盲目が生む平和2

その日の夕飯、僕は、お母さんにおじさんのことを話した。最初は心配していたがおじさんはいい人だと説明すると渋々といった感じで分かってくれた。


それから僕はおじさんに会いたくて毎日あの場所に行った。おじさんは大体、月に2~4回ほどあの場所にくるらしい。僕はその月に2~4回おじさんに会って話を聞くのが楽しみで仕方なかった。気がつけば朝起きたら「今日は来るかな?」なんて考えいて、朝が来る度に一日が楽しみでしょうがない。おじさんは初めてできたお友達。こんな僕にもお友達が出来たそれがどうしようもなく嬉しかった。


おじさんは会う度に国を変えてお話をしてくれた。カナダ、イギリス、チュニジア、スーダン、スウェーデン...。おじさんのする話はその国の事以外にもあっと驚くまるでアクション映画のような体験談が沢山あってどれも楽しい。だけど時々、「大丈夫かな?」って心配になる。それと2回目からおじさんは国々で出会った人々の話もしてくれた。良い人や悪い人、面白い人や親切な人。様々な人々の話。


そして今日はロシアでの話を聞いた。おじさんは話をしてくれたあと、飲み物をくれた。



「どうした?」




多分、僕が俯いて両手で握った暖かいミルクティーをじっと見ていたからそう訊いてきたんだと思う。



「僕、少しの間だけ学校に行ってたんだけどお友達が1人もできなかったんだ。こんな顔だし色々言われることは分かってたけど1人ぐらいお友達ができると思ってた。だけど、出来なかった」




おじさんは何も言わずただ僕の話を聞いていた。



「もし学校のみんながおじさんみたいに目が見えなければ僕にもお友達が沢山できたのかな?もし世界中の人の目が見えなければ僕はみんなみたいに普通に過ごせたかな?」

「...さて、どうだろうか」




僕が変なことを言ったからかおじさんは少し困った様子だった。それからしばらくお互い黙り込む。そして携帯が鳴るとおじさんは仕事に向かい僕もお家へ帰った。その夜、ベッドの中で僕はおじさんを困らせてしまったことを後悔した。



「次会った時にちゃんと謝ろう」




そう決めた。だけど、その月、おじさんはあの場所には来なかった。最初は忙しいから来れないだけかと思っていたけど、それから2ヶ月間おじさんは一度も来なかった。


そして今日、朝目覚め起き上がった僕はあの場所へ行くかどうか迷っていた。するとノックのあとにママの声が聞こえてきた。



「オルギン。そろそろ起きなさい」




そう言いながらママはドアを開ける。



「あら、起きてたの」

「うん。おはようママ」

「おはよう」




ママは部屋に入って来ると僕の隣に腰を下ろした。



「今日もあの場所に行くんでしょ?」

「ん~」

「どうしたの?」

「もうおじさんは来ないと思うんだ」

「どうして?」

「僕が変なこと言って困らせちゃったから」




僕はあの日のことを思い出しまた少し悲しくなった。



「大丈夫よ」




ママはそっと僕の肩に手を回し抱き寄せた。



「きっとお仕事が忙しくて来られないだけよ。ほら、パパだって毎日遅くまで頑張ってるでしょ?」

「うん」




そう返事はしたもののあまり納得はしていなかった。嫌われたんだろう。そう思っていた。



「大丈夫よ」




囁くようにそう言ったママは僕のおでこにキスをしてくれた。



「さっ。パンケーキを焼いてあげるから下で食べましょ」

「分かった」




ベッドから降りた僕は先に立ち上がったママの前を歩きそして階段を降りる。僕とママが丁度、階段を降り終えるとインターホンが鳴った。



「先に行って飲み物を入れてて」




ママはドアの方へ向かい僕はキッチンへ歩き出した。後ろでドアの開く音。僕は冷蔵庫に行く前に気になって後ろを振り返る。ドアの向こうに立っていたのは長袖の無地シャツにジーパンを穿いた黒人のお兄さん。服の上からでも鍛えてるのが分かる。何となく気になったから僕も玄関に近づいて行った。すると丁度、お兄さんの口から僕の名前が出てきた。



「オルギンは僕だよ」




ママの後ろから顔を出しながら僕は答えた。僕の存在に気が付いたお兄さんはその場で片膝を着きしゃがみ目線を合わせた。そしてニッコリ。



「俺はRの友達だ」




おじさんの名前を聞いたとき僕は思わずママの後ろから出た。



「おじさんの?」

「あぁそうだ」




お兄さんはゆっくり1度頷く。



「実は彼は忙しくてしばらくあの場所には来られないんだ」

「僕のこと嫌いになっちゃったわけじゃないの?」

「嫌いに?そんなことはない。彼は君と会うのを楽しみにしてるんだ」

「ほんとに!?」




僕の心は一瞬にして晴れた。だけどそれは快晴ではなく困らせたことに対してのごめんなさいって気持ちが少し雲を散りばめていた。



「あぁ、本当だ。それと今日はRに頼まれて君に手紙を持ってきた」




お兄さんはポケットから1通の手紙を取り出した。



「どうぞ」




真っ白な手紙。丸くて赤いオシャレなモノでとめられていた。



「ありがとう!」




お友達からの手紙。嬉しさで笑みが抑えられなかった。そして僕の顔を見たお兄さんは少し口角を上げる。



R君はいい笑顔をするな」




お兄さんはそう言うと立ち上がった。



「ではこれで」




ママに軽く頭を下げたお兄さんは僕の方に目を向け手を振った。僕も手を振り返す。そしてお兄さんが背を向け1歩を踏み出そうとして時、僕はあることを思い出した。



「あっ!お兄さん」




僕の少し慌てた声にお兄さんは振り返る。



「おじさんにあの時、変な事を言って困らせてごめんなさいって伝えてほしいんだ」

「伝えとく」

「よろしくお願いします」




僕は頭を下げた。そしてお兄さんは歩いて行ってしまった。僕は玄関のドアを閉めたママと一緒にソファに向かい早速もらった手紙を開けようと裏返す。するとママが横から手紙に手を伸ばした。



「蝋封なんて珍しいわね」

「ろうふう?」

「そう。昔使われてたんだけど、シーリングワックスっていうのに火をつけてこうやって垂らすの。そしてその上からスタンプを押し当てて封をするのよ」




ママは『こうやって』の所で何かを握った手を傾け、『押し当てる』の所でまた何かを握った手を今度は上から下へ下ろすジェスチャーをした。だけど、正直よく分からない。



「よく分からないわよね」




僕がそんな顔をしていたのかママは心の中を読んだようにそう言った。そして僕はそれに頷く。



「そうよね。それじゃあ開けるから待っててね」




ママは手紙を持って立ち上がり少ししてから戻ってきた。



「はい。どうぞ」

「ありがとう」




手紙を受け取った僕は早速、中に入っている二つ折りにされた紙を取り出す。そこにはこう書かれていた。

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