蘇生

「ごふっ……」


(……え?)


……心臓の致命的消失を確認……


(あ“ぁぁぁぃ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……)


……『並列思考』スキルより、痛みに苦しむ思考から理性と冷静さを失っていない思考のみより分け、体感覚から切り離す……完了……


(痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイ……)

(……EXスキル『迷宮主ダンジョンマスター』を起動。内包するスキル群より『迷宮核同調』を選択。同調段階確定、選択するのは、第三段階『演算領域同調』……第一段階『魔力同調』……完了。続けて第二段階へと同調深度を深化開始……)


『(……!マ、マスター!だ、大丈夫ですか?!)』


(イタイイタイイタイイタイ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……)

(……魔力による思念のやり取りを確認。第二段階『思考同調』を完了。続けて、第三段階へと同調深度を深化……)


辛うじて見えていた地面に広がる血だまりが、見えづらく霞んでくる。同時に本能と感覚で理解した。僕の生命力HPは、もう残り少しだと。


『(そん……マ…タ……なな…………でく……い!)』


頭に直接聞こえるはずの、ヒカリ迷宮核の声が、聞こえずらくなる。どうやら、思考能力まで落ちてきているみたいだ。


(死ぬ死ぬ死ぬシヌシヌシヌシヌしぬしぬし……)

(……第三段階『演算領域同調』による演算速度の向上を追認。及び、危険を考慮し、『演算領域同調』の同調深度を40%で打ち止め……)


世界がゆっくりになる。どこか近くて遠い所で憎い声が聞こえるけど、それすらもゆっくりになって聞こえなくなる。

だけど、同時に苦痛すらもスローに感じられるようになって、痛みに呻く思考が絶叫をあげ始めた。


(─!──!────!?───────!!)

(……残存HPを確認……残り、11。毎秒1の速度で減少。あと10秒足らずで、僕は死に至る)


冷静に、それを確認。


(────……ぁ……)

(……僕が……死ぬ?)


普通に考えれば。

僅か10秒で心臓を修復したうえで、そこから蘇生するなんて、当然の事ながら無理な話だ。いや、高位の治癒術を使えば、多分死なない。だけど、僕は治癒術なんて使えない。

だから、僕が死ぬのは、ほぼ間違いない。

このまま何もしなければ、あと9秒で僕は死ぬ。

生物としては、当然の摂理。

こんなに血を流して、しかも、心臓すら消失したんだから、死なない方がおかしい。

僕がそんな致命傷を負っているにも関わらず、ここまで思考を重ねなれているのは、ひとえに、僕が迷宮主ダンジョンマスターという自身の細胞を自分の魔力と空間に漂う魔力粒子で自動生成する生物だから。

今も、僕の魔力と魔力粒子で少しずつ細胞を増やして治癒しているけど、何かの力が働いてるらしく、僕の命が尽きる方が治癒するよりも早い。


つまり、僕の【死】は、僕がどうこう考えるまでもなく、既に確定事項らしい。

それ自体に異議はない。

そもそも、僕は、極論を言ってしまえば、いつ死んだって、構わない。

それこそ、今死んでしまっても。


でも、それだと、僕の願いが、望みが叶わない。


名無しという個人は納得しても、ソウというダンジョンマスターにして魔眼王たる復讐者は、納得しない。


だからこそ、必死に生き残るための手段を無意識的に意識してやったんだから。


そして、もし、許されるならば。


僕自身の力だけじゃなく、ヒカリという存在がいて、初めて僕が生きながらえることが出来るなら。


(……『魔喰マジック・イーター』、『並立の奇眼』、『吸力の邪眼』『偽リノ道化眼』、『全視の迷宮眼』を起動……)




僕は、僕自身に迫る【死】を拒絶し否定する。



(『全視の迷宮眼』で視認・・……魔力を食らいつくせ『魔喰マジック・イーター』、『吸力の邪眼』。全てを偽れ『偽リノ道化眼』)


僕は、この部屋に存在する魔力を根こそぎ奪い尽くす。

その魔力を肉体再生に回して、細胞の回復を早める。その時、ヒカリの演算領域を借り受けて認識できるようになった細胞一つ一つを、手作業で爆発的に増やしていく。


変な力が阻害してくるけど……圧倒的な物量には関係ないよね?


(修復度……100%)


ドクンッ!


心臓が再び動き出す。

それと同時に失われた血液を魔力で再生させる。


にしても……上手くいった。ぶっつけ本番だったけど……やれば意外と上手くいくもんだね。

僕が試したのは単純で、魔眼を通して魔眼の力を発動させること。

僕のユニークスキルの銘は『可能性の眼』。恐らくだけど、できると信じてやれば、そこに可能性があれば、その可能性を救ってくれる能力もあるんだと思う。但し、『眼』限定だとは思うけど。


そしたら次は……


(『偽リノ道化眼』発動)


『偽リノ道化眼』で、僕自身を偽る。ただただ倒れ臥しているように見えるように。

今からやろうとしているのは、ヒカリと同調している時、しかも『演算領域同調』をしている時だけしか使えない、切り札の一つ。


「『動くな揺らすな乱れるなそこにいろ!君らは全て僕の支配下』」


「『汝は何故、どうやって動くや?なぜ手をあげようとすれば上がるや?上がろうとする手はなんで下がるとは考えんや?では、命じよう。手は下がり、足は後ずさり、腰は引け、目は下を向く』」


「『今、一つ世界に喧嘩を売ろう。我は求める。消えることなき炎を。認めろ、逆らうな、ここは僕の領域だ』」


詠唱、そしてそのまま保持。

難易度が高く、だけどやろうと思えば誰でも出来る魔法技術の一つ、『発動遅延』。


魔法のイメージと、その魔法に使う魔力を別々に保持しながら、発動するまでその魔法に対する意識を継続して使わなければいけない。

普段なら『並列思考』スキルの助けもあって、最大でも2つしかできない『発動遅延』を、今の時点で3つ。


「『零れ落ちる生命いのちの紅き水、その水源。我は汝に命ずる。閉じるな!そのまま生命いのちを零し続けろ!』」


4つ。


「『集え集え満ち満ちる風の子よ、我が意に従い敵を討て』」


5……


「おいにぃちゃん、後は確かダンジョンコアってのをぶっ壊せばいいんだよな?」


は?


「え、えぇ。そうすればこのダンジョンは次第に崩壊し、また新たなダンジョンが出現するまでは単なる洞窟のようなものになるでしょう」


壊す?何を?ヒカリを?


「ふん、そうか。そんじゃ、どこにあるか探すか」


いや、落ち着け、僕。こいつらにヒカリは見つからない。焦るな、機を間違えるな……


「えぇ、そうしますか。少々待っていてくださいね。いま、ダンジョンコアの居所を検知する魔道具を」


ブチッ


っと、何かが僕の頭の中でキレた。


「させないよ、そんなこと」

(『無壁の魔眼』、『完全掃除』)


気づけば僕は、そんなことを呟きながら、少しだけ弛緩した様子で緊張感が抜けていたヤツらを、掃除していた。








「な!?」


「くっ、そが!」


「へ?ぁぁぁあ!?」


突然味方の大半が消えたからだろう。

アイツらは、最後に意図的に残した村人を残して僕から反射的に飛びずさり、臨戦態勢をとった。

そして残されたヤツは、その場で腰を抜かしてなんか意味不明な叫びをあげている。はっきり言って、鬱陶しい。


対して僕は、今更ながらに自分のやったことに後悔し始めていた。

けど、それはそれ。

後で笑いながら反省すればいい。

今は、この状況を何とかしないとね?


僕は、僕自身の血でできた血溜りからゆっくり起き上がる。


「クッククク……」


どこからか嗤い声が聴こえてくる。

少し疑問に思ったけど、すぐに分かった。


あぁ、この嗤い声出してるの、僕だ。


「クハハハハハ……」


この僕の有様に、腰を抜かしたヤツはギョッとしてるけど、残りの2人はますます警戒を深めたみたいだ。


「あははははははは!」


それにも構わず、僕は嗤い続ける。


「貴様、何故生きている!」


なんか問われてるけど、いや、あのさあ。

わざわざ手の内を晒すなんてこと、すると思う?


「ははは……ふぅ……今度は、油断しない、目を逸らさない」


その問いには答えずに、僕は初めて、こいつらを、僕の『復讐相手と取り巻き』から、『敵』に格上げした。


『敵』には、容赦しない。

嬲らないし、油断しないし、驕ったりもしない。


「何を……」


「《粘空》」


『発動遅延』で保持していた一つを解放。

《粘空》は、言ってしまえば空気を流れなくさせて、動きを遅くする魔法。


だから、油断せず、慢心せず、堅実に1人ずつ、的確に殺していこうとする今の状況にはあっている魔法だと思う。


「ぬっ!」


「これはっ!?」


「ひぇぇぇぇ!」


「つづけて《逆動》、《非消炎》」


表層意識に干渉して、思った動きと逆の動きを強制させる領域を作り出す《逆動》。


あらゆる手段を持ってしても、僕が命じるか最初に込めた魔力が尽きるまでは燃え盛り続ける、という契約をした炎を生み出す《非消炎》。


この三つの魔法で、3人の『敵』を足止めしつつ、継続的にダメージを与える。


「くぅ!」


「クソがっ!」


「た、たす、助けてくれぇぇぇ!」


1人、見苦しい奴がいるような気がするけど、無視しよう。なんか決意が無駄になりそうだし、憎しみが増大しそうで視野が狭まりそうだから。


そしてそれを認識するかしないか。どっちだろうか、分からない。


僕は魔法を放った直後には、もう駆け出して一人の『敵』を目指していた。


「よりにもよって俺か……!」


そりゃあね。

単純に遠距離攻撃ってあるとキツイだろうし、何よりアンタは僕を1回殺しかけてるんだ。


もう1度同じ攻撃を受けて無事でいられる保証なんてどこにもない。

だから、魔法の効果があるうちに、決めさせてもらうよ、ゴミクズエルバン


「チッ!」


でも、流石は老齢の狩人、か。


大して同様を見せず、素早く弓に矢を番えた。

そこに一切の淀みはなく、何より早い。


即座に矢筒から矢を引き抜く技量といい、判断力といい、もし普通に会えてたら習いたいところだよ。


「っ!」


来た。

飛んでくる矢を、僕は極度に遅くなった視界と思考で見つめる。

勝負は一瞬。恐らく、これを間違えれば、僕は今度こそ、次は頭を射抜かれて死ぬ。


だから集中する。集中して集中して凝視して、眉間に当たるか当たらないかの距離に詰められた時……


(『迷宮内転移』!)


僕は一瞬でエルバンの背後1センチに移動。

即座に手を伸ばし、背中に触れ、保持していた魔力を解放する。


「《不治の呪傷》《爆風玉》」


傷を癒すことが出来なくなる《不治の呪傷》と、ゼロ距離からの《爆風玉》。

それも、『蓄積の奇眼』から魔力を限界以上に引き出して半ば暴発させる形で放った僕の渾身の魔法。

以上に込められた魔力による働きで、絶望的なまでのステータス差を無理やり解消。


結果として、エルバンは背中に大穴を開けて、しかもそれを治せなくなったという致命傷を負った。


なのに……


「ぐ!」


「かぁっ!」


エルバンは、まるで痛みなど感じていないかのように僕の首に弓の弦を引っ掛けて、弓自体を一回転。完全に僕の気道を締めに来た。


頭に血が上る。

が、このくらいなら、馴れている。


そして僕が見ているということは、僕の魔眼の発動条件を既に満たしているということ。


(『並立の奇眼』、『無璧の魔眼』、『切削の魔眼』を発動!)


僕が狙ったのは、エルバンの首。


『無璧の魔眼』で抵抗力が奪い尽くされようとして、しかし、感触からして、多分あまり効果が出ていないということがわかった。

だけど、僕にとってはそれで十分。

『切削の魔眼』で僅かに弱まった抵抗力に漬け込むように、その部分から切り裂く。


既に背中から血は大量に出ていたのか、案外深く切れたのにも関わらず出血料は少なめだった。


そして一瞬無念そうな目をしたかと思えば、突然弓を握る手がダランと垂れ下がった。


「かっはぁ!はぁ、はぁ、はぁ、ふぅー」


僕は緩めそうになる緊張を無理やり張り詰め、一旦息を吐き出してから、少し整えるように数度呼吸する。





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