第2話 お前誰だよ
あの日以来、俺は色んな奴らの注目の的となった。
なにせ、スクールカースト最上位、校内一の美少女陽川白乃が絶交宣言をしたのだ。しかも、そんな彼女は誰の悪口も言ったことのない品行方正なお方ときた。
そんな彼女が嫌った人間を気にならない奴の方がどうかしている。
そんなわけで、今や俺は全校生徒が名前を知る有名人となったのだ。お父様お母様、俺は忍になれなそうです。ご期待に添えず申し訳ございません、と謝ってしまうレベル。
今まで誰にも名前を知られず、名前の通り陰で生きてきたのにも関わらず、今は常に好奇の視線を向けられている。
これは、精神的にかなりくる。見られている、と思うだけで緊張し、キョドるのだ。
しかし、こんな状況も長くは続かないだろう。勿論、良い意味なわけがなく、悪い意味でだ。そう、多分そろそろいじめなんかが始まるに違いない。
なにせ、陽川白乃が俺に絶交宣言をした、その理由が俺が彼女のリコーダーを盗んだかららしいのだ。いじめられる理由としては十分に違いない。
ていうか、リコーダー盗むとかなんだよ。え?盗んで何すんの?ペロペロ?今時小学生でもしないだろ、そんなこと。
後、陽川はなんで俺が盗んだと決めつけたんだ?俺があいつのリコーダーをペロペロしているのを見たわけじゃないだろうに。
何で見てないかわかるかって?そりゃペロペロしてないからに決まってるだろ!って俺は何にキレてんだよ。
お得意の脳内会話をして現実逃避をしているが、状況はそんなことをしていられるほど芳しくない。
俺がリコーダーを盗んでいないと証明しなければならないのだが、まずもって陽川が何を根拠に俺が盗んだと勘違いしたのかが分からない。
その根拠を否定したいのに、それが何か分からないならば否定のしようがないではないか。
こういう時、普通ならば友人にその根拠を聞いたり出来るのだろうが、俺はそんな友人は一人たりともいないぼっちを極めし者だから、根拠を知る方法がない。というか、こんな状況普通は起きないか……。
大体さぁ、ラノベのカースト最底辺ぼっちキャラにだってなんだかんだ一人くらい友達いるじゃん?同じぼっちキャラだったり、委員長とかの優男キャラだったり。
本当にゼロって所が現実らしいよなぁ。本当にうんざりするぜ。
まあ、後は……友人でもない奴に理由を聞いてみるとか……か。でもなぁ、話しかけたらどうせ怖がられてどっか行っちゃうだろうしなぁ。
しかも、リコーダー事件の犯人にされている今、近づいただけで教室を出て行くかもしれない。
その際の心理的ダメージと、高校のあと二年間このままであることとを秤にかける。あ、ちなみに今は二年の五月頃である。
どうせ誤解が解けたところで、薔薇色の高校生活は待っていないだろうが、このまま真っ暗な高校生活を過ごすよりは、今自殺を決意する程傷ついてでも灰色に戻した方がまだましだ。
と、言うわけで、俺は話しかける決心をした。
ちなみに、今は放課後だ。真のリア充は、キャピキャピ言いながら遊びに学校を出たが、並のリア充は、雑談のため教室にかなりの人数残っている。
俺のターゲットは、その並のリア充共だ。
ガタッと、音を立てて立ち上がる。
周りの視線が、一斉に集まった。
なんか、普通に「キモい」だの「死ね」だの聞こえてくるんだけど。言われてるだろうとは思ってたけど、実際聞くと悲しくなるからもう少しボリューム下げようね。
周りの視線をこの身に集めたまま、歩き出す。なんかその言い方だと、凄いリア充みたい。でも、現実は真逆である。
俺は、少し歩き、五人組で固まって下らないこと(憶測)を喋っている男共の所へ赴いた。そして、
「ぁ、あにょ!」
盛大に噛んだ。
「あー、こいつがあのリコーダー窃盗犯か」
「陽川さんに嫌われるだけあるな」
「なんか、リコーダーを舐めてたらしいぜ」
「うっわ、最低だな」
「ホント、気持ち悪い」
と、それぞれ言いたいことだけ言って逃げて行く。
なんか、相手を蹴散らして俺が勝者になった感が出ているが、現実はそんなことはない。俺が、圧倒的な敗者だった。
俺は、めげずに他の奴を狙おうと周りを見たが、既に教室には誰もいない。
今の一件で、完全に俺を気持ち悪がり、教室から出て行ったようだ。
と、周りを見回していると、一人だけまだ教室に残っているのが見えた。本を読みながら座っているようだ。女子だ。緑がかった髪を持つ、大人しそうな少女。
彼女は、逃げなかったようだ。俺のことは眼中にないのか、それとも気持ち悪すぎて呆然として動けないのか。俺としては、前者を推したい。いや、本当はあまり推したくないけど。
パタン、と彼女は本を閉じる。そして、俺を一瞥した。そして、ガタッと立ち上がると、ツカツカと歩き出す。
教室の外に向かったのか、と思ったら俺の方に向かってきたようだった。
彼女は、俺の目の前で立ち止まった。勿論、彼女の名前は知らない。俺が女子の中で名前を知っているのは、担任と校長と陽川だけだからな。
彼女は、背はさほど高くないが、腰に手を当てていて、なんだか偉そうだ。
「ぇ、えと、何か用でしゅか?」
また噛んだ。だ、だって女子と話すのなんて、家族を除けば先月担任の先生に話しかけられた時以来なんだから。仕方ないだろ!って俺はまた誰に怒っているんだ。
「ハッ」
鼻で笑われる。
前言撤回。大人しそうな少女ではない。腰に手を当てたポーズもあるし、こいつはかなりキツイ性格に違いない。
それなら、こうやって俺の所に来たのは、俺に直接悪口でも言いに来たのかもしれない。
ならば、今のうちにATフィールドを張っておかないと、準備なしで悪口を言われたら即死する自信がある。
「いいわ、あんたのこと助けてあげる」
と、のたまった。
ん?新手の悪口か?助けてあげるとか言って浮かれた俺を、嘘でーすと突き放す的な?
ていうか、
「お前誰だ?」
おっ、噛まずに言えたぜ。人は、成長する生き物なんだね!
「あ、あなた、私のこと覚えてないの!?」
なんだか、純粋に驚かれた。
なんだ、こいつ有名人か?何か?テレビにでも出てるのか?
俺はテレビ見ないからわからないぞ?なにせ、居間にはキモいから入るなって言われてるしな、ハハハ。あ、目から水が。
「ま、まぁ、いいわ。ええ、すぐに思い出してくれるわよね……」
「何か言ったか?」
相手の少女を俺は睨みつけた。今、ごにょごにょと言ったことは、悪口に違いない。そういう何を言ったか分からないのが、一番怖い。
「い、いいえ?それより、私は
「あ、ああ」
こいつ俺の名前知ってるんだな。あ、そうか。陽川に嫌われたことで有名になったんだな。
いや、でもそれにしたっていきなり下の名前呼びは距離近くないか?
「私は真犯人を知っているわ。あなたを、助けてあげられる」
「ほ、本当か!?」
「ええ」
「誰なんだ!?」
「上沢灰悟よ」
あ、陽川に並ぶトップカーストの住人のあいつか。いやー、何言ったところで揉み消されそうだし、勝ち目なさそうだな。
「よし、諦めっか」
「えぇ!?諦め早っ!」
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