不明な力ほど恐れるものは無い。
しかしカーターは、電撃の行先には目をくれず、周囲を《俯瞰の魔眼鏡》と『気配知覚』を用いて警戒する。その様子を見て、周囲の村人と神官たちが警戒をより一層深めるのを"俯瞰"で確認すると、カーターは剣を支えにして荒い息を吐きながらダンジョンの地面に片膝をついた。
周囲を警戒していた者達は突然のことに戸惑うが、カーターは身振りで周囲を警戒するように伝えると、腰のポーチから薄く青に発光する液体……魔力回復薬を取り出し、即座に飲み干した。
カーターがここまで疲労困憊した理由。それは言わずもがな、『剣能憑依』のせいである。
『剣能憑依』は自身の持つ剣に、触れたことのある剣の能力を憑依させることの出来る能力なのだが、実はこの"憑依させる"事が意外と曲者なのだ。
なぜなら、一概に"剣"と言っても、大きさや重さ、比率、材質、果てには形状などなど、一つとして同じものは存在しない。そして、その剣一つ一つに付随する能力もたとえ同じに見えても内実微妙に違う。
そして、剣に付随する能力とは、その剣に最も最適化されている。
つまり、逆説的に言えば形状が違う剣に剣の能力を移植しても、移植された力を十全に引き出すことは不可能なのだ。
カーターが持つ剣の形状はオーソドックスなバスターソード。
今回憑依させた『
しかし、『雷連剣』の本来の形状は剣身が異常に長いフランヴェルジェ。
本来ならばカーターのバスターソードとは形状が違いすぎて、どんなに才能溢れる剣士だろうと能力自体を本来の1割、いや、7分引き出せればいい方であろう。
しかし、カーターの『剣能憑依』はその不可能を可能にする。
どんなに剣の形状が異なっていようが、そこにどれほど矛盾が生じていようが、憑依させることの出来る能力はオリジナルと変わらない。つまり、10割の能力を完全に引き出せるのだ。
しかし、流石にこの効果を実現するためにはノーコスト、では流石に済まない。
そしてこれこそが、『剣能憑依』の最大の長所にして最大の短所。
憑依させる能力を十全に扱うため、100%の力を引き出すためには、カーターの魔力を結構なスピードで消費しなければいけないのだ。しかも、『剣能憑依』で憑依させることの出来る能力は常時固定で100%であり、変動させることは不可能。
更に、憑依させる能力の強さによって魔力消費は増大し、維持をするためにも魔力を消費するため、『剣能憑依』は非常に強力な分、燃費が最悪に近いユニークスキルなのだ。
魔力回復薬を飲み干したカーターは数分で息を整えると、《俯瞰の魔眼鏡》で見える最大範囲を俯瞰し、取り敢えず危険はないと判断した。
カーターは一つ頷くと周囲で警戒を続けている者達に警戒続行を指示し、自身はダンジョン内に未だ入れないでいるロスの元へと歩み寄った。
「ロス、先程見たとおり、ダンジョンモンスターが出現しました」
「ああ、見てた」
「ロス、恐らく貴方はここで何時間粘っても、ダンジョン内には入れないでしょう。ですので、貴方は────」
先に村に帰還し、村の守護をお願いします、カーターのその言葉は、ロスによって遮られた。
「────皆までいう必要はねぇぞ。ダンジョンモンスターが出たんだ、早めに駆除しないといけねぇ。そのためには俺が足引っ張ってるってことぐれぇ分かってる」
カーターの真剣な眼差しに、ロスも真剣な眼差しで答える。
「俺は先に村に戻る。そこで万が一のことに備えてやらぁ。でもよ、カーター」
ロスは弾かれるのを覚悟でダンジョン内に拳を伸ばす。当然のようにロスの手は弾かれるが、ロスはその反発と痛みを意志の力によって捩じ伏せ、口元に笑みを浮かべた。
「ぜってぇ戻ってこい!俺達の村をやったダンジョンは
「……ふっ……誰に言っているのですか?私は曲がりなりにも能力的にも才能的にも時期剣聖に最も近しいと呼ばれている男ですよ?こんな所で終われる訳ないではないですか。……後顧の憂いは任せました」
ロスとカーターは笑みを浮かべると、互いに背を向けて歩き始めた。
ロスはカーターの後顧の憂いである村の安全を守るため。
カーターはダンジョンを攻略し、自身の力を高めるため。
そこには互いに対する一切の疑いがなかった。
□
「……チッ」
『……マスター、品がないですよ』
はぁ。だって、さぁ?不意打ちは完璧だったんだよ?しかも後ちょっとで殺せたんだよ?
それなのに、なに?あの男。味方を裏切ったと思ったら、なんか治してるし。
……やめやめ、うじうじしてる暇なんてない。
それよりも、あの男の使った剣……一体何なんだろ?
「あの男の持ってた剣は魔力を持ってない、ただの剣のはず。『迷宮掌握』でも間違いなく魔力の反応は無い。でも、それだとあの神官が回復した意味がわからない。自分で回復したんなら別だけど、あの反応からすると多分回復するっていう考えすら浮かんでない。でも、あの男があの剣を刺した瞬間に回復していった。あれは明らかに普通の剣じゃ出来ない。
だとすると、あの
……となると、もしかしてあの男のユニークスキル?
でもそうなると、どんな能力だ?
『マスター、まず先に謝罪させてください』
と、僕が思考に耽っていると、ヒカリから何故か謝られた。
「突然どうしたの?ヒカリ」
『マスター、誠に勝手ながら、先ほどの戦闘、マスターの視界を借りて拝見させていただきました』
へぇ。
「それじゃあ、あの男の能力を『解析の魔眼』で解析できたの?」
『完全に、とは言い難いですが、断片的にならば解析完了しました』
やっぱりヒカリは優秀だね。
「それじゃあ、解析結果はどんな感じだった?」
『はい、あの男のユニークスキル、名称は唇の動きを解析して『ケンノウヒョウイ』だと分かりました。能力は、多くの魔力を消費して自らが握る剣に能力を付与することだと思われます。ですが、恐らくどんな能力でも付与することが可能、という訳では無いでしょう。何らかの条件を満たせば付与できる、と考えるのが妥当です』
ふむふむ、となるとさぁ、ヒカリ。
『何でしょうか?』
「これってさあ、稼ぎ時ってやつじゃない?」
だって、さっき飲んでたやつ、多分あれ魔力回復薬とかの類だよね。飲めば数分で魔力を回復できるっていう、あの。
現に、さっきまで減少してた魔力が元の量に戻ってるし。
『そう、ですね。確かに、稼ぎ時ではあります』
だよね。じゃあ……
「ヒカリ、さっきの戦闘で稼げた『LIP』は?」
『1973です。ですが、たった今新たに継続収入として20稼いだので、合計1993です』
わお、大収入じゃん。
「それじゃあ、また新しくダンジョンモンスターでも創ろっか。今度は、大胆に『LIP』を使って、質よりも量に重点を置いて、嫌がらせみたいな魔眼を持ってそうなやつ」
丁度攻略も始まったみたいだし。
ぶっちゃけていえば、僕のダンジョンって、攻略の仕方、分かるヤツには簡単に分かっちゃうからね。でもこればっかりは仕方ない。僕の理想のダンジョンの形状だから、こればっかりは崩せないし。
「……さて、じゃあ、始めようか」
EXスキル『
『迷宮魔物創造』、種族名「
消費『LIP』、一体につき15。
創造数、100。
総消費『LIP』、1500。
「産まれろ、我が眷属、浮かぶ目たち!」
さっきと同様に、空中に魔法陣が生まれる。
さっきと違うのは、やっぱりその数と魔法陣の大きさだろう。
はっきり言って、このまったく同じ魔法陣が100もあると、少し薄ら寒いものを感じる。現に鳥肌立ってるし。
《ピロン!『集合体耐性』を獲得しました!『集合体耐性』は『
あ、ちょっと楽になった。
と、こんな事考えてる間にも魔法陣の変化は続く。
紫に輝きながら回転すると、魔法陣一つ一つから15センチ程度の光の玉が生まれる。
今度は地面に落ちることなく、空中で粘土のようにグニョグニョと形を変え、やがて大きな目に小さな羽が生えた姿を形作る。
徐々に光を失っていくのに比例して色がどんどん濃くなる。
血走ったように充血した白目に、感情を感じさせない赤目。そして両端に生える肉色の羽。
完全に生まれ落ちた彼ら彼女らは、小蟻のように勝手に動き回ることなく、その場でじっと浮遊している。どうやら、羽は飛ぶのにはそこまで重要じゃないらしい。
取り敢えず、『迷宮魔物詳細』を使って、こいつらのステータスを見ておくかな?
**********************
name:no name
age:0
race:
job:ダンジョンモンスターLv.1
state:通常
Magic aptitude:nothing
HP 30/30
MP 25/25
str 1
agi 8
dex 0
def 1
magi 6
race skill
平衡消失の劣等魔眼
迷宮内転移(回数制限:一回)
normal skill
飛行Lv.2
視界補正Lv.3
title
ダンジョンモンスター
魔眼王の眷属
劣等種
*****************************
……結構尖ってる。
でも、結構望み通りの種族スキルを持ってる。
『平衡消失の劣等魔眼』
これは、簡単に言うと平衡感覚を消失させるだけの、文字のまんまのスキル。制限として目を合わせないといけ無いけど、こいつら、見たまんま体の殆どが目だから、逆に目を合わせない方が難しいんじゃないかな?
そして制限がある分、自由度がある程度高い。例えば、右と左を間違わせる、なんてことも出来る。
ただ、こればっかりは劣等種の宿命なのか、魔力消費が大きいのが難点かな?
でも、結構いい能力だと思う。流石は小蟻の5倍。
さて、こいつらも忠実に待っていてくれてる事だし、早速指示を出そうかな?
「それじゃあ、君らの仕事を説明しよう」
今回の目的を話す。
「君らは侵入者を迷わせることに全力を注げ。但し、見つかったら見つかったで積極的に攻撃。少しでも『LIP』を稼げ」
『マスター、あの男の使った『ケンノウヒョウイ』という力。あれの解析と先程小蟻を葬った能力に対する警戒したいので、極力一体ずつ行動するほうがよろしいかと』
ん、そう?それじゃあ、そうしようか、期待してるよ?
『お任せ下さい』
さて……
「さて、さっきの話は聞いていたな?追加命令だ。一体で行動して、少しでも能力解析に貢献しろ」
命令は完了した。後は僕が命じれば各々の判断でダンジョン内の各地に転移してくれるだろう。
「……行け!」
その言葉を合図に、目玉たちは一斉に転移していった。
「……ふう……」
『お疲れ様です、マスター』
いや、大丈夫。
少しスキルを使いすぎただけだから。
『ですがマスター……』
大丈夫だって。ダンジョンマスターとしての体があるんだし、『
「何より、ダンジョンに侵入者がいるんだ、あまり休んでられないよ。もし空間転移できる奴がいたり、構造がわかる奴がいたらすぐにでもここに来るだろうからね」
『……ですが……いえ、分かりました』
「悪いね、ヒカリ」
ヒカリには心配されてるけど、ここで休んだらダメだ。
少しでも気を抜いたら、もしかするとさっき言ったみたいに空間転移できる奴がいて、すぐにでも僕の前に来るかもしれない。
一応、アイツらを殺す手段はいくつか考えてあるけど、実際にやってみないとわからないことも多い。
だから、警戒は続けなくちゃならない。
どれほど疲れていようと、ね。
そんなことを考えながら、『全視の迷宮眼』を発動した。
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