第三部

少女の夢

 少女が窓際の椅子に座って景色を眺めている。

 陽光が彼女を照らす。

 部屋の中に風がながれて空氣は澄んでいる。

 すんだ風が、彼女の髪をゆらす。

森の音が流れてくる。

 心地よい緑風で木の葉がなっている。

 彼女の名はエヴァンジェリン、愛称はエヴァだ。







 空に大空に飛んでいる。鷲のように。鳥、鳥だ。雲が流れ、風がながれ、私は流れていく。私はイワシ、イワシだ。この空という大海原を泳ぎ回るイワシ!

 このすんだ青い。なんて青いんだろう、わからない……けど青い!

 私は叫ぶ、力の限り!愛してほしい、愛して!愛して……ああ、なんて自由なんだろう。なんて素晴らしいんだろう。なにもかも私の自由、何をするのも私のかって。

 私は誰にも止められない。

 私を止められるのは私だけ。

 けど止めない。止めちゃいけない。止められるものか!

 氣持ちが溢れてくる。涙が溢れてくる。この感情の洪水。ほとばしる。どうすればいいの。どうすれば……わかんない!

 ゼロが最速?0がさいそく?そう、私は空中で静止している。

 海で止まっている。私より速い者は存在しない。私は最速。手も足も使ってはいけません。私は蛇。

 お兄様、ご機嫌よう。あれ?何をやっているの。総一と何やってるの?

 あ、いけない……それはいけないこと、見てはいけない……けど見たい、みたい。ああ、もっとみたかったのに。あ、空にカレーが飛んでいる、シチューも!餃子、サラダ、バター、にんじん、ジャガイモ、タマネギ、しいたけ、お肉、にわとりが空を飛んでいる。ロールキャベツ。

 空はどんよりとした雲に覆われ始めていた。風は荒(すさ)び、雨が降りだす。龍神様のお怒りだ。まるでこの曇りはゴマのペーストのよう。なんで太陽が、見えないのに真っ暗闇にならないんだろ。なんで?まあいっか。そうゆうもの。ものごとはそうゆうもの。考えてもしかたがない。わからないもの。雷神様、風神様もお怒りだ。大氣は荒れ狂う。

 飛んでいられない。海に落ちる。ザブン、ザブン。イルカになっちゃう。いや、私は唐揚げになった。唐揚げは海をゆく。魚群の群れがいる。色とりどりの魚たち。まるで、宝石のよう。生物は宝石だ。

 光る海中。サファイア、ダイヤモンド、エメラルド、ルビー、タンザナイト、オニキス、あー水圧に耐えられない。ひしゃげる。溺れるおぼれる溺れる、海水が体内に流れる。

 くるしいくるしいくるしい。

 











 

道を歩いている。

 草むら、丘、傾斜が広がる。道、一本道、ずーと続いている。そのほかは川なのか、海なのか、水、水が左右にある。

 私は逃げている?なにから、何から逃げている?なんだろう、黒い影が私を追いかけている。大きい男?

 こわい。

 一生懸命走る。影はあざ笑い、私を馬鹿にしているようだ。追いつけるのに楽しんでいる。

 手首を掴まれ、地面に押し倒される。

 いたい。

 膝をすりむいた。そのまま、服をひん剥かれて、犯される。斧で首を切断される。


 パッと目覚めた。

 寝汗がすごい。怖い夢を見てしまった。動悸がおさまらなかった。

「大丈夫か?」

 お兄様に声をかけられた。

「ええ」

「また悪夢でも見たのか」

 お兄様の顔を見て、少し落ちつく。

「自由に夢の中を楽しめるのは好きなんですけど、たまに見る恐ろしい夢だけは……」

「しかし面白いな。私の見る夢は白と黒か、セピア色だけど、エヴァの夢は色がついているのだろう?しかも自分の好きなようにできる。私のはただ見るだけ。コントロールなんてできない」

「特権ですね」

 赤ちゃんの如く純粋な笑顔を向ける。

「人それぞれだね」



 




 毛虫になった。キャベツを食べている。顔はパンダ。ナンダ、パンダ!ナンダ!パンダ!ナンダ!パンダ!

 バッタの顔もパンダ。パンダの顔が雪のように空から降ってくる。


 地震!氣をつけて地震よ!私は建物の近くに行った。壁が崩れてくる。とっさに瞬間移動をする。開けたところは地割れで裂ける。どこに逃げればいいのかわからない。


 お兄様の腕に抱かれている。

 人のあたたかさはおちつく。

 総一にも抱きしめられたいと、マリアに悪いけれど思ってしまう。

「私の夢はお兄様と結婚すること」

「それこそ、夢だね」

 二人は笑いあう。

 他に人がいたら、こんなに絵になる兄妹がいるだろうかと思われるほどの宇流波志(うるわし)さだった。


 あいた。

 刺繍をしていて、指に針を刺してしまった。

 大丈夫かと言って、こぼれる前にお兄様が私の血の出ている指を口の中に入れる。

汚いです。やめて。

 これは夢だ。


 転んですりむいた。

 水で洗った後、総一がペロペロなめてきた。

 きたないわ。

 これも夢。


 温かい暖炉の前に掛けていた。

 ぱちぱち。

 刺したところから、血の玉があらわれてくる。


 道を総一と共に散歩をしていた。

 ふざけて私は両手を広げて走り回っていた。

 足がもつれる。

 膝を思いっきりうってしまって、痛くて身動きがとれなかった。

 総一がお姫様抱っこをしてくれて、家まで戻る。

 水で洗い流した後。


「総一、あーん」

 食卓をみんなで囲っている。

 スプーンに、シチューをのせて、隣にいる人の口元へ持っていく。

 マリアは知らん顔をしているが、明らかに怒っている。

 私にはマリアの心が読める。

「おいしい?」

「うん」

 口をもぐもぐさせる。総一かわいい。

「はいあーん」

「ねえ、やめてくれない、それ」

 冷たい目を向けられる。ほらきた。

「え、なんで?マリアもしたら?たのしいよ」

「だれがするか!」

 おばさまは声を抑えて笑っている。

 こうやってマリアの反応を見るのは楽しい。

 夢だけど。

 

 紫の空、紫の地面、紫の建物、紫の砂塵が渦巻く。

 ここはどこ。

 自然だとありえない風景、まわりは色々な紫で彩られていた。

 だけど、うつくしい。

 どこか懐かしく思えた。

 明暗が様々あってちゃんと識別できる。

 これはなんなのだろうか。

 夢心地。

 うっとりと。

 まどろむように。

 風景はねじ曲がる。




 雨が降っていた。

 弱くもなく、強すぎない。

 私は濡れている。

 服はぴっとりと張り付いている。氣持ち悪いを通り越して、もはやずぶ濡れで何も氣にならないくらいだ。

 誰か泣いている。

 雨の中。

 かなしいの?

 あなたは誰。

 あなたは誰。

 一人が寂しいの?

 これは誰の夢。

 雨が降っているから泣いているの?

 泣いているから雨が降っているの?

 これは誰の夢?

 それとも心の中?

 その少女は白いワンピースを着ている。

 彼女もずぶ濡れになっている。体の線があらわれている。

 その子は私を押し倒した。

 なに?

 馬乗りになって、首を絞められる。

 なんで?

 彼女は笑っていた。

 その顔は私だった。

 





ツタが伸びて、おおっている。

 大きな、大きな、見上げても、どこまで果てが続いているのか、わからない建物を。

 ツタが伸びるのびるのびのびのびののびのびのびのびーるのびーる。




 メン………………二玉

 水…………………400cc

 鰹だし……………小さじ一杯

 鶏ガラだし………小さじ一杯

 焼き肉のたれ……適量

 トマト……………一個


 水を強火に掛けます。トマトを四つに切りそろえ、火にかけた水に入れます。鰹だし、鶏ガラだしを入れます。

 沸騰してきたら、メンを入れて焼き肉のたれで味をつけます。

 トマトは熱すぎて食べられたものではなく、味もろくにせず、美味しくないラーメンができあがります。


 私の後ろに数匹ついてくる。広大な野原。列をなして歩く。後ろからはブヒブヒとかわいい声が聞こえてくる。

 なんと従順な子たちなのだろう。

 ピンク色の生き物ってなんてかわいいのかしら。トコトコとついてくる。

 その顔が何十、何百、何千といる。

 先頭は私。

 豚を引き連れてどこに行こう。

 どこにでも行ける。

 この子たちとならどこにだって行ける。










 


 ここはどこだろう。

 空も大地も、大氣もない。

 私は呼吸をしていない。

 ふわり、ふわりと浮かんでいる。

 体が軽い。

 重さを感じなかった。

 あれは、星かしら。

 輝きを放っている米粒のようなものが、何もかもを飲み込むような水の底に点在している。

 あれは……青いどでかい卵があった。

 なにかしらあれは。


 目を開けると天にきらめく星をうつしだす湖の水面(みなも)にぷかぷかと漂っていた。

 黒という色に星の光が無数にちりばめられている。


 風に揺られて、ふわり、ふわりと飛んでいる。

 白いわた毛は、風にのる。

 日差しのまぶしいかぎりです。

 日光が照りつける中、微風が心地よかった。

 どこまでいくんだろう。

 風の向くまま。

 風さんは私をどこに運んでいくの。


 ああ、川に落ちてしまった。

 私は魚、魚よ。











 一面ピンク色だった。

 ここはどこ。

 おもちゃの馬が上下に動く、棒につかまる。

 回っている。

 同じような馬がたくさんある。

 ピンク色。

大きな、カップに乗っている。

 ぐるぐる回る。

 世界は回る。

 目が回る。

トロッコは坂を上り、坂を下る。

 髪の毛は逆立つ、なびく、なみうつ。

 ピンク色

 お兄様がいた。

「ここはどこなんですか?」

「夢の国さ、さあゆこう」

 二人は手を取り合う。

 楽しい。

 お兄様といるのは楽しい。

 心が落ちつく。

「私はいつまでもここにいたいわ」

「それはいけないよ、夢は覚めるものだから」


















 

 目が覚めると、まだ眠かった。 

窓から、月明かりが落ちて私の脚を照らしている。

 入り込んでくる風が心地よい。

 夏の香りがする。

 鈴虫の声。

 蛙の声。

 季節は夏だけど、夜はひんやり冷たい。

 手をついて、ベッドから起き上がる。

 外に出ると、天からの光でまわりは明るかった。

 外でご飯を食べられるよう、テーブルと椅子をおいてある所にマリアがいた。

 エヴァも腰掛ける。

「寝れないの?」

「ええ」

「ずっとこのままがいいわね」

「なにが?」

「このまま、みんなで平和に過ごしたいって意味。なにごともなくいつまでもここで一緒に」

「うん、けど時間は止まってくれないわ、常に変わっていく。時代は変わる人も変わる。状況も変わる、季節も移ろう。私も結婚しなきゃいけなくなるし、総一もいずれ……」

「どうなっていくのかしら」

「マリアはどうしたいの、総一について行くき?」

「そうね、あいつ私がいないとさみしがるもの」

 二人は、くくくと笑いあう。

「あなたも総一がいないとだめなくせに」

 マリアはふっと息をはいて、頬杖をつきながら森を見つめる。

「そうね……」

「エヴァもジークがいないとだめじゃない」

 エヴァも森を眺めやる。

「そうだけど、私とお兄様は一緒になれないわ、これはどうしようもないのよ」

 マリアの顔がジークに変じた。

「エヴァ、私たちは血のつながった兄妹だ。恋人よりも深い絆で結ばれているよ。そうだろう?」

「ええ、わかっています」

「けどお兄様が好きなんです」

「私もだよ」

 お兄様の顔が総一になる。

「体、ひやさないんだよ」

「ありがと」

「もう寝たら?」

「寝てるようなものよ」

「それもそうだね」

 おばさまになる。

「おばさま、私結婚なんてしたくありません」

「いいんじゃない?」

「まあ。この国はどうなるんですか」

「それが嫌なら、結婚したら?」

 エヴァは黙り込む。

 おじさまになる。

「自分のことだ、よく考えなさい。流されてはいけない。自分で考えることが大切だよ」

「はい」

 お父様になる、お母様になる、おじいさま、おばあさま、家庭教師、メイド、執事、料理人、兵、町の人、それはいろいろな顔になる。

 エヴァの悲鳴が森にこだまする。

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綾子 全長版 (累計PV2500超え)1/10観覧停止 宮上 想史 @miyauesouzi

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