十三日目 捕縛
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それはホラー映画やゲームで見たことのあるゾンビ――――よりは、まだ幾分ヒトに近い外見をしている。赤褐色の皮膚が大きくただれ、開けっ放しの口には橙色に汚れた鋭い牙が生えている。服のようなものは身につけていないが、乳房や外生殖器のようなものは確認できない。また頭髪や体毛も確認できない。
個体ごとに少しずつ外見に差異はあるものの、どの個体もおおむね異形というに相応しい姿をしていた。今日の個体もその不気味な躰を前かがみに大きく曲げたまま、ゆっくりと『箱』の入り口に近づく。
「よし、かかったな。みんな、実験準備……記録班、ビデオ記録もよろしく」
川島がトランシーバーで指示を出す。その間に箱の入り口から内部に侵入したゾンビは、一瞬、戸惑ったように空間を見回す素振りをする。
「freeze。5、6、7…………18、19、20秒。探索行動開始」
「了解、freeze 20秒っと」
廣田の報告を受けて、鈴木が記録用紙に書き込む。
「葛木、トラッキングの方は?」
「今のところ大丈夫。死角になってる部分もないし、対象の動きを十分追える」
葛木の返事を受けて、川島が次の指示を出す。
「OK。じゃぁ、水上、橋本、"囮"の提示。Go!」
川島の指示を受けると、「それじゃぁ理子ちゃん、行ってくるでござるよ!!」と水上が手元の装置を動かす。すると、箱の中の一角にあの佐藤人形と、別の隅に葛木人形が現れる。
「廣田、計測開始!」
箱の入り口付近をうろうろとしていたゾンビが、佐藤・葛木人形に気づく。と同時に、それに向かって走りだす。
「夏子! 捕縛班準備!!」
「もうやってる! みんな、行くよ!!」
「でやぁぁぁぁぁぁッ!!!」
ゾンビの手が人形に届こうとするより一瞬早く、夏子の突き出した刺股がゾンビの脇腹の部分に衝撃を与え、体ごと吹き飛ばす。地面に打ち付けられた躯が、バウンドして転がる。
「捕縛網ッ!! 急げ!!」
夏子の怒号が箱の中に響く。スイッチ操作で飛び出すタイプの捕縛用網が、ゾンビに向かって何重にも絡みついていく。捕縛網で動きを封じられたゾンビに、体専のチームが刺股でさらに押さえつける。
「……実験完了。廣田、鈴木、葛木、記録できてる? …………了解。立田さん、箱の入り口閉じてもらえますか?」
川島の指示を受けた地元の土建屋の社員が箱の入り口を閉める。
■■
「ゾンビは医学群の連中に引き渡してきたわ。今回のやつは動かないように拘束するのに、ちょっと苦労したけど」
吉田の報告に、皆が「お疲れ様」と声をかける。
「哲郎、次からはマーキングだけでいいんでしょ? あ――疲れたぁ」
「お疲れ様。次からは個体識別用のマーカー付けるだけだから、こんな命がけの作業ってことはないと思うよ。まぁ、何にせよ、本当にお疲れ様」
そういうと吉田の頭を軽く撫でる。吉田が「えへへ」と普段から想像もできないデレっぷりを見せている。
「これで6体捕獲か。しかし、面白いくらい同じ行動見せたな」
葛木がこれまでの記録紙を並べながら言う。
「ああ、そうだな。freezeから探索行動までの時間、人形提示から"捕食"を始めようとする時間もほぼ同じ」
「…………で、毎回、佐藤人形へ一直線――――か」
川島が最後の一言だけぼそっと呟く。
鈴木「葛木、いくらなんでも魅力なさすぎだろ」
葛木「放っとけ」
橋本「われながら恐ろしいものを作ってしまったでござる…………」
佐藤「葛木くんもゾンビも少し"かわいそう"だね……」
葛木「佐藤さん、それフォローのつもり?」
川島「…………」
「川島、これでゾンビたちは視覚で俺たち人間を認識していて、どういう基準なのかはわからないにしろ、『美味そうな人間』を見分けてるっていう判断でいいんじゃないか?」
廣田がそう尋ねると、川島は考えこむ仕草をしたまま「ああ、そうだな」と短く返す。
(全個体が佐藤人形の方に一直線…………ここまで"わかりやすい"ものなのか?)
「……川島くん、大丈夫?」
佐藤が心配そうに川島を覗き込む。
「うん? ……ああ、大丈夫。みんな、とりあえず医学群の求めてた『検体』の捕獲も終わったし、こちらの実験も一段落ついたんだ。今日は秘蔵の大五郎でささやかに祝杯あげよう。みんな、おつかれさん!乾杯!!」
川島がそう言って右腕を上げると、周囲から「おお!」と歓声があがる。
その日の夜行われた宴会には、いつものメンバーの他に、実験に協力してくれている体専のメンバーや避難してきた地元の人たちも加わり、この"異世界"に来てから初めてと言ってもいいほどの大きな笑い声が湧き上がり、深夜遅くまで続いた。
十三日目 記録:川島
(つづく)
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