破裂
一旦息を吐き出してから、少し整えるように数度呼吸する。
それと並行して周りを『全視の迷宮眼』で確認しながら、さっきの一撃で大幅に減少した魔力を『蓄積の奇眼』で補充する。
取り敢えず、一番厄介な奴は殺すことに成功した。残す僕の『敵』はあと2人。
そのうち1人はだらしなく失禁しながら震えてる。チッ、僕のダンジョンを汚しやがって……!
やっぱりこいつは最後にダンジョンの壁に埋めよう、そうしよう。
いや待て、僕。冷静になれ。もう1人の方が実質的に厄介だ。まずはそいつを殺すまで油断はす……
パンッ……
「ぅぐ!」
何故かよく響いた破裂音の後に、頬を伝う粘っこい液体の感触。
何も、見えない。真っ暗だ。
咄嗟に目を手で覆うと、途端に激痛が眼を、それも『並列の奇眼』によって位相がずらされているはずの魔眼をも同時に襲う。
(クッ……『全視』……『吸力』……『蓄積』……『偽リ』……)
「ぎ!がぁあ?!」
何、で……どうして魔眼も邪眼も奇眼も道化眼も使えないんだ……!
■
《非消炎》で隔離され、《粘空》で物理的に動きを封じられ、《逆動》で普通に動くのすら儘ならない中、カーターはかろうじてソウの目玉が破裂、正確には
「……ようuやく……斬レましtか……」
そして、あの悪魔の子は混乱中、と小さく呟く。
今、カーターは何もしていない。と言うよりも、出来ない、と言った方が正しい。
《非消炎》で少しでも動けば焼け死んでしまう。
《粘空》で動きが制限され、本来なら拡散するはずだった《非消炎》がその場にとどまっている上、息も思うように吸えない。
少しでも動けば焼け死んでしまうのに、《逆動》で動きが混乱してもし間違えれば《非消炎》に突っ込んでいってしまう。
もちろん、声も《逆動》と《粘空》の制限下にあるため、発動者のソウといえど『完全耐性』と『魔喰』が無ければ動けない状況なのである。
そんな中、少し辛い、程度の労力で声を出したカーターの適応能力は相当に高いと言えるだろう。
(ですが……いくら私が生き残ったところで、あの村の皆さんが生き残っていないと、意味が無いというのに……!)
生憎と声に出すのが難しいので、思考でそう嘆くカーター。
(もっと私に力があれば……いえ、これは考えるだけ無駄ですね)
普段のカーターは、常に最悪かその1歩手前当たりを想定して思考している。
たまにその思考に楽観が交じることもあるが、なんだかんだ言ってすべて上手くいってきた。
問題は、楽観的に考えた時にうまく行き過ぎてしまったこと。
一度や二度ならまず気にならない程度の幸運。
しかしそれが五度六度と続いてしまうと、ちょっとした想定外ですぐに綻びが生まれてしまう。
(思えば……いつも私が危なくなったら、身を呈してロスが助けてくれてましたっけ。ふふ、何が時期剣聖ですか。助けが無ければ、発生したばかりのダンジョンマスターでさえこのざま。まったく、私に剣聖の名は相応しくありませんね)
そのちょっとした綻びによって陥ってしまったネガティブな思考は、少しずつ、カーター本人でさえ気付かないうちに声を大きくしていく。
しかし、その思考とは裏腹に、
そして一瞬ソウから視線を外すと、若干気絶しかけている村の精鋭最後の生き残りをちらと目にする。
(せめて、彼だけは生かしておかなければ……。恐らく、いえ間違いなく私の命と引換、でしょうね……。ですが、ここで諦めたらあの悪夢が再現されてしまいますから、ある意味仕方が無いと言えるかもしれませんね……)
そして、あまりの恐怖で気絶してしまった彼から未だに痛みに困惑している様子の
(さてまずは、この動きの制限をどうにかしないといけませんね。差し当っては……)
そう思考しながら、
また、魔力を纏うことで若干ながらにではあるが、あらゆる炎や熱による干渉の耐性を獲得し、《非消炎》の効果も無理やり突破する。
《逆動》はいつの間にか切れていた。
(これでいいでしょう。相変わらず息は苦しいままですが)
無意識のうちに体は効率的に走り始め、一瞬でソウの元へと移動する。
その勢いを殺さぬように重心移動を持って一瞬で停止し、右手の中指が頂点となるような三角形の手刀を耳のやや後ろで引き絞る。狙いは
そして……
(お借りします、今代『
カーターの手刀が、淡く祝福のように光り出す。
■
剣士系統のジョブに就く者でも最も才能に溢れ、誰よりも自分の信じる剣に真っ直ぐである者が就くことが出来るジョブが剣聖とするならば。
武闘師系統のジョブにつく者でも最も才能に溢れ、誰よりも拳撃による攻撃を得意とする者が就くことが出来るジョブが拳聖である。
互いに繰り出す技も違えば、前提も過程も結果も違う。
しかし時に、
その
世にも珍しい半身が同じ割合で結合した結合双生児の、当代『剣聖』にして『拳聖』の言葉である。
カーターの《剣能憑依》は、主の願いに答え、過去に触れた『拳聖』の拳を宿らせる。
本来の力ではないことをした罰であるかのように、莫大な魔力と使用後の右手の肉塊化という対価をもってして。
■
神剣 倶利伽羅剣
その力の本質は、『魔を絶つ』ことである。
悪である『魔』。魔法や魔力の『魔』。スキルの『魔』。光を浴びる『魔』。闇に潜む『魔』。感情の『魔』。悪魔の『魔』。人の『魔』。神の『魔』。世界の『魔』。生の『魔』。死の『魔』。……そして何より、自らに潜む『魔』さえも絶ち、神剣という究極の剣の一席へと名を連ねる力。
そんな力を持つ倶利伽羅剣が、果たして、『
答えは、否、だ。
この剣は、『魔を絶つ』剣だ。
では、『絶つ』とは一体どこからどこまでを『絶っ』てしまうのか。
それはもう、
絶った『魔』を起点として、そこから遡った根源まで、だ。
カーターは
本来ならば一瞬で現れる『魔絶ち』が数秒の時間を経て効果を発揮したのは、曲がりなりにも『無璧の魔眼』という抵抗力を奪う『魔』の力を常時浴びてしまったため。
そして敢えて述べよう。
先程見せた『
『
そして頼みの綱のダンジョンマスターとしての回復能力は、『魔絶ち』によって体に魔力が一切ない状態だから、宛にならない。
つまり、
■
クソっ……何も、見えない……!
いや、見えなくも、音は聞こえる。だから分かる。
『敵』の残りの二人のうち、どっちかが僕に向かって距離を詰めてくる。だけど、具体的にどこにいるのかは分からない。僕の目の前なのか、僕の右隣なのか、左隣なのか、真上なのか。
真下は無い筈だ。そんなスペースはない。
真後ろもない筈。僕の後ろに回り込んだ音はしてこない。詰まり、来るなら大雑把に四方向……!
幸い、まだヒカリとの『迷宮核同調』はまだ発動している。だから、少しぐらいなら、思考に時間を回せるはずだ。
最後に確認したあの二人の位置関係は、剣士が真正面やや右より、村のヤツが左やや前。そして音が聞こえてきたのは右方向。だとしたら『敵』は剣士の方か?
いや、恐らくそうだろう。わざわざアイツが右に回り込むとは考えずらいし、それならまだ剣士の方が分かる。
それにしても、剣士の方に限っては剣がなくなっても警戒は怠らないようにしていた。だからあいつがなにかすればすぐに分かったのに、僕は眼が潰れるまでそれを感知できなかった。
単純に僕が見逃したって可能性はあるけど、僕は仮にも魔眼族の、視る種族の《王》。そう簡単に"視"逃すことは無い筈だ。
詰まり、あいつが何かしたのは恐らく僕のダンジョンに入る前、それもかなり遠くから。
もしそうだとしたら、恐ろしい限りだ。
僕の監視領域外から一方的に嬲られるようなもので、しかもそれが必中なんだから。
ただ、もしそんなことが可能ならダンジョンの外で待ち続けてればいい話のはず。何よりそんなことが出来そうな筋肉のくせに魔力が異様に多かったヤツは、『試練と選定』のお陰でダンジョンに干渉できない。
だとしたら一体どこで……?
いや、それは後で考えよう。今のタイミングでそれを仕掛けたってことは、なにかそれ相応の理由があるってことにしておこう。
そして、僕の中で改めて優先順位の確認。
第一位
ダンジョンコアであるヒカリを傷つけさせない、見つけさせない。
第二位
僕自身が死なないようにする。
第三位
復讐。
第四位
LIPを集め……
そうだよ、そうすればいいんだよ!
「『
LIPを使えばダンジョンは僕の手で加工しなくても自由に形を変えられる。
なら、それを利用して壁を生み出してしまえばいい!
■
カーターの放った
その壁はダンジョンの壁であるので、当然無傷。
対して、いくら強化しようと所詮は生身の人間のものであるカーターの
「…………ッ!」
普通ならば絶叫をあげ、場合によっては意識を失う重症。それをカーターは、あろう事か自分の左手で右手
「ッ!はぁ、はぁ、ゥグッ!」
脂汗を垂らしながら見つめる先にあるのは、周囲の床と壁と同質の素材でできた繭のようななにか。
それをカーターは、一目見ただけでダンジョンそのものだと理解した。
『ワタシに壊せないのは、ダンジョンくらいかしらねぇん』と語っていたアッシュ氏の言葉を思い出したのも大きいだろう。
「クッ……!ここまで……でしょうか」
思い出が、堰を切ったように溢れ出る。
最初に思い出されるのは、まだカーターとロス、二人の住んでいた村が穏やかに存続していた記憶。
その中でカーターとロス、ほか数名の子供たちは、何かをして遊んでいた。
何をしていたのかは思い出せない。
大事な記憶のはずだが、憎しみによって消えてしまった。
そしてその様子を微笑ましくチラ見しながら、せっせと農作業に励む大人達。そしてその手伝いをする少年の姿。
次いで思い出されるのは、家族の顔。
大事な記憶だが、これも憎しみと悔恨、そして悲しみによってズタボロだ。
誰が、最愛の家族がモンスターに食われる場面を積極的に思い出したいというのか。
最後に思い出すのは、ダンジョン入口で誓い合った親友の姿。
あいつは悲しむだろうか。怒り狂うだろうか。いや、あいつのことだ。精霊の一体くらいはつけて見ているだろう。だったら、私の敵をうってくれるか……
そんなことばかり考えながら、いると、ふと左に視線がいった。
そこには相変わらず気絶している男の姿。
何を思ったのかはわからない。
何を感じたのかはわからない。
ただ、その姿を見て、感情が爆発したのは確かだった。
「あ、あああああああアアアアアアア!」
《ピロン!感情閾値が臨界点を突破!unique skillが発現します!》
《ピロン!強制介入します!》
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