2-1
「はぁ!? 昨日の帰り道で噂のヒーローちゃんに偶然遭遇して偶然助けて、いままで誰も話したことのあらへんかったヒーローちゃんの名前を聞き出し、その上ちゃっかり電話番号まで手に入れたァ?」
翌日。いつものように謎ルームに入り浸っている奏先輩に昨日の出来事を話すと、これまでの付き合いの中で五本の指に入る驚愕のリアクションが返ってきた。
「そう一息に言われると改めてとんでもない事態だったんだなぁと実感しますね」
「むしろ何であんたはそんな落ち着き払っとんねん……」
「いやだって、俺としては面倒なことになったって感じで、どちらかというとテンションの下がる事態というか」
「くぁーっ、もったいな。一大スクープやでそれ」
「いやだから、発表したかったら先輩が発表していいですって。電話番号はさすがにあれですけど、バルクガールって名前くらいなら」
「知り合いが偶然遭遇して名前聞き出したーなんて、デマと思われるに決まっとるやろ。ウチのサイトの信頼度落とす気かいな」
ま、信用されないってのはその通りかもしれないな。一緒に記念写真でも撮っておけば証拠になったかも。絶対に嫌だが。
「ほんでその変な球ってのが、本題なワケかいな?」
「先輩なら、俺より詳しいかと思いまして」
昨日バルクガールに隠れて持ち帰った、例のフルーティな見た目の脱力球を先輩に手渡す。
「うーん、ウチも別にこういうの詳しいわけやあらへんのやけど。まぁ、そっち方面に強い知り合いはおるし、訊いてみるくらいやったらええよ。なんか分かったら教えちゃる」
「お願いします。けど、いいんですか? それの仕組みを知ったら俺が悪用するかもしれませんよ。俺はバルクガールを追い出したいわけですし」
「ま、その辺は一年ちょっとの付き合いで信用しとるっちゅーことで。いくら相手が大嫌いなヒーローでも、身動き取れない女の子をいたぶるほど性根は腐っとらんよなー、んん?」
「……ノーコメント」
そもそも卑怯な手段を躊躇するのが善人とは限らないだろ。相手が悪人で、そうしなきゃならない場合だってあるかもしれない。ん? でも先輩別に俺のこと善人とは言ってないな。単に本気で卑怯な手段を実行する度胸が無いと言われただけのような気もする。
「ほんじゃ、まぁこの件は進展があり次第ってことで。あんたも何かあったら報告しぃや?」
「いいですよ、どーせ何も起こりゃしないんで」
「いやいや努力せぇや。ウチにだけ情報収集させるんはズルいやろ」
「……ま、チャンスがあれば」
「捻くれとるなぁ、シシシ」
それはそれとして、と先輩が話題を変える。
「またリッパーの被害者が出とるな」
「昨夜のヤツですよね? 俺も一応、動画サイトで中継も確認しましたよ」
マイク・ザ・リッパー。本名は
元は主にバラエティ番組を担当していた民放のアナウンサー。それが数ヶ月前、同僚三人を社内で惨殺し、その様子を動画にしてネットに公開。その動画内でマイク・ザ・リッパーを名乗って立派に殺人鬼デビューした。
以降二、三日に一度のペースで無差別に通り魔的な殺人を行い、毎回殺害時の様子を撮影してネットで公開している。最近では独自の配信サイトを作って生放送までしており、被害者はそろそろ四十人に届こうとしている。短い期間に殺した人数でいえば過去十数年で最多のペースらしい。
まぁ殺しを放送する殺人鬼ってのはイカれていると思うが、連続殺人鬼なんだからイカれていて当然でもある。どちらかといえば配信サイトが万単位の視聴者を抱えていることの方がマズいんだろうな。世の中の方もだいぶイカれている。
「昨夜殺されたのは都内のOLでしたっけ」
「せや。両眼を一度くりぬいて、その目玉に無理矢理に糸通して被害者の髪の毛縛ってたそーや。いやーほんまええ趣味しとるわ。あいつ目玉好きやなぁ」
シシシ、と声に出しているが、先輩の目が笑ってない。この人、口は悪いし皮肉も多いけど基本的に正義感強いんだよなぁ。
ちなみに先輩が指摘した通り、マイク・ザ・リッパーは男女問わず殺した人間の眼球を使って何かをすることが多い。今回のようにアクセサリー代わりにしたり、おろし金で眼球を擂り下ろして空っぽになった眼孔に詰め込んだりしている。一番派手だったのは四件連続で単にくりぬいた目玉を持ち去っていたと思ったら五件目の被害者の首にそれまでの全員分の目玉を繋いでかけてあったヤツかな。
俺は一応、最初の同僚殺しの時から単なる概要記事だけでなく殺害動画の方もひと通りチェックしているが、八割くらいは眼球いじってるな。動画についているコメントからも、文字通りの「眼球いじり」は恒例の人気コーナーになっているようだ。
「相変わらず過激というか演出過剰というか……」
「ま、それは最初からやったけどな。いまんとこは特別エスカレートしてる様子はあれへんけど、いつまで持つんやろな。遅かれ早かれ試聴者離れは起こるもんやし、番組にテコ入れーなんてことになったら何をしでかすやら」
俺も先輩も興味関心の中心はヒーローだが、それに関連して必然的にこの手の話題にも詳しくなる。リッパーの被害者が報じられる度にこうしてやり取りがあるのもすっかり恒例だ。
「んんー、あー、あかんわ、なんや気分悪い」
「寝不足かなんかですか?」
「体調不良やないな、気分悪いっちゅーか、胸くそ悪い?」
そんな首かしげながら言われても。
「外は快晴、気分転換には最適やな。ほれほれ、あんたも付き合いや」
「まぁ、いいですけど」
立ち上がった先輩に続いて部屋を出る。この人ジャージで出かけるの本当に躊躇しないな。俺も慣れたけど。
適当にどっかで気分転換、とこの人が言い出す時の行き先は十中八九ファミレスかファストフードの二択になる。今回もご多分に漏れず大学からほど近い、明確に学生及び学校関係者にターゲットを絞った立地の有名ファストフード店に足を運んだ。
窓際の席に並んで腰掛ける。先輩はお菓子はよく食べるがジャンクフードは控え目な人で、部屋で食っているお菓子と比べれば微々たる量しか注文しない。
だからこうして外で食事をするのに俺を付き合わせるのは、大抵の場合は本当に気分転換の意味合いが大きい。
「ほんで話は変わる、いや戻るんやが」
案の定、気分だけでなく話題も切り替えてきた。
「例のヒーローちゃん、バルクガールやったっけ? ウチに会わせてくれへん?」
「えー……」
「ショージキもんやなぁ。イヤッそうな顔しとるわ、シシシ」
そりゃ嫌だよ。だってそれ俺も同席するんでしょ。
「なんかあいつと話すと疲れるし、出来れば会いたくないんですよ」
「折角電話番号もろたんやろ? 使わな勿体ないでー」
「いざってときまでとっときますよ」
「ぶー、ケチやなぁ自分。あ、ほんなら例の謎アイテムについて調べる報酬ってことでどや?」
「それは……」
む、断りにくい。今回の件に限らずヒーローやヴィランに関することではこれまで何度も奏先輩の情報網に世話になっている。奏先輩が「飯でも奢ってくれればええよー」と言ってくれていたのでこれまでは甘えてきたが、実際かなりの量のデータを開示してもらっている。サイトに掲載する前の記事の下書きだって何度も読ませてもらったし、何かしらお礼をしなければとは思っていたのだ。
「お、これは脈アリ? あんた案外義理堅いとこあるんやなぁ、シシシ」
「義理っつーか、まぁ考えてみれば先輩にはイロイロ世話になってますし」
大学で唯一余暇の時間の相手をしてくれているわけだし。
「イロイロ世話んなってるって、なんかやらしぃわー。いったいなんの、ナニのお世話をしとるんやろなー」
「あ、そういうのいらないんで」
「後輩が冷たーい。ウチ、いまのでちょっと傷ついたで」
「よかった、これを機に言動を改めてくれればもっと魅力的ですよ」
「お、もっとってことは、今も魅力的やと思ってくれとるんやね」
「…………まぁ、一応、多少は、ええ」
「んふふ、素直でよろしーぃ、っと」
先輩は満足げにジンジャーエールを煽る。最初からストロー使わないあたりが奏先輩らしいというか、ちまちま飲むタイプじゃないよなぁこの人。
「で、会わせてくれへん?」
「そこに戻るんですか……まぁ、わかりました。先輩には世話になってますし」
「お、ホンマか? やー、言うてみるもんやなぁ」
ダメもとだったのか。やっぱ断ればよかった。
「じゃ、いま電話してみますか?」
「んん、や、いまはええわ。例のアイテム情報と交換やしな。ま一週間以内には何かしら報告できるやろから、そん時に改めてっちゅーことで」
「先輩も結構義理堅いっていうか、律儀ですよね」
「せやでー。約束破ったら承知せぇへんかんな」
「わかってますよ」
楽しみやわー、と伸びをする先輩。まぁ割といつも愉快そうではあるが、実際バルクガールとの対面を楽しみにしているのは嘘ではないだろう。この人は本当、ヒーローについては何であれ興味津々だな。
「……そういえば、先輩って何でそんなにヒーロー好きなんですか?」
ふと浮かんだ疑問を口に出す。
「なんや唐突やな。唐突っちゅーか、んん、今さら?」
まぁ、確かに今さらではある。一年と少し付き合いがあって、その間この人のヒーローマニアぶりはもう散々目にしてきた。この質問をするのは少々、いやだいぶ遅過ぎだ。
ただ先輩が言い直した通り、この疑問は唐突ではなかった。
先輩と一緒にあの部屋に入り浸るようになって少し経った頃から、俺の中にその疑問の火種は燻っていた気がする。その火種が何に対する疑問なのか気付かないという順序の逆転はあったわけだが、バルクガールに対する好奇心に瞳を輝かせる先輩を見て、自分が先輩に何を訊きたかったのかがふっと理解できたのだ。
「ま、確かに今さらですけど。まぁほら、俺のヒーロー嫌いの理由だけ知られてるのもなんか悔しいんで」
「シシッ、なんやねんそれ、理不尽やなぁ。あんたの過去については訊いてもおらんのにあんたが勝手に喋ったんやないか」
まぁそうなんだけどさ。
理不尽とは言いつつ、奏先輩はうーんと考えるように中空を見上げる。答えてはくれるみたいだ。
「んー……別に隠すつもりとか無いんやけど、あんたみたいにわかり易い原因はあらへんよ。ちっさい頃になんとなーくかっこええなー思て、色んなこと調べ始めて、そのまんま飽きずにずーっとやっとるだけや」
「じゃあ、ヒーローのなにが好きなんです?」
「なんや今日はぐいぐい来るなぁ」
「昨日本物に会ったせいで、いろいろ考えたいことがあるんですよ」
「ほー。ま、ええけど。なんやったっけ、ヒーローの好きなとこ? うーん、これやってのは無いなぁ」
えー、それも無いの。じゃあ十年近くやってるというその情報収集の情熱はどこから来るんですかね。
「ちゅーか、考えてみるとウチ特にヒーローが好きなわけじゃないねんな」
「え。なんですかそれ、衝撃の告白過ぎますよ?」
「ウチはヒーローが好きなんとちゃうくて、ヒーローに希望を視とるんかもね」
「希望、ですか?」
「世の中悪いことばっか、エッグいニュースばっか報道されて、いつ自分が巻き込まれることになるかもわからへん。ヤバい事件に巻き込まれたら、無力なウチらにはどーしようもあらへんやろ」
この国を銃社会に、という声もある。実際銃というものはこの数年で一気に一般人の購入が現実味を帯びるところまで来たが、それでも購入のためのライセンスやら弾丸の所持数の報告義務やら、利便性とは縁遠く、携帯電話のように一人一丁なんて時代はまだまだ遠い。
もっとも、現在起きている凶悪事件の類いに巻き込まれるようなことがあれば、銃が一つあったところでどうにかなるとも思えない。だからこそ、ヒーローなんてものが持て囃されるような社会になっているわけだけど。
「まぁ、ヒーローも結局は無法者やし、秩序って言い方もおかしいのかもせんけど、なんかそんな感じやと思うねんな。なんや上手く言われへんけど、信じるに足るだけの希望が、まだ世界には残ってる、その希望を信じるための希望……ああ自分でも何言うとんのかわからんくなってきたわ」
途中で恥ずかしくなったのか照れくさそうに頭を掻きながら笑う。
「ともかくそんな感じやから、ウチはヒーローを好きなんやなくて、ヒーローを知って、ヒーローを信じるのが好きなんやと思う。なんやこういう言い方すると宗教みたいやな」
奏先輩は顔をしかめたが、それでも撤回はしない。宗教みたい、というのは胡散臭さに対しての言葉だろうが、それに気付いたからといって考えを変える気はないようだ。
まぁ、そのくらいで乗り換えるようなら一年も擁護派VS排斥派論争で俺と盛り上がったりしないだろうな。
「ま、でもあれやな。難しい話は抜きにして」
「抜きにして?」
「どっかで誰かが自分を見守ってくれてるーて信じるんは、悪くないと思うで」
そう言った先輩は珍しく、歯を見せるいつもの笑い方とも、それを押し殺したくぐもった声とも違い、目を閉じて少しだけ口元を緩めた、穏やかな笑みを浮かべていた。
ジャージにボサボサ頭のくせに時々こういう顔すると可愛くて腹立つ。
「……先輩って、ストーカーとかも愛が深いねって許しちゃうタイプですか?」
「なんでやねん。どっちかっちゅうとあれやな、子供の頃、親が見守ってくれている時に感じた安心感に近いんとちゃうかなー」
なるほど、確かにそれは似ているかもしれない。
幼い頃、親の保護というものを無条件で絶対のものと信じていた。根拠の無い信頼という意味で、それは俺たち民衆が助けてくれる保証なんてどこにもないのにヒーローの庇護を当てにするのと同じ図式だ。
「なんやまた捻くれたことを考えとる顔やなぁ」
「心外です。俺はただ先輩って結構子供っぽいんだなぁと認識を改めていただけです」
「ほぉぅ、ちょっとお店出よか? 大丈夫大丈夫、なんもせぇへんから」
「それは確実に何かする人のセリフですよね」
俺の返しに今度はいつものシシシ笑いが返ってきた。さっきの微笑と比べて可愛くはないが、こっちの笑い方の方が先輩らしくて落ち着くな。
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