弱者と強者

《ピロン!感情閾値が臨界点を突破!unique skillが発現します!》

《ピロン!強制介入します!》

《ピロン!発現中のunique skillの認識に成功しました!》

《ピロン!対象の行動経験より新規unique skillを補強、及び誘導を開始します!》




《ピロン!エラーが発生しました!》

《ピロン!対象の位置座標における条件、及び特定の条件を達成しました!》

《ピロン!特殊介入シークエンスを発動します!》



《(神敵滅殺プログラム【加護】を起動)》

《(神敵行動履歴データベースへアクセス……完了)》

《(情報の取捨選択が完了次第、次プロセスへと切り替わります)》


《(収奪した【■■■■■■】より、エネルギーを抽出)》

《(一時的に時を凍結)》


《(……■■『■■■■■■・■■■■■■』へと接続)》

《(以後の介入シークエンスは御身へと引き継がれます)》

《(なお、ここまでのシークエンスは■■『■■■■■■・■■■■■■』により秘匿されます)》












奇妙な、空間だった。

少し周りを見渡せば、夕日のように鮮やかなオレンジ色の光がベッタリと、インクのように塗られている。かと思えば、そのオレンジ色には奥行があり、なるほど、その空間独特の色なのだろうと理解することが出来た。が、それは一瞬で光を一切通さないような純黒に染め上げられ、その黒もまた他の色で塗りつぶされる。

魑魅魍魎、弱肉強食、諸行無常、カオス……と、見る者によって意見が変わる、そんな、現実にはありえない空間に、ソレ・・は居た。


ソレ・・はこの奇妙な空間にいてしてなお奇妙としか言いようがない造形をしている。

周囲の空間と同じくあらゆる色が侵食し、鎬を削りながらお互いがお互いの存在を我が色で染め上げようかとする、流動的ながらも神秘さを感じさせるカラフルな体毛。

獣の腕、人の腕、魚のヒレ、虫の節足、鳥の翼、タコやイカの触腕、その他あらゆる『手』に関するモノが一つの存在に纏まって生えたかのような、無数の腕。

脚はなく、下半身の中頃から空間に溶けているかのようだ。

胴体はカラフルな体毛に覆われ、筋肉質な部位と脂肪しかない部位が散見している。

そこから伸びる首はエラが発達し、その上に乗っかるようにして存在する頭は葡萄の様な集合体で、それぞれがそれぞれで別個の意思を持つかのようにここではないどこかを観察している。

ソレ・・の姿を見れば、植物動物魚虫魔物怪物妖怪人間悪魔天使関係なく発狂し、逃れ得ぬ『死』を齎される。ソレ・・はそんな存在だ。


そんな存在自体がカオスなソレ・・であるが、今は珍しく無数の意識が一つの事象に集中していた。


「『あ、あああああああアアアアアアア!』」


それは、ソレ・・が管理するとある世界の、とある迷宮内で発生した事象。

ソレ・・の同類たちの間では『発芽』とも『開花』とも『覚醒』とも、いろいろと呼ばれてきたせいで、固有名詞が存在しない、一言で表すならば、『感情の爆発』。

『感情の爆発』によって■に溜め込まれた無形のリソースがはっきりとした形となって方向性を得る事象。

しかし、ソレ・・の同類たちの間では、管理した世界でその事象を起こした者の情報が流入するため、よほど奇特なものでない限り嫌がっているものが大半だ。

ソレ・・も嫌がるものの一つであり、同時にソレ・・の特殊性からその難を逃れたものの数少ない一例でもある。


ソレ・・が管理する世界において、その事象は特に珍しいものではない。寧ろ1日に何回も起こるせいで管理し始めの頃は苦労していた。その苦労を減らすためにさらに苦労しながら、ソレ・・に含まれる無数の意識、その内でもシステム運用や作成に特化した■■が作り上げたシステムによる情報流入の肩代わり、並びに方向性を誘導することによるより強力な能力の発現の補助を1手に引き受けるものを開発した。

例外として、とある者・・・・の近くで『感情の爆発』による■のリソースの有形化を発現させた者以外はこの恩恵に預かることが出来る。


そしてそのとある者・・・・の近くで発現させた場合。

システムはソレ・・ソレ・・になる前、しかし結果的にソレ・・になることになってしまった要因、その存在から収奪したチカラ【■■■■■■】より際限なく溢れるリソースを吸収し、とある者・・・・の近くで新たな力を発現させたものに対する褒美として、ソレ・・のチカラによるチカラの強化を促す。


そして今、その条件を満たしたシステム的な例外存在が発現しようとしているチカラへと、ソレ・・は干渉し始める。













酷く暗く、闇が物理的に淀み、光の干渉を一切受け付けない広大な空間の中央に、ソレはある。


どこからともなく現れた鎖によって雁字搦めに囚われ、管の空いた杭によって搾取される。

それがこの空間に唯一存在する意思あるもの。


それは、■の欠片。破片と呼ぶべきもの。

かつてソレ・・ソレ・・になる前の頃、前の存在ソレ・・として誕生せざるを得ない状況を生み出した者。その一部。


今はこうして封印処置を施し、しかしその封印を意図的に緩めることでとある世界におけるリソースの確保要因となっている。

言ってしまえばある種の永久機関のようなもの。


しかし、それは非常に危険な綱渡りだ。

この者は、例え■一欠片であろうとも意思を持ち続け、そのチカラである【■■■■■■】を使い続ける。故に、本来なら僅かであろうとも封印を緩めるような真似はしてはいけない。何故ならばそれが、それこそが、【■■■■■■】の本質であるーーーーーーーーなのだから。


このチカラは、制御を間違えれば自爆する爆弾そのもの。

それでも尚このチカラを本来の持ち主でもないのにも関わらず使い続けるのは、狂気か傲慢か。そのどちらかでしかない。












「くっ……宿った魂もダメか……」


不味い。本当に不味い。正体が一切不明の攻撃のせいで、僕の両目に宿っていた二つの魂も、宿る器となっていた眼が無くなったせいで消滅してしまった。この分だと、宿らせた魂に自動で魔眼を使わせることも出来ないだろう。

敵である剣士の男の位置は『迷宮把握』を緊急的に使ったので分かってはいる。ただ、この『迷宮把握』視界はすこぶる精度が悪い。『全視の迷宮眼』の場合だと眼を媒体にしたお陰でことダンジョン内を視ることに関しては『迷宮把握』よりも精度がよくなりはした。けれど、逆に言えば『迷宮把握』は『全視の迷宮眼』よりも視覚情報が圧倒的に低いという事だ。まあ、その代わり『全視の迷宮眼』では出来なかった音の把握が出来るんだけど。でも、今はそんなことよりも見れる方がいい。何てったって『全視の迷宮眼』越しに魔眼を当てることが出来るんだから。


そして状況が状況だ。いくらダンジョンの壁で防御を築いていようとも、空間系の攻撃で来られたら僕は無防備に受けるしかない。空間系の攻撃は障害を無視して当てられるから厄介だ。

かと言って『迷宮内転移』で抜け出すわけにも行かない。たしかに『迷宮内転移』を使えば空間系の攻撃で傷を負うことなく逃げることも可能だ。

しかし、剣士の前に出れば魔眼の使えない僕なんて即座に切り刻まれて終わりだろう。そもそも目が見えない状況なんだ。魔眼云々以前にこのおぼつかない視界ではまともに戦うことすら難しい。第二階層あたりに転移してもいいけど、そうすると僕の気配が消えたことに気づいたなら即座に迷宮核ヒカリを壊すだろう。あの剣士の憎悪を見れば、それくらい想像がつく。


魔法……も、無駄だろう。逐一『迷宮把握』で確認しているあいつから、どこにそんなの隠してたんだって言いたくなる量の魔力が吹き出してきた。あの魔力に触れれば、僕の魔法なんてその魔力圧に耐えきれずに自戒するのが関の山。というか寧ろ魔力の無駄だ。今は『蓄積の奇眼』は使えないし。


「……くくっ、魔眼が無ければ、僕はこの程度、か」


思わず戦闘中であることも忘れて自嘲してしまう。

少し前までは憎しみでココロを敢えて濡らしていた。今はそんな余裕が無いから取り繕えないけど、あぁなるほど。


僕は僕が思ってるほどに強い存在じゃない。いや、想像以上に弱い。

でも、少し考えればわかることだ。

僕は凡そ5年間、体を一切動かせなかった。当然体を動かす感覚なんて忘れるし、先読みなんて出来ない。魔眼族としての体にもまだまだ馴染んでないと思ってもいいかもしれない。

思えば、ここに来る奴らは全員が全員僕よりも格上。初手で半数以上殺せたのはむしろ幸運だった。もしアレが生き残ってれば、とっくに死んでたかもしれない。

僕は弱い。

それはもうさんざん思い知らされた。今だって、たった一つの攻撃を受けただけで致命傷レベルの欠損を負ってしまった。このままだと、近いうちに僕は死ぬだろう。

今度こそ、『魔喰マジック・イーター』も使えず、逃れ得ぬ【死】を迎える。

でも、だからと言って……


「……死ぬわけには、いかない」


僕のためにも。

この迷宮のためにも。

そして、なんやかんやで一心同体と言えるヒカリのためにも。


『マスター……!』


だからこそ。そう、だからこそ。


「ここで、こんな所で。死んでたまるーーーー!」










『迷宮把握』に反応が生まれる。


剣士のものでは無い。

生き残ったクソ野郎どもの最後の一人でも無い。


突然、本当に突然、そこに現れた。

瞬きをしたと思ったら、次の瞬間には目の前に剣の切っ先があった、とでもいえばいいのか。そんな風に、一瞬にして、予兆すらなく、まるでさっきからそこにあったと主張するように、当たり前のように存在していた。


反応すらできないほどの一瞬で、突然生まれた気配。

剣士の方もそれを感じ取ったのか、鋭利に荒々しくも完璧に制御された魔力の流れが停滞する。


そして『迷宮把握』を使わずとも感じ取れる、圧倒的な気配。

本能が、生存本能が警鐘を鳴らし、すぐに逃げるべきだと伝えてくる。

しかし、逃げる訳にはいかない。無論、意地ではない。変な意地など、この存在を前にして何であろうか?そんなもの、どこかに捨て置け。

たとえ逃げたとしても、この存在が果たして、それを逃げたと認識してくれる保証がどこにある?若しかしたら、獲物が唐突に後ろを向いたから刈り取った、程度の認識で攻撃されかねない。

そう感じ取ったのは剣士の方も同じ……いや、僕よりも判断が早い。その存在に集中して、僕から注意が完全に逸れたことを『迷宮把握』越しに感じ取れる。やはりこれは経験の差か。


残念なことに『迷宮把握』ではその存在の姿形を捉えることが出来ていない。分かるのは、その存在が僕がどれだけ集まろうとも手も足も出ないことだけだ。

そんなくだらないことを考えている間に、その存在は動き出す。


「ッ!」


と同時に感じ取る違和感と強い消失感。これは……


「……見えない……!いや違う!奪われた・・・・!」


ダンジョンが……奪われた……!

なぜ……!?ここのダンジョンの支配権は僕が握っている。支配権はそんな軽いものじゃないし、この存在がいくら危険だろうと、それを奪うことなんかできるはずが……


……いや、実際に奪われてるんだ。出来るんだろう。だけど、一体、どうやって……


〔やっぱり、ね〕


突然納得の声を出したその存在の声は、奇妙な事に壁の内側に引きこもったはずの僕にも明瞭に聞き取ることが出来た。いや、聞き取るというよりは寧ろ、世界がこの存在の声を聞いて、それを僕は間接的に聞いてるだけのように思える。


〔見つけたは見つけたけど、あまりにも反応が弱々しいし、広範囲だった〕


突然ひとりで喋り出したその存在からは、その存在圧に乗って僅かな苛立ちが感じ取れる。

たったそれだけで、生存本能が再び警鐘を鳴らし、体は強ばる。


〔だから最初は、欠片の中でも特に小さい、粉みたいなものが一箇所に集まっていたのかなって思ってた〕


いや、違う。たしかに傍から見れば独り言だけど、その存在は、一人で喋っているように見えて、実際は明確に何かに語りかけているように感じられる。


〔でも、違った〕


たった一言。その他った一言で、僕のダンジョンが悲鳴をあげるように軋む。その存在が瞬間的に放った怒りの波動に、ダンジョンが耐えれなかったんだ。

そして僕がその存在に対して抱いた感情は……


〔こんな方法があると想定しなかった■■も■■だけど……流石にこれはやりすぎたね〕


親近感、だった。


〔宣言しよう■■『■■■■■■・■■■■■■』。■■の成れの果てよ〕


その感じられる気配から、いかに荒々しい雰囲気が漂おうとも。


また・・、殺してあげよう。今度はあの時みたいに、手心・・を加えるつもりは一切ない〕


そこに感じられるある種の懐かしさが、僕から恐怖を拭い去っていった。


〔僕を久しぶりに怒らせたんだ。砕け散る・・・・程度で終わると思うな〕








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