ソレ

(一瞬にして温度が変わる感覚というのは……もしかしたらこういうものなのかもしれませんね……)


 カーターは溢れ出る魔力を無理矢理制御しながら心の中で独り言ちる。

 そもそも、ダンジョンマスターが理性を持って対峙してくるなど、それこそ前代未聞の大事態。

 そして、それ以上に、目の前の上手く認識することが出来ない存在など、どうやって予測せよというのか。


(普段なら予想していなかったのかと問うところですが……さすがにこれは予想外すぎますね……)


 カーターら「迷宮殺し」は実力こそまだ中堅レベルだが、各々が保有するユニークスキルにより臨機応変な対応が出来ていた。

 討ったダンジョンマスターは両手の数で数えられるほどだし、そもそもまだ弱いとされる生まれてから数年程度しか経過していない個体のみだった。しかしそれでも、周囲からは新進気鋭のパーティーと目されている。


 実力と運がモノをいう世界で、カーターのユニークスキル『剣能憑依』はその力が突出していた。

 1度は直接その剣に触れなければならないし、剣の形状をなるべく憑依元に近づかせなければコストは跳ね上がるなど、細かい制限はある。しかし、そのようなちゃち・・・な制限が気にならないほどに、神剣・・の力を振るうことができることはただ只管に恐れ戦く事だったし、逆にその傘下にある者は大きな安心を抱いていた。

 それは、いざとなったらきっと護ってくれるという期待の現れだったし、同時に思考停止でもある。

 そしてそれは、微量の水銀のような毒となり、徐々にカーターを油断の坩堝へと落としていく。

 自分ならば大丈夫だという油断と慢心をカーターは、今、生命の危機に陥って初めて自覚した。


 そもそも、くだんのダンジョンマスターが壁に閉じ籠るまで、劣勢ではあったものの押していたのだ。

 秘策の《拳聖の》をギリギリで防がれ、あまつさえ右手を失った。

 その対価と言うべきか……カーターは新たなユニークスキルを発現させた。


 ユニークスキル『我が身は刀にmy bodyして剣にしas theて刃であるsword


 それは、自身の体を剣として作り替える力。

 形状など、それこそ息を吸うような感覚で変えることが可能であるし、何より、多少の魔力消費はあるものの、材質を一時的にから別のものにすることが出来る。

 そのため、『剣能憑依』に課せられた制限のひとつが、実質的に無くなったようなものである。


 また、極限まで絞り尽くした魔力も、同時に発動した捻魔法■■の干渉神秘blessingの柩 curse』によって急激に回復している。


神秘blessingの柩 curse』の効果は2つとシンプルであり、それ故に強力である。

 1つ目の効果は魔力と肉体の高速再生。

 主にこの効果で、カーターは肉体を、特に腕を剣としながら再生させた。

 2つ目の効果は各種の強化。

 感覚や身体能力はもちろんのこと、思考能力や魔力濃度の上昇などの効果を持っている。


 これならば、そして瞬時に形成したに憑依させた『卑剣・傷舐きずなめ』ならば、あの悪魔の子ダンジョンマスターを今度こそ殺めることができる。

 カーターはそう確信していたし、事実、《剣能憑依》で憑依させた剣にはそう出来るだけの力があった。





 ■





 卑剣・傷舐


 それは邪な鍛冶師が邪な手段を使いながら鍛造した業物にして呪具のひとつだ。

 この一振を作るのにスラムの子供の約半数を使い潰し、その怨念を刃にした正真正銘の狂器。

 内包する力はその名の通り、切り付けた対象が負った傷を更に悪化させること。だがそれだけならば、切り札なり得ない。

 真に凶悪なのは、居場所さえはっきりとしているならば、振るった対象がたとえ中空を切り裂こうとも、その刀身に渦巻く少年少女の怨念が必ず対象に自身らと同じ境遇を味合わせる。

 さらにこの剣の能力を使うのに装備者は一切のリソースを必要とせず、代償も必要ない。


 強力な剣だが、カーターはその出自故、この剣を振るうことをよしとしなかった。

 大元の『卑剣・傷舐』も教会にて浄化後、破壊済みであるので、全く同じ手段を使わない限りは二度とこの剣が存在することは無かった。

 唯一の例外がカーターの『剣能憑依』のみであるという点なので、自身が死ぬまでこの剣は封印すると決意していた。


 にも関わらず己が信念を曲げてまでこの剣を使うのは、一重に覚悟の現れ以外の何物でもない。

 ここでこの剣を使わず死ぬくらいならば、ダンジョンマスター共々自分も死ぬ事で、あの男を生かそうとする決意だ。





 ■





 そして、これまでにないほどに集中して練り上げた剣気と魔力と共に振り下ろそうとした時に、いきなりソレは現れたのだ。

 壁に引き篭ったソウは突然現れた、と感じたが、実際にその光景を見ていたカーターとしてはソレに恐怖を抱かずには居られなかった。


 ソレは、突如として現れたのではない。

 空間に罅が入り、グジュルブヂュル、と、不快な音を立てながら灰色のナニカが滲み出て、人型に成形された・・・のがソレだ。


 あまりの異形と発する存在感に正気を疑ったカーターは、決意すら忘れて呆然とするしかない。

 加えて圧倒的格上の、本気の怒気を間接的にとは言え味わったのだ。制御を離れた魔力は沈静化しながら余剰分を空間に放出し、鬼気迫る剣気は霧散する。

 その気配を察したのか、ソレはカーターへと意識を向け……再び、怒りを顕にした。


 〔そしてもうひとつ、いやふたつ、かな。許し難いことをしたようだね〕


 ぶるり、と、身が震える。

 冷や汗が、とめどなく溢れ出る。

 呼吸が荒くなり、瞳孔は完全に開かれ、血の気は失せ、鳥肌が全身を粟立たせ、歯は信じられない速さで打ち鳴らされ、鼓動は異常に早くなり、耳はそれらの音を煩いほどに響き渡らせ、理性は逃げろと叫び、本能は既に死を受けいれ、体は意識を失わせようとする。


 〔【■■■■■■】の不正利用。言ってしまえばこれだけに尽きる〕


 怒りの原因がわからない

 耳鳴りが煩い

 体はソレが何か言う度にびくりと痙攣しているのに、意識を失えない


 なぜ自分がこんな目に遭うのか

 何がソレをこんなにも激情に駆り立てるのか


 わからない

 分からない

 解らない

 判らない


 〔しかし、しかしだ、『■■■■■■』。それほど【■■■■■■】を、あまつさえ利用しているならば、なぜ分からない?特性を知らない?【■■■■■■】が完成した経緯を知らない?〕


 その声に込められているのは、先程とは打って変わって、失望の色だった。


 〔僕は・・僕ら・・は、その逸話・・伝承・・、時の重みを背負うモノ〕


 ソレは既に、カーターを見ていない。

 そもそも、カーターを見たのだって余剰魔力が大量に放出されたからにほかならない。そしてそれがソレの関心を引いたのはその瞬間だけだ。


 〔故に、それを最大限に侮辱する貴様の行い、既に罪深いものだと知れ〕


 今度は、音もなかった。いや、そもそも動いたという認識すらできていない。

 カーターが認識できたのは、ソレが腕らしきナニカを虚空へと向け、少し突き出すような動きをしたところまでだった。


 〔毒に蝕まれ・・・・・思考は狂い・・・・・自分が自分で無く・・・・・・・・なる感覚・・・・を自覚しながらゆっくりと消え失せろ・・・・・


 直後、再びゾクリと背筋が凍りつく。


 ーーーーーaaaaaAaaAAaaxaxa!?!?


 聞こえてきたのは、理解不能な悲鳴のようなもの。

 ただ分かるのは、ソレが何かをしたのだろうということのみ。

 それっきりソレは興味を失ったかのように、または再び興味をカーターに戻したと言うべきか、ゆっくりとカーターへと意識を向ける。


 〔さて、と。きみは、そうだね……〕


 ────殺される!


 気づいた時には、カーターは踏み込んでいた。

 形成し直した手のひらから伸びるのは、倶利伽羅剣そのもの。

 器はカーターが自身をユニークスキルによって寸分変わるところなく形成したもの。それに宿るは倶利伽羅剣の能力。つまり、これは本物の倶利伽羅剣であるということ。


 惜しげも無く魔力を使い、最大限に強化された魔を絶つ剣は.......果たして、ソレを真っ二つに切り裂いた。


 が。


(これ、は!)


 カーターは異様に軽い感触に、咄嗟に倒れ込むようにして、本来なら来るはずがない攻撃を回避しようとする。


 しかし、追撃は来なかった。

 泥臭く横に転がりながら改めてソレを見ると、数瞬前迄と何ら変わらぬソレの姿があった。


 〔……腕はそこまで悪くはない。惜しむらくは……〕


 そこまで聞いて、カーターは己が一部を失う感覚に、咄嗟に右手の剣へと視線を向ける。

 そこにあったのは、等身が半ばから失われた倶利伽羅剣。


 〔その手の武器が、ただのガラクタであるということかな〕


 ただの、ガラクタ。

 それは、倶利伽羅剣を奥の手としているカーターにとって、心を折に掛かるには十分な言葉だった。


 力なく垂らされた腕からは残された倶利伽羅剣がユニークスキルの解除によってカーターの手と同化し、カクンと膝が折れ地面に着く。


 完全に、カーターの心は折れてしまっていた。


 〔……ふむ……少しは面白いところがあると思ったけど……とんだ期待はずれだったかな〕


 その言葉に反応する余裕は、カーターには無い。

 既に、彼は自分の死を受け入れてしまっていた。


 〔そうだね……ここで殺してしまって回収・・してもいいけど……〕


 チラと、ソレは土で覆われた球体を見る。


 〔こちらの方が、いい機会になるかな?〕


 今度はカーターに手のひらを向けると、ソレはソレの力の一端、その欠片を使用する。

 先程放った一撃では無く、あくまでカーターをこの場から排除するためのチカラだ。


 〔干渉……指定……『重ねて移そう』〕


 言葉と共にソレから魔力では無い、何がなにやら分からないモノが溢れ出て、カーターを消し去る。


 次にカーターが目にしたのは、自分を覗き込む驚きに染った筋肉バカだった。





 ■





 〔もう気づいたろうけど、出てきなよ〕


 恐怖と親近感という本来なら相容れない感情に混乱はしたけど、それよりももっと驚くべきことが起こった。


 基本的に、僕の、というか、迷宮の基本原則には、時空系統の能力で内外と行き来できない、というものがある。

 迷宮は異次元に存在しているので、時空系統の能力で行き来するというのは、それこそ世界間で転移をするということに他ならない。


 なのに、事も無げに、その存在は剣士を迷宮から立ち去らせた。


 それはつまり、この存在が世界間で転移を可能としているということであり、息をするようにこの安全地帯から僕を引き出せるということだ。


「……わかっ……た」


『マスター!危険で───!』


 〔煩い〕


 その瞬間、プチンと何かが切れた。

 感じられたのは、ヒカリとの繋がりが音を立てて切れた、ということ。


「おま、え!」


 気づいたら、動き出していた。

 すぐさま『迷宮内転移』で背後に回り込み、手のひらに『完全掃除』を纏わせて殴り掛か────!


 〔はいストップ〕


 いつの間に、僕は倒れ込んだ?

 迷宮内なのに、把握出来なかった。

 この存在の姿形は把握出来ないけど、僕の動きは完全に把握出来ている。それなのに把握出来ないとは、つまり……


 〔考察はいいけど、まずは話そっか〕


 また気づけば、僕は座らされていた。

 そしてその存在の手、正確にはその少し上に、見覚えのある球体……ヒカリが浮かべられていた。


「かえ、せ……返せ!」


 〔残念だけど、それは出来ない。これは決定事項。いいね?〕


 良くない、全然良くない!

 くそ、ぜんぜん、動けない!


「それは、ヒカリは……!」


 〔ヒカ……あぁ、これ、か。そう……もう、そこまで……〕


 その存在が、何故か悲しそうな声で返答にならない返答をしてくる。

 だけど、そんなこと知ったもんか。


 いまは、ヒカリを取り戻すことこそが第一優先事項!


「くそ、『強制召喚─』」


 〔……いい加減、話を聞いてくれないかな?〕


「がっァ」


 何、が……








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