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……にしても思い出すと前田の言葉が引っかかる。


うーん、、女優として足りないもの。

……女優として足りないもの?

なによそれ。


それが何かを言いなさいよ。てか、マネージャーでいるときに言えよ。

まったくどいつもこいつもクソ。クソ人間だらけ。やんなっちゃうわ。


テーブルの上のスマホのバイブが鳴る。誰かを確かめると友達のゆかりからだった。同い年のパープリンだ。男遊びのエキスパート。


「なに」


「元気? 霧ちん」


「元気じゃないわよ」


「家出ちゃだめなの?」


「まあ基本的には。病院とかは別だけど」


「ふーん、たいへんねえ。でもジゴージトクよね」


「意味わかってて言ってる? それにね、これまでの人間関係断ち切れって社長に言われてるの」


「そんなの人の自由じゃん。俺たちは自由だー!」


「あばずれがなに言ってんのよ」


「霧ちん……霧ちんこ!」


「こは除けなさい」


「ダチじゃん、あたしたち。あたいを捨てるつもり?」


「いや、だからそうじゃなくてしばらくは無理ってこと。監視もつくし。地獄のような日々が待ってるのよ」


もういまでも地獄よ。


「そうかあ……そういや警察からずっとマークされつづけるってことよね」


そこまで考えてなかった。いきなり核心をつくなよ。


「忘れた頃に外出先でパトカーが遠くからハザード点滅させたりさあ」


「ぐ……」


「めんごめんご、ハッピーな話題にするべきでした。反省しておりやすです。あー、メロンが食べたいなあ~」


「ま、ともかくさ。ほとぼりがさめるって言うの? 落ち着いたらこっちから連絡するわよ」


「気になってたんだけどさあ、あたしも調べられてたのかな?」


「知らないわよ」


「そうね。じゃあまたね」


通話が切れた。


いろいろ考え込みそうになるが、それは止める。何にもならない。

あたしには美がある。美を備えてる。そこだけを見つめていまは過ごすべきなのだ。


暗黒は、その他大勢の女優におまかせする。あたしは世の中がどうあろうと女優を天職とする女。男どもの太陽なのだ。


……みんなの太陽が逮捕されてどうすんだって話だけど……、まあそれはそれ。あたしはあたし。

世の中のルールをひとつ破っただけ。

はあ、、やれやれ、、


……女優として足りないもの?


あたしはスマホを手に取るとマネージャーの波多野に電話した。


「はい」


「調べてほしいことがあるんだけど。前のマネージャーの前田の連絡先」


「何の用件ですか?」


「ちょっと思い出したことがあって気になるのよ。事務所の誰かが知らないかな」


「個人的に連絡先は知ってます。しかし向こうの許可がいりますよ。まず用件を詳しく」


「めんどくさいわね。迷惑かけないから教えなさい」


「詳しく言えないのなら却下です」


「細かいわね、いいから教えなさい」


「だめなものはだめです」


あたしは通話を切り所属事務所フラワーアリオンの事務員、出口依子に電話を入れ、同じことを尋ねた。


だが彼女によれば残っている情報は古く、携帯の電話番号とメールアドレスは使えないようで住所のみが引っ越していなければいまも変わらないはずだという。

教えてほしいと頼むと彼女は「私が教えたことを内緒にできますか」と訊いてくるのであたしはもちろんよと即答する。


出口は素直に住所を教えてくれた。いままで彼女によくしてきてよかった。親しい間柄ではないが、事務所内に味方をつくっておくべきだとあたしは本能的に感じて彼女との交流には気を使ってきていたのだ。


もう時刻は七時を回っている。外出は明日にして今日のところは家での作業に集中することにする……ってネットサーフィンと風呂に入って寝るだけだけれども。


目先の目標ができたためか、あたしは活力を取り戻していた。

前田に会い、あたしの〈女優として足りないもの〉がなんなのか、彼に問い詰めたいと思う。


べつに期待は抱いていない。聞いたからってどうなるものでもないだろう。

どうにもならないことに決まってる。だからあんなに自信たっぷりにあたしに向かって言えたのだ。この女優を天職としている神崎霧子に。


      ――───


朝目覚めると時刻は八時半。なんだかふつうの人みたいな一日の始まりだ。テレビをつけてみるとすでにあたしの話題は過去のものになっていて、殺人事件や政治家の贈収賄について時間を費やしている。芸能ネタは結婚の話題が連続していた。


ほんとに切り替わりの早い世界だ。しかし一方で長く繰り返し扱われる不祥事もある。例えば別の事務所に所属している同年代のとある女優はひとつの過ちをずっと報じられてきている。


主演映画の試写会の舞台挨拶で彼女は横柄な態度と失言をしたのだ。司会から「この映画の見どころを教えてください」と振られた彼女はふてくされた態度でこう答えた。「とくにありません」と。


エキセントリックな個性のある女優なのであたしなんかはウケたのだが世間は許さなかった。彼女が叩きに叩かれるさまは常軌を逸していたと思う。

この場面は情報番組で繰り返し報じられ、そのあとも代名詞のように振り返られるスキャンダルである。


あたしの知っている情報では彼女は司会に対して悪態をついたのではなく、悪態の対象は所属事務所だった。当時彼女は映画の宣伝を全国キャンペーンで回らされ、同時に東京で収録や生放送でも宣伝活動を強いられていた。あたしもいくつかは目にしている。その合間に雑誌取材等もこなしていたはずである。


いち視聴者としての立場からそのむちゃくちゃなスケジュールを疑問に感じ、あたしは彼女を心配していた。まあある意味競合相手であるはずなのだが、そのプロモーションはそれほど理解できない規模だったのである。


彼女の忍耐が舞台挨拶の場で切れたということ、ただそれだけなのだ。人間ならとうぜんだろうというレベルだ。またテレビ局側も笑顔で取材に応じるVは流さないのだ。系列の局からいくらでも入手可能なのに。

休業のあといまは復帰してるはずだが彼女元気かな?


他人の心配してる場合か。しっかりしろあたし。

まずコンビニに行ってマスク買わなきゃ。マスクなんて初めて買うな。あたしはいつもサングラスだけ。今回はコートを着て大きめのマフラーを顔に巻き、ニット帽とサングラスで外に出る予定。マスコミ対策である。ばれたらばれたでいいや。



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