そして、始まりへ
母が死んでから、あいつらが行動を起こすのはとてつもなく早かった。
まず、あいつらから隠れるための洞穴を僅か数日で探し当てられた。
僕は取り敢えず母がいなくなった家から必要なものをとってくるため、真夜中に家に向かった。
だけど、そこで見たものは全焼した家だったもの。
既に壊れたココロでは感じることはなかったけど、少し動きが止まって、すぐに
この時、多分あとをつけられたのだろう。
そして、遂に隠れ家的な洞穴が見つかってしまった。
そして、アイツらは僕が眠っている時に洞穴の入口に生木で焚き火して、煙で炙って僕を燻り出してきた。
僕は息苦しさを感じて飛び起き、生きてきたおよそ10年間で培ってきた生存本能に身を委ねて洞穴から逃げたんだけど、そんな行動をしたら村人のヤツらに捕まってしまうのは当然だった。
そこからは、もう酷いものだった。
洞穴から逃げ出てきた僕を捕まえた村のヤツらは、手始めに僕の関節を一つ一つ外していった。その頃はまだ痛覚を意識的に遮断することなんて出来なかったから、痛みに泣き喚いた。
しかも、そいつらは嗤っていた。
漸くあのアマの目を気にせずに存分に楽しめる。
これは誰が言っていただろうか?
分からない。
唯一覚えているのは、男の声だったということだけだ。
殺さない程度に殺してやる。
一件矛盾しているような内容でも、そいつにとっては矛盾していないのだろう。恍惚とした表情で、僕を嬲る。
喜べ。
全く喜べない。痛い。苦しい。足が、腕が手が肘が膝が指があしくびがてくびがみみがハナガハガ……
お前はなぁ、
ボクガナンナンダトイウンダ。イイカゲンニシテクレ……
成人したらよぉ、
アカイナニカガオシツケラレル。イタイ、アツイアツイアツアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイ……
目をほじくり出されてなぁ、
チャイロノミズヲノマサレル。クサイクサイクサイクサイクサイクサイクサイクサイクサイクサイクサイクサイクサイクサイクサイクサイクサイ……
それからは実験動物としてなぁ、
コカンヲイシデナグラレル。シヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌ……
売られるんだよぉ!
ミゾオチニスキルヲクラウ。メノマエガマックラニナル。
ヤベ、死んでねえよな?まあいいか。ほっといても死なねえだろ。ってことでお前ら、こいつをそこら辺に投げとけ。
ナニカキコエタ。カンカクガナイ。ボク……ハ……
次に目覚めたのは、石を雑に積み上げてスキルで固めた狭い牢屋だった。
そこで僕は、手足を何も無いところから伸びる手枷足枷で拘束され、真っ黒な首輪で首を地面に固定されて動けなくされ、胴体に純白の剣を突き刺されていた。
怪我は治っていないから少し動くだけで激痛が走り、拘束なんてしなくても逃げ出せないのに拘束されているのが逆に不自然に感じた。
そして痛みに耐えながらただただ現実逃避をしていると、背中から振動が伝わってきて傷が再び自己主張を始めた。
その痛みで危うく叫びそうになっていると、牢屋の通路側から久方ぶりに聞く声が響いた。
「……哀れだな。こんなのが私の血を引いている息子だとは考えたくもない」
それは父だった。
随分昔から村で会っても暴言しか吐かない父の口から最初に聞かされた言葉には、本当に哀れんでいる感情しか感じられなかった。でも、その後に続いた言葉には思わず背筋後凍るほどの憎悪が込められていた。
「……お前が生まれてから、私の評価は地に落ちた。村での発言力は失われ、ただただ村の皆からは軽蔑の視線を向けられる日々。しかも、私も含めた家族の地位は農奴よりは少しはマシな程度だ。なぜだか分かるか?お前が生まれてきたからだ」
村の噂で盗み聞いた父のイメージは緘黙な人らしいが、見えないところにいる父はそのようなイメージが湧かないほどに饒舌に喋っていた。
しかし、父は何を言っているのだろうか?
僕はそのような事、日常茶飯事。いや、その程度ならば逆に運がいいだろう。まだ軽蔑の視線だけなら。
「……隙間風が入り、雨が降ればすぐに雨漏りし、冬になれば雪が入ってくる。それほどまでに建て付けが悪い家屋。食料はとても少なく、マリアはおかしくなり、フマナチカは家を飛び出していった。わが子は貧困に喘ぎ、危うく餓死するところだ。分かるか?全てお前が生まれたせいだ」
責任転嫁、とでも言うべきなのか。僕は知っている。表面上はアイツらは父にいい顔をしていたくせに、裏ではとても嫌われていたことに。
傲慢強欲怠惰憤怒色欲嫉妬暴食。七大罪と呼ばれるこの全てに、父は当てはまるということに、気づいていないとでも思うのだろうか?
村での地位が先祖のおかげで高いのを鼻に掛け、緘黙に、されど人を見下すようにいつも威張り散らすほどに【傲慢】で、その立場を利用して欲しいものをふんだくるほどに【強欲】で、その癖村の発展に微塵も関与しない程に【怠惰】で、少しのことで家族に当たり散らし、両親を故意に殺す程に【憤怒】しやすく、
しきたりを利用して
それが父であるルヴェーロの評価であり、同時に真実でもある。
「……そして、アミラが死んだのもお前のせいだ。」
しかし、その言葉で僕は痛みを忘れ、いつの間にか潰れていた喉で理解不能な言語しか出せずに汚く喚き散らした。どうやら僕は、母のことになると感情が高ぶるようだ。
「ヒコタノメウキウセソノメヒテテメコエケキムゴゾソヒデサドメノムァ!? 」
「……哀れ、真に哀れなのはこういうことを言うのだろうか?もはや人語を介さん、か。
……いいだろう、教えてやろう。私はお前の処遇を決めた日、アミラに一言忠告した。『逃がすなよ』、とな。それをお前は見事に破り、村から逃げだした。だから、殺した」
たった一言。その一言で僕の体温は下がり、同時に
それから何日たったのかはわからない。徐々に表面上の傷が治癒してきて、何も食べず、何も飲まず、何も出していないにも関わらず死なないことに疑問を抱いたのが次に意識を取り戻した時だった。
思えば、傷が治るのに時間がかからなすぎて何かあったのだろうと思える。
でも、その時はそんなことを考える余裕はなく、ただただ生への渇望が高まっていた。
ーーー何でこんなことに……
ーーーそれは僕が逃げたから。
ーーー違う、逃げてなんかいない……
ーーーでもあいつらは逃げたと判断した。
ーーー僕が何をした……
ーーー悪魔の子として生まれた。
ーーーそれはどうしようもない事だ……
ーーーならばどうするか。
ーーー……。
ーーー教えてやろう。
ーーーなに、を。
ーーーあいつらを、悪魔の子を迫害するものを、殺せばいい。
ーーー……。
ーーーなに、簡単な事だ。お前がやられたことをやり返すだけ。そう考えればいい。
ーーー……でも……
ーーー不満でもあるのか?
ーーー……僕には、抗う力が、ない。殺す力も、ない。
ーーーなんだ、簡単な事じゃないか。
ーーー……?
ーーーお前はなんだ?悪魔の子だ。
ーーーそんなことは、分かりきっている。
ーーー悪魔の子の眼はな、俗に言う"魔眼"だ。
ーーー……え?
ーーーなんだ、やっぱり分かってなかったか。
ーーー……わかるわけが無い。アイツらも、母も、何も言わなかった。
ーーーだろうな。定着してない魔眼が暴走したら大変だ。
ーーー……それで、魔眼って、何?
ーーー魔眼ってのはな、お前のような悪魔の子と呼ばれる奴に発現しやすい。詳しく話すと難しくなるが、今はそんな感じの認識をしていればいい。一般的な魔眼は、視た対象に攻撃なり回復なり、鑑賞する力だ。
ーーー……それで、僕の魔眼って、何?
ーーーそんなことは知らん。
ーーー……なんで?
ーーー魔眼ってのは、成人すると同時にその力が定着し、ステータスのユニークスキルの欄に乗る。つまり、その本人じゃなけりゃ分からないんだよ。まあ、その能力を実際に体感すれば解析できるけどな。
ーーー……そう。分かった。成人したらその魔眼の力で、アイツらを、迫害するヤツらを殺すことにするよ。
ーーーおうおう、わかってはいたけど憎悪がやべぇな。
ーーー……最後に聞いていい?
ーーーおう、なんだ?
ーーーお前は、なんだ?
ーーー俺か?俺はな、お前にぶっ刺さってる純白の剣。銘を『
ーーー……そう。僕の名前は元名無し。今は
ーーーそうか。いい名だ。……ソウよ、これで俺の役目は終わった。お前の精神的な傷、つまり砕けて粉々になってしまった
ーーー……ん。分かった。それじゃあね。
ーーーおう、あ、それからよ、お前が俺と話し始めてから丁度一ヶ月が経過してるぞ。その間お前は何も喋らず何も感じずの人形じみた廃人にしか見えなかったから、今後のことを考えればそれを演技していくことを進めるぞ。じゃあな。
□
気づいたら、表面上の傷もほとんどなくなり、骨折や脱臼などの内部的な傷しか残っていなかった。しかも、どうやら意識的に痛みを遮断する技術を知らず知らずのうちに身につけていたらしくて、痛みを無視できるようになっていた。
それからは、ただただぼーっとするだけの毎日だった。
たまに村のヤツらが来て僕を嬲ったり、変なものを喰わせたり、真っ赤に燃えた鉄を押し付けてきたりとかしてきたが、僕は如何にも廃人になってると言わんばかりに無反応を貫いた。
次第に村のヤツらの足は遠のき、数日に一回来ていたのが数週に一回まで減っていった。
《ピロン!称号『偽リノ
そして、長い長い月日が流れた。
依然としてアイツらは僕を傷つけに来るが、どう見ても面白くなさそうな顔をしてすぐに帰っていく。
そんな中、久しぶりに村長と父親が来て、僕に聞こえてないんだから必要ないと感じさせる面倒くさそうな声を掛けてきた。
「……漸くだ。明日、お前の眼をほじくり出す。そしてお前は実験動物として売られる。まあ、聴こえてないだろうが」
その言葉を聴き、僕は必死に無表情を保ちながらも心の中では歓喜に震えた。何せ、漸く魔眼の力を使い、アイツらを殺すことが出来るのだから。
「……ふん、やはり廃人になったか。もういい、帰るぞ」
そして父と村長は帰っていったのを確認して、我慢の限界になっていた表情を歪めた。
ーーー漸くだ、そう言っていたよね。
ーーーこちらとしても漸くだ、そう言っておこう。
ーーーせいぜい最後の晩餐を楽しめ。
ーーー明日からお前らは地獄に行くんだから。
そしてその日はなかなか寝付けなくて、普段よりも寝る時間が遅いのを見張りのヤツに怪しく思われたかもしれないがそれでもいい。
何せ、そうしてられるのも今のうちだから。
そう何度も思考しながら、やがて襲ってきた睡魔に身を任せていった。
そして目が覚めると──────
目が覚めると、四方八方を岩に囲まれていた。
「えっ、ちょっ、ここどこ?!」
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