盲目が生む平和

佐武ろく

盲目が生む平和1

僕の名前は、オルギン・ワインダー。僕は生まれた時から遺伝子疾患というものだったらしい。その所為で手術を何度もした。だけど、今は普通の暮らしができるほど元気になった。


ただ...。――顔だけは普通じゃない。



多分神様は僕の顔を作る時に眠たかったんだと思う。それか作りながら映画でも見ていたんだろう。だから顔が変。どちらにしても未だに神様から謝罪の言葉はない。全く神様も僕のママから教育を受けた方が良いよ。あいさつとかありがとう・ごめんなさいを言わなかったら怒るんだ。それでパパもよく怒られてる。あっ、でも勘違いしないでね。ママはすっごく優しい。そしてパパはカッコいい。そんなママとパパ、犬のバディのことが僕は大好き。ちなみにバディとはいいバディ《相棒》なんだよ。僕は家族のみんなが大好きだし、家族も僕のことが大好きみたい。何で分かるかって?だっていつもそう言ってくれるんだもん。だから家にいるとすっごく楽しい。


だけど、外の世界は違う。みんな僕の顔を見るんだ。珍しいものでも見るみたいに。たまに眉間に皺を寄せる人だっている。だから僕はいつも下を見てるんだ。そんな視線は嫌だけど前までは、ちょっと我慢すれば平気だった。だけど、今は違う。僕を見る人達全員が、というより僕を見る視線が怖い。



そうなったのは学校のせいだと思う。実は僕も前までは学校に通っていたんだ。本当は嫌だったけどママをがっかりさせたくなくて行き始めた。想像通りみんな僕を変なものを見るみたいな目で見るんだ。それは分かってた。だけどそれだけじゃない。



『化け物みたいな顔』

『よくそんな顔で平気だな!』

『俺だったら絶対に家から出ないな』

.....




なんて毎日ひどいことを言う奴がいるんだ。だけどもしかしたらいつか僕にもお友達ができるんじゃないかって思って。耐えて学校に通っていたんだけどそんなことはなかった。僕はずっと独りぼっちで毎日色々なことを言われ、たまに叩かれたりもした。辛くて辛くて痛くて。僕はもう学校に行かなくなった。ごめんなさい、ママ。ママは「大丈夫よ」って言って優しく抱きしめてくれたけどきっとガッカリしてる。


それ以来外に出るのが嫌になった。今まで少しだけ我慢すれば気にならなかった色んな人の視線もなんだか僕を突き刺すように痛いんだ。なんだかみんなの心の声が聞こえてくるみたい。



『なにあの子の顔?』

『えーきもっ!』

『よくあんなんで出歩けるな』

.....




みんな僕にひどいことを言ってるんじゃないかって思ってしまう。だけど、僕は最低でも週に一回は、帽子を被ってマスクをして外に出る。今日も、コートに手袋で防寒対策をして家を出た。確かに外は嫌だけど帽子とマスクをすればみんなもあまり僕を見ない。それにそうしてでも行きたいお気に入りの場所があるんだ。


僕が外で唯一好きな場所。風を感じて小鳥さんの声を聞いて、1人でゆったりと過ごせる場所。それは近くの小さな公園から少し歩いたところにある木に囲まれた所。そこには今は使われていない噴水とそれを囲うように置かれたベンチがある。


そうここが外の世界で、1番で唯一好きな場所。



「ふぅ~」




ここに来ると世界には自分だけしかいないように思える。特に何をするわけじゃないけどベンチに座って帽子とマスクを脱いでゆっくりとするだけで心が安らぐ。ここでは冷たい風すら心地良い。この場所は僕だけの場所。



「今日は小鳥さんいないなぁ。――でもこういう静かなのもいい」




ちょっと気取ってるって思われるかもしれないけど、僕はこうやって目を瞑って自然を感じるのが好きだ。今日はより一層静かで何も聞こえないけど時折、風に揺られて木々が歌う。


するとしばらくしてそんな歌声紛れて杖を突く音が聞こえてきた。僕は聞き間違えだと祈りながら目を開ける。しかし、その願いは届かず目の前を杖を突きながら歩く革靴を履いた足が通った。僕は誰か来たと思った瞬間、反射的に顔を俯かせたから足しか見えなかった。そのまま通り過ぎてくれることを願う。だけどまたもや願いは無視された。いや、その方が良かったかも。前を通ったその人はそのまま僕の隣に座った。



「(え?なんで僕の隣?他にも椅子あるのに)」




心の中で呟くとゆっくりとバレないように隣の人の顔を見上げる。杖に両手を乗せて静かに座るその人は、少し顔の丸いおじさんだった。スーツとベストそしてコートを着こなしてハット帽を被りサングラスが似合うおじさん。そのおじさんはまるで僕が真っすぐ前を向いていた。



「(もしかして気が付いてないのかな?)」




なるべく人と接したくない僕はおじさんが気づく前に音を立てぬように静かに帽子とマスクを着けようとした。だけど、乾燥した手から帽子は逃げるように滑り落ちてしまった。



「誰か。いるのか?」




帽子の落ちた音に反応して聞こえてきた声に少しビクッとなった僕は流し目でおじさんの顔を覗く。だけどおじさんは少しだけ顔をこっち側に動かしていただけで僕の方を向いてない。音のしたこっちを向かないで、しかも隣にいる僕に対して「誰?」じゃなく「誰かいる?」って訊いてきたことを不思議に思った僕は黙り固まってしまった。



「気のせいか」




そう言うとおじさんはまた少しだけ顔を動かして再び前を見た。僕はほんの数秒だけおじさんの顔を見ていた。



「目が見えないの?」




思った疑問をそのまま口にした。そういう感じだった。僕の声におじさんはこっちを向く。



「やはり誰かいたか。そうだ。生まれた頃から見えない。――突然、隣に座ってしまってすまなかった」

「ビックリしたけど大丈夫」

「移動しようか?」




僕は首を横に振る。そこから2人共黙ってしまい気まずい沈黙が訪れた。少なくとも僕は気まずかった。



「おじさんはよくここに来るの?」




言葉を言い切った直後に『おじさん』と呼んだことをまずいかなと思い顔を見た。だけど、その表情に気にしている様子はない。



「時々だ。君は毎日来るのか?」

「一週間に一回。多い時には3~4回来るよ」

「私もそのくらい来たいものだ。ここは人気がなく騒がしい日常とは別世界のような場所だからな」




僕は何となくおじさんがこの場所の静けさを肌で感じているように思えた。



「僕も外は嫌いだけどここは好きだな」

「外が嫌いなのか?それまたなぜだ?」

「...。おじさんは見えないから分からないと思うけど僕は生まれた時から体が良くなくてその所為で顔が普通じゃないんだ」




おじさんは返事に困ったのか少し間を空けた。



「―――そうか。君も大変な思いをしてるんだな」




そして再び沈黙が訪れた。だけどこの沈黙はおじさんにとっても居心地が悪かったのかすぐに話題を変えるように話し始めた。



「君は他の国には行ったことあるかい?」

「ないよ。この街からも出たことないのに」




僕は足をぶらつかせながら答えた。



「おじさんはあるの?」

「そりゃもう仕事柄、色んな国に行ったことがある」

「どんな仕事してるの?」

「そうだな....」




おじさんはスゥーっと息を吸いながらすぐには答えなかった。



「情報を扱う仕事だ。君にはまだ難しいだろう」

「そうなんだ。じゃあ、最近はどこに行ったの?」

「そうだな。最近は...」




おじさんは再びスゥーっと息を吸いながら僕の質問に答える為、思い出しているのかまた少ししてから答えた。



「フランスに行ったよ。何といっても、ワインが美味しかった。それと一緒に食べる料理もどれも舌鼓を打つほどだ」

「僕はまだ子どもだからちょっと分からないよ」

「そうだった。すまない。あぁ、そうだ。ホテルから広がるパリの夜景に溶け込みながらも良さをより一層引き立てるエッフェル塔も素晴らしかった。それでいて、足元に行けば圧倒的存在を感じさせてくれる」




楽しそうに話すおじさんを見ながら僕は違和感を感じた。そしてその違和感は疑問へと姿を変える。



「あれ?でも、おじさん見えないのになんでそんなことわかるの?」




するとおじさんは僕の方を向くと笑みを浮かべた。



「中々鋭いじゃないか。だが、これは私の友人が言っていたことだ。視覚的情報があった方が君も想像しやすいと思ってね」




それからおじさんは色々な話をしてくれた。料理や建造物、体験談。どれもまるでおとぎ話のように楽しい話。もっと聞きたかったけど一通り話し終えた時におじさんの携帯が鳴った。おじさんはコートのポケットから携帯電話を取り出しす。このスマホの時代に携帯電話。変なの。



「私だ。――あぁ、分かった」




相手の人にそう伝えると携帯を閉じてポケットにしまった。



「すまない。今から仕事だ」

「お話聞かせてくれてありがとう」

「これぐらい構わないよ」




おじさんは優しい笑みを浮かべると立ち上がった。



「あの、また会えるかな?」

「そうだな。――君がここに来ることを止めなければまた会えるかもしれない」

「それじゃあその時はまたお話聞かせてよ!」

「もちろんだ。また別の国の話を聞かせてあげよう」

「約束ね!あっ!おじさんお名前は何て言うの?僕はオルギン・ワインダーって言うんだ!」

「良い名前だな。私は...R。皆にそう呼ばれている」

「おぉ~。コードーネームみたいでかっこいい!」

「ありがとう。それじゃあ、私は仕事に行くよ」

「じゃあね」




僕の振った手に返事をするようにおじさんは手を振り、そして去って行った。それから僕は1人の時間を楽しみ、暗くなる前に家に帰った。

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