予兆の大地震からの(被)攻略開始

一寸先すら見通すことが出来ない闇の中、たった一つの蝋燭の明かりが、そこにいる細身の青年の顔と青年が持つ本を照らしていた。

そして、パタン、と。

青年がそれまで読んでいた本を閉じる音が、決して広いとは言えない宿の部屋の静寂を打ち消した。

その一拍後、余韻に浸る様子で目を一瞬だけ閉じた青年は、目を開けながら本に記述していた内容に対して自身の考えを巡らせていた。


「……ふむ、流石は最新版の研究論文、と言えばいいのでしょうか?私たちでも気づいていない事実を述べていますね」


その青年ーーーパーティー名『迷宮殺し』の剣士、カーターは、先程まで読んでいた本の感想をポツリと呟くと、自身の考察と論文の内容の擦り合わせを行い始めた。


(殆どの場合、ダンジョンの深奥にいるダンジョンマスターは記憶喰らいで喰われた人物の姿をそのままとる傾向にある。それは恐らく、もしそこまで辿り着いた者の中に喰われた人物の身内がいた場合、その者の戦力低下を招くためでしょう。では、本当に油断するのでしょうか?いえ、そんな事はしないでしょうね。何しろ私が今まで屠ってきたダンジョンマスターには知性の欠片などなく、ただただ我武者羅に能力値の暴力を以て排除しようしてきていましたし。アレでは折角の動揺が意味をなしません。ああ、いえ、そういえば記憶を取り戻す時はとてつもない激痛が走るのでしたね。ならば、確かに効果はあるのでしょう。しかし、それならばほかの仲間がフォローすればいいでしょう。流石にソロでダンジョンを攻略する馬鹿はいないでしょうし。そして今回のダンジョンマスターは、急拵えとはいえ牢屋として機能する場所に収監されていたようですし、罪人などの類でしょう。不殺殺さずの剣と言いましたか、あの、まるで剣としての役割を放棄したかのような剣で拘束されていた痕跡からして重罪人の可能性が高いですね。また、教会への連絡が異様に早かった件も合わせて、その者は何か教会に不利益をもたらす可能性があったようですし、此処は一度この村の方たちの記憶を戻してしまわないといけませんね。それも視野に入れてしまうと、如何してもこの村の方達とダンジョンに攻略しなくてはいけませんね。まあ、大丈夫でしょう。この村の方は普通に強いのでーーー)


「ーーーッ!」


その瞬間、カーターの止まっていた宿が、いや、村が、山が、空間が、世界が震えた。


その揺れは、何処か普通の地震とは違い、どこか規則的で、まるで生物の心臓の鼓動のようであり、同時に、ナニカの悲鳴のような、歓喜のような、そんな感じだった。


「っく、この揺れは……まさか……!ダンジョンが現れたのですか?!ですが、いえ!このような揺れなど、前代未聞もいいところです!」


今の時代で最も剣聖に近い男と呼ばれるカーターでさえ、バランスを保つのがやっとの揺れ。

そんな揺れが3分間続き、漸く収まった。


「……っつつつ、や、やっと収まりました、ねェボァ!」


その一瞬後に、ドゴン!と、一際大きな脈動のような揺れが起き、呟いていたカーターは語尾を不自然に意味もない言葉で締めてしまった。

地味にプライドの高いカーターは、自分がみっともない声を出してしまったことを恥じ、相棒がいなくて良かったと考えていた。


「いえ、今はそんなことではないですね。ダンジョンが現れたとなれば、悲劇を繰り返さないためにも早急の攻略をしなくてはいけませんし」


言いながら、服を寝巻きから戦闘服に手早く変えると、相棒たるロスの部屋に向かうための明かりを手に、急いで部屋を出ていった。


「あの揺れです。流石の脳筋鈍感バカでも起きていることでしょう」


不安を打ち消すように、半分自分に言い聞かせるような言葉とともに。




数分後、とある村のとある宿屋にて、痛みに呻く野太い悲鳴が聞こえたとか聞こえなかったとか。










「あ゛〜、いでぇ〜……」


「まったく、あなたはどこまで鈍感なのですか。脳みそまで筋肉に侵食でもされているんですか?ああ、いえ、侵食されてるも何も元からでしたね。そもそもあの揺れで起きない方がおかしいのですから」


深夜、突如として起こった大地震により村中が混乱してざわめく中、『迷宮殺し』の2人は多少緊張するも平時と何ら変わりない態度をとっていた。また、この2人の空気に当てられてか、周囲の人々は徐々に冷静さを取り戻して、何が起こったのかを気にする素振りを見せ始めた。


「ったく、いくら俺が起きなかったからって、ユニークスキルまで使わないでも良くないか?」


「いえ、ちょうどこの村で面白い剣に触れる機会がありましたので、試すのにちょうどいいと思いまして。ですが、お陰で新たな戦い方の可能性を見出すことが出来ました」


「はぁ……相変わらず頭の固いこった。んで、こっからは昨日の作戦通りに動くってことでいんだよな?」


「そうですね。まずはダンジョンがどこに出現したのかを調べないといけませんし。何より、私たちだけでは戦力に疑問があります。その為にも、村の方達にも手伝っていただかねば」


「ふーん、ま、俺は作戦立案なんか出来っこねぇし、お前の支持に従うさ、相棒カーター


「ふむ、では早速、どこに出現したか調べてください、相棒ロス


「おう、『風と木の記憶を見るは我が記憶の伝達』」


ロスは風属性、水と大地と特殊属性の生命属性の複合属性、木属性、そして闇属性を組み合わせた探知魔法を使い、ダンジョンの出現場所を探し始めた。

この魔法の効果は、自然界に溢れる風、つまり空気と植物、より正確に言うなれば、そこにいる精霊の記憶を生命属性の生命干渉と闇魔法の精神干渉によって閲覧する魔法だ。


通常、魔法はその魔法が及ぼす影響が大きければ大きいほど詠唱に時間がかかる。それは、曲がりなりにも世界をたった一個人で改変するための儀式であると同時に、イメージの反映をより大きくする効果を持つからだ。

そして、今ロスが使った魔法は世界中に無数に漂う精霊の一部、しかしそれでも百や千を超える精霊へと干渉する魔法である。

それは世界への大きな影響であるし、それに伴う詠唱は長くなるのが普通なのだが、ロスはたった数秒の詠唱で完成させた。

常人にはまず無理だし、事実これまでの歴史上ロスと同じようなことは出来ても、全く同じことが可能な人物は数える程しかいない。

そしてそれを可能にしているのが、ロスの持つユニークスキルである。


******************************

name:ロス

age:19

race:人族Lv.34

job:元素魔法士Lv.8

state:通常

Magic aptitude:上位基礎六属性、木、生命


HP 1040/1040

MP 1940/1940


str 498

agi 489

dex 488

def 491

magi 609


EX skill

基礎六属性耐性


unique skill

思念伝達

属性親和


normal skill

体術Lv.8

ステータス隠蔽Lv.10

魔道具生成Lv.4


title

脳筋

真なる脳筋

筋肉に思考回路が埋め込まれている者

今無き村の復讐者

迷宮殺し

未来の魔導帝

短文詠唱者

見た目近接職

元素魔法師

属性と親しむ者

有能な馬鹿

子供想い

脳筋の真理

直情バカ

受け(本気で隠蔽中:暗黒魔法による魔法的隠蔽、ステータス隠蔽によるスキル的隠蔽)

異端の考え(更に本気で隠蔽中:暗黒魔法と生命魔法による魔法的隠蔽、ステータス隠蔽によるスキル的隠蔽)


*****************************


ユニークスキル、『思念伝達』。このスキルは、簡単に言ってしまえば自分の思考を指定した相手の脳内に直接届かせるスキルだ。そこに距離は関係なく、対象の数は無制限。更に、一部の意思を持たない微弱な精霊や植物、虫などの知能が低い動物以外ならば全てが対象になる。

このスキルを使い、ロスはイメージを世界に直接伝達することで、詠唱を短略かしている。


「……おし、分かったぞ」


精霊の記憶を読み取ったロスは、ダンジョンが出現した場所を正確に掴んだ。

この報告は村人達にも伝わり、皆から夜中だということを忘れさせて騒ぎを起こすのに十分な力を持っていた。


「ダンジョンが出たのは村からそう遠い位置じゃない。この山にある洞穴の一つで、一番この村から近いヤツに出やがった。」









太陽が真上に上がり、初冬の昼の暖かさを感じさせる時間帯。村の広場には、純白の法衣を着た神官が9人に『迷宮殺し』のカーターとロスの2人、更に村人の中でもさらに戦える者が集まっていた。その中には、マリアが久しく袖を通していなかった神官服を着て、神官たちに紛れていたが、それは余談であろう。


「時は来ました」


そして、その集団の前に立ったカーターは、一人、鼓舞するように、静かに語り始めた。


「新たなダンジョンの出現です」


その言葉の端々には、何処か、憎しみとも後悔とも望郷ともつかない感情が滲み出ていた。


「ダンジョンは、モンスターを生成します。そのモンスターが溢れ出てくると、たちまち付近の村は食い尽くされてしまいます」


滲み出ていた感情が、堰を切ったかのように言葉全体に溢れ出し、いつの間にか静かになっていた人々は背筋に冷たいものが走ったかのような錯覚を覚えた。


「私たちの村は、ダンジョンから溢れ出てきたモンスターによって蹂躙されました」


それは正しく狂気。故郷を蹂躙したモンスターを生み出したダンジョンを許さないと、そういう感情の発露。


「もう二度と、そのようなことは起こしてはいけません。だから私達は戦い続けるのです!今日ここに、新たにダンジョンが出現してきました。思い知らせてやりましょう!ここは私たちの土地だと!ダンジョンを攻略し、息の根を止めてやりましょう!」


その瞬間。

神聖である神に使える神官は、その言葉を聞き、主神である創造神クリアが敵対神である邪神の力を弱めるという大事に酔い、目に狂信を浮かべ、神聖な力を宿した魔力である神聖力を滾らせた。

村を守るべき立場にいる村人の中でも精鋭の男達は、純粋に自身の生まれ故郷を守るための戦いと知り、興奮が絶頂に達した。


村の広場に集まっていた者達は、その瞬間に【烏合の衆】から【戦士】へと変わり、互いを戦友とまでは行かずともそれなりの信頼を寄せた。

その様は一つの軍隊のようであり、貧弱なものが見れば恐怖心が浮かんでいただろう。


しかし、真に恐ろしきはカーターの煽動術であろう。

何せ、このカーターという男、煽動に関するスキルは何一つ持っておらず、素の才能を持ってここまでの戦意を滾らせているのだ。


「さて、行きましょう!私達の平和のため、引いては故郷のために!」


『ゥオオオオオオ!!』


その叫びとともに、一同は足並みを揃えて、最も新しく出現したダンジョンへと向かって行った。









『二つの生命反応がダンジョンに侵入してきました。マスター、ご指示を』


ん、来たんだね。


「それじゃあ、まずは予定通り『LIP』を回収しようか」


今から始まる攻防戦には、やっぱりダンジョンモンスターがいないと色々きついからね。

と、そういえば。


「ヒカリ、ちゃんとアレ・・は機能してる?」


『何も問題なく機能しています、マスター。ご要望通り、今はマスターの魔眼をエネルギー源としています』


ん、なら問題ないね。

なら僕は、あいつらがここまで来るのを椅子に座って待ってればいいのかな?


「にしても、この2人、なかなか出ていかないね。ずっと入口で立ち止まってるよ」


『失礼ですが、マスター。この2人はマスターの因縁の相手でしょうか?』


いや、少なくともこんなやつは知らないかな?


「多分、どこかから雇われてたのが偶然村にいたのかな?ほら、僕がここに来る一週間前には多分眼をほじくり出すゴミクズが呼び出されてても不思議じゃないからね」


僕の答えに納得したのか、ヒカリは納得の感情を僕に直接送ってきた。


「ん〜?でも妙だね?この2人、何を警戒してるんだろ?まあ、ダンジョンに長くいてくれるならそれはそれで助かるんだけどね」


そう、この2人がダンジョンに入ったっきり固まってるから、そこまで多くはないけど着実に『LIP』が貯まってきているのだ。

この様子だと、多分後数十秒もすればあれを呼び出せる。


楽しみだなァ?あと少しで蹂躙をし返すことを考えるとね。









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