどりつく。そう高い山ではないが、不安定に積み重なった瓦礫に足を取られまいとすると上まで登るのにも多少の時間を要する。

 思えば幼かったあのとき、強盗団に屈服したワイルドガウンに話しかけたのも、無意識の義務感だったのかもしれない。大人ではダメだ、ヒーローを心から信じる自分でなければダメだと思ったのかもしれない。

 その願いをあれだけ盛大に裏切られたのに、俺は懲りずにまた飛び出して、瓦礫の山を登っている。


 ザラついた金属みたいに月光を鈍く反射する、巨大な足が目の前に現れて面食らう。一瞬の後、それがコンプレスの足だと気付き、瓦礫の山の頂上付近に辿り着いた事を理解する。


「どこだ……っ」


 跳ねるように暴れて俺の足場でもある瓦礫を揺らすコンプレスの足を警戒しながらも周囲に目を配る。この辺りに落ちたはずだが、瓦礫の隙間にでも入っていたら拳大の球体一つをコンプレスの脱出前に探し出すのは無理だ。


 だがそれでも、探すしか無い。見つからない場所、手の届かない場所に落ちていない事を願って、可能性に賭けるしかない。


 はたして、それは見つかった。


 俺の位置からコンプレスの足を一本挟んだ向こう側、倒壊とともに歪んだであろう雨樋の端のあたりに、深緑色で楕円形の物体が引っかかっている。

 暴れるコンプレスの足を避けて大回りしながら、くの字三回分ほど折れ曲がった雨樋に辿り着く。取れる、と思った瞬間、ひときわ大きく瓦礫の山が揺れた。


「====――――!」


「うそっ、おい!」


 振動で球体は雨樋から転げ出て、山の麓へ転がっていく。瓦礫の隙間に入らなかったのは幸いだったが、コンプレスが解き放たれるまであとどれだけの時間があるか……。

 そう思って後ろで暴れていたコンプレスを振り返った瞬間、俺の身体が凍り付く。


 赤い瞳と、目が合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る