十日目後半 作戦説明
■ 十日目後半
「…………さすがに佐藤を『餌』にするわけはいかないので」
さっきよりもさらにボロボロになった川島が、作戦説明を始めると「川島、口から血が出てるぞ」と葛木・鈴木・廣田の三人が突っ込む。
「この『1分の1等身大精密フィギュア 生物学類のアイドル・佐藤理子モデル』の他にも、『冴えない男・オブ・ザ・イヤー四年連続受賞・葛木誠モデル』も、すでに作製済みでござるよ」
すると川島の説明に付け加えるように、芸術専門学群の二人組が得意気にいう。
葛木「川島、シね。彼女に殴られて、シね」
鈴木・廣田「残当」
佐藤「あれ? でも1年生の頃は廣田君じゃなかったっけ?」
全員が思い思いに話し始めて、収拾がつかなくなったところで、川島が口を開く。血を流しながら。
「……さて、佐藤がさらりと爆弾を落としたところで、ミーティングを始めよう。今日からは吉田と、芸専のフィギュア作製部隊の橋本と水上も加わるんで、データの発表、今後の方針って感じで進めて行こう。さっきので廣田がノックアウトされてるんで、葛木から"ゾンビウォッチング"の結果教えてくれ」
「俺も十分ノックアウトされてると思うんだが……まぁ、いいけど。
ゾンビ(仮)をここ5日間観察してみたけど、昼間に行動が確認されたのが28体、夜間に確認されたのは12体。傾向としては――実にゾンビっぽくないけど昼のほうが多いって感触ある。
でも、今回はそれぞれのゾンビ(仮)を個体識別しながら観察してるわけでもないし、同一個体が昼動いて、そして夜寝てる――活動休止しているのかもどうかはわからないと言えばわからないとも言えるな」
葛木がそう話すと、川島が「動きに昼夜の差はあったか」と続けて尋ねる。
「そこについては、少なくとも俺が観察したときに関しては、動きに差はあるように感じたな。俺たちは、実験センターエリアから西側――神社の方向に向かって定点観察していたわけだけど、その県道の電信柱を使って速度を計ったのが……っと」
葛木がチェック柄の上着のポケットをあさってメモを取り出す。
「あったあった。ええと、昼間に見たゾンビは電信柱Aと電信柱Bの間をだいたい2分で移動、個体数はN=20な。最初の方の8体は準備が間に合わずに計ってない。で、夜間のゾンビは同じ距離をだいたい6分かけて移動してる。こっちのNは12な」
葛木の報告を聞いて、廣田が手を挙げる。
「……でもさ、これって本当に昼間に活動性あがってるのかはわからなくね? 俺たち『餌』が夜はほとんど出歩かないとか、そもそも夜はゾンビたちも物が見づらくなってるとか、"行動そのもの"には直接関係しないいないことが原因だとすると、純粋にゾンビ(仮)の行動に昼夜差があるとはいえないんじゃないか?」
「うーん、確かにそうだよな。さっきも言ったけど、個体識別してきちんと測定しているわけでもないし、今はまだぼんやりとした"傾向"って感じだな」
葛木がそう答えると、意外にも吉田が口を開く。
「ううん、これ、結構いいかも。今ね、体専の警備ってシフト制で24時間カバーできるようにしてるんだけど…………実はもう私たちも限界なのよ。夜間の方がヤツらがおとなしいかもってわかれば、あとは体専の方でも調べて、昼を重点的に警備するって方向にすれば、少しは休み増やせるかも。
それに、夜のほうが動き鈍いってわかれば、自家発電回すための燃料を周辺地域から集めに行く調達部隊だって、夜を中心に動けばいいってことになるし。あとで、ちょっと体専のみんなと相談してみる」
「夏子。これはあくまで"傾向"だからな。ちゃんとしたデータ解析してるわけじゃない。夜間に動くのだって、慎重にな」
「哲郎……心配してくれるの?」
川島と吉田のやりとりを聞いていた葛木・鈴木・廣田に芸専二人組が(ヤバイ、ラブコメの流れだ)とハラハラしていたところに、空気を一切読まないことに定評のある佐藤が手を挙げる。
「ところで、あの私の人形と、葛木君の人形は何に使うの?」
佐藤の無邪気な――空気を読まない質問のおかげで、危機は去ったと男子一同が心のなかで拍手を送るなか、川島が佐藤の質問に答える。
「ああ、ゾンビ(仮)が『餌』である俺たちを"主に視覚で認識しているのか、あるいはそうでないのか"ってのを確かめようと思って芸専で作ってもらったんだ。
作戦としては――――まず、ある程度の広さがある区切られた四角の空間の一つの角に、佐藤人形を置く。そこから離れた別の角に葛木人形を置く。
次に、二つの人形から離れた場所からだけゾンビ(仮)が入れるような入り口を設置して、やつらが侵入してくるのを待つ。もし、やつらが視覚で俺たちを認識しているなら、一直線に人形に向かうだろうし、視覚以外の……例えば嗅覚なんかで認識している場合は箱の中をグルグルとランダムに動きまわるだけだろうしな。
ついでに、一度襲われた佐藤の人形と、冴えない男・オブ・ザ・イヤーこと葛木人形との『喰いつき』の違いがあるかどうかも見てみたい。ここに有意差があるのであれば、ヤツらは視覚で『餌』を判断しているだけでなく、そこに好み――『嗜好』があるってこともわかるからな。もちろん、佐藤人形と葛木人形の位置は、交互に入れ替えて、『入り口から見えやすいだけ』っていう可能性は潰して実験を行うようにする」
「おい、そのdisりを蒸し返すのヤメロ」
「そこで人形とはいえ、精巧にできている必要があったので、拙者たちの出番ということでござる」
葛木の突っ込みをスルーして橋本・水上が声をそろえて言う。
「ついでにいうと、実験場になる『箱』の準備も工学システムと医療センターに避難してきていた近くの土建屋さんたちに話してもうすでに作り始めてもらってる…………だから、準備としては3つってことになるか。まぁいまさらだけど」
「しかし、川島殿。この作戦は『待ち』ですし、うまく箱の入り口からゾンビどもが入ってきてくれるかに、かかってますなぁ」
芸専の橋本がそういうと、「確かにそうだけど、やってみる価値はあると思うんだよ」と答える。それを聞いていた、鈴木がようやく意見をいうために手を挙げる。
「なぁ、川島。今、ここで言うことじゃないかもなんだけど…………ここまで"神経科学"ってあんまり関係なくね??」
川島以外の全員が心の中で一つになった瞬間であった。
(つづく)
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