友人が俺の妹を好きだと迫ってきます。

浜尾るか

第0話 俺の妹

 俺には一つ下の高校生の妹がいる。

「お兄ちゃーん、着替えるの手伝ってー」

もう一度言おう。の妹がいる。

「なに言ってるんだお前。もう高校生だろ。着替えぐらい一人でしろ!」

 目の前でパジャマを脱ごうとする妹を静止し、全速力で部屋から出る。いつまで経っても起きてこない妹の結月ゆづきを起こしに行ったらこのザマだ。いつになったらあんなことを言わなくなるのだろうか。

 父は単身赴任で現在はイギリス。母も仕事で日本中を飛び回っている。幼い頃からそんな両親に代わって結月の面倒を見てきた。甘やかしたつもりは無いが、こうなっている以上否定は出来ない。

 ようやく着替えを済ませた結月がリビングに入ってくる。

「もう朝ごはんできてるから、早く食べちゃって」

「……………………」

一向に食べようとしない。それどころかお兄ちゃん食べさせて、というような目線すら向けてくる。時刻は八時を回っていた。学校へは徒歩十五分なのでまだ間に合うが、そろそろ急いで欲しいところだ。結月の目線は無視して自分の支度を始める。

「……いただきます」

やっと諦めたのか、朝食をもぐもぐと食べ始める。結月の小さな口にソーセージや、目玉焼きなどが次々に吸い込まれていく。すごい吸引力だ。おまえはダ◯ソンか。

「ご馳走様、私もう行くから。鍵とかよろしくね」

結月はそう言ってさっさと家から出て行った。

「……はぁ、まったく……あ、時間やっば」

 俺も急いで学校に向かう。しっかり戸締りはしたし忘れ物もないだろう。

 学校へ着くと、廊下には生徒会選挙のポスターが至る所に貼られていた。そういえばもうすぐか。毎年知ってるやつが立候補するわけでもないし、特に気にしていなかった。だれが候補になっているのかも知らない。

 教室はいつも通り騒がしい。

「おー、遅かったな湊!」

友人の斎藤真人さいとうまさと。クラスメイト。整った顔立ちとバスケ部のエースというコンビネーションで、女子からの人気は凄まじい。バスケの試合を観に行った時は女子からの黄色い歓声が飛び交っていた。

「あー、なんか寝坊した」

結月から私のことはあんまり話さないでと言われている。

「そうなのか。そういえばさ、お前の妹生徒会長候補なんだな」

真人があまりにも何気なく言うから聞き流しそうだった。

「…………なんだって?」

「だから、お前の妹、生徒会長候補なのなって……」

「はぁーーーーー!?」

教室中に俺の声が響き渡る。そもそも生徒会長は推薦者が何人かいなければ立候補もできないはず。俺がいないと何も出来ないあいつに生徒会長なんて務まるわけがない。

「なんでそんなびっくりしてんだよ。すごいらしいじゃん、お前の妹。一年の学年末テスト全教科満点とか、剣道で県ベスト4とか」

「……それはそうだけど、お前は家でのあいつがどんなか知らないから言えるんだ」

確かに偏差値がそこそこ高いこの学校でその成績は素晴らしいし、剣道も昔から強かった。だが、それ以外の点で圧倒的に生徒会長に向いていない部分があるだろう。朝の一連の出来事が見れば分かる様に。

「てか、詳しいな!どっからその情報手に入れてるんだよ」

「バスケ部にお前の妹と同じクラスのやつがいるんだよ。そいつが言ってた」

なるほど。噂というのは、部活に属していない俺の耳に入ってくることがまず無い。こうやって真人から聞くぐらいだ。

「ちょっと、そこ私の席なんだけど。どいてくれる」

 真人と話すために座っていたその席を、どうぞどうぞと譲る。この無愛想な彼女は川井陽菜かわいはるな。小学校からずっと同じクラスという逆にすごい縁がありそうでない。ようするに腐れ縁というやつ。

「陽菜もこいつの妹が生徒会長候補なの知ってるよな」

「うん、やっぱり結月ちゃんはすごいねー、湊と違って」

「……最後の一言は確実にいらなかっただろ」

どいつもこいつも俺をなんだと思っているんだ。

 授業が始まっても俺は悶々としていた。結月はどうして俺に生徒会長に立候補したことを言わなかったのか。恥ずかしかった、とか?いやいや、いつもどうでもいいことでも言ってくるし。それはないだろう。

「教科書読んでもらおうかな。……じゃあ白城、…………おーい白城くーん聞いてるのかな?」

ボーッとしていた俺は先生に呼ばれていることも気づかず、無視した形になってしまった。白城がグレたぞとか遂におかしくなったんじゃないとか色々言われる。

「すみません、聞いてました。教科書四十八ページですよね?」

「……それは前回のページだ」

そんなまさかと隣を見ると、開かれていたページは五十ページだった。そんなまさかだった。溜め息をついて教科書を読んだ。

「溜息をつきたいのは俺の方だ、次は許さないぞ」

返事をして席に着く。今日はついてないな。

 授業が全て終わり、部活に所属していない俺は早々に家に帰る。この学校は部活動加入率八十七パーセントを誇る。つまり、クラスメイトのほとんどがなんらかの部活に入っている。実際、結月は剣道部だし、真人はバスケ部。陽菜はバレー部だ。しかもそれらは強豪と言われるほどで、毎日厳しい練習を彼らはしている。俺も小学校の内は結月と同じように剣道をしていたが、中学に上がって父が単身赴任し、母の仕事も忙しくなった。剣道は楽しかったし、続けても良かったとそう思うが、俺は結月みたいに上手いわけではなかった。だから、結月が剣道も他のことにも専念できるように掃除や洗濯などの家事を母に代わって俺がやった。

「今日の夕食は何にするかな……」

もちろん結月は帰ってきていない。広い部屋に俺の声だけが小さく響く。別に両親がいなくて寂しいなんて思っていない。俺には結月がいる。真人や陽菜だっている。だから、絶対にそんなこと思ってやるもんか。そう思った。

 掃除をして洗濯物を取り込むと、すでに六時を過ぎていた。ドアがガチャリと開かれる。

「ただいまー。あー疲れた、お風呂入っていい?」

「おかえり。ちょうど沸いたところだよ」

結月はカバンや制服のブレザーをその辺に放って風呂場に向かう。

「片付けたばっかりなのになぁ……」

ブレザーをハンガーにかけて、カバンを隅に寄せる。

「お兄ちゃーん!シャンプー無いんだけど、どこにあるの!」

「下の棚にストックがあるだろ」

「どこー?」

おそらく俺が行ったほうが早いだろうと脱衣所のドアを開ける。浴槽などはもう一枚奥の扉の向こう。結月はそちらにいると思ったのだが。……妹の鍛え上げられた肉体が露わになる。引き締まった太ももからお尻にかけてのラインが特に美しかった。また、その表情にも湧き立つ何かがあった。

「っ!?ちょ、ちょっと何入ってきてんのよ!」

「あ、ご、ごめん!」

急いでドアを閉める。忘れていた。今日はついていない日だったのだ。風呂から上がった後に結月から何を言われるか分からない。

 暫くして、脱衣所の扉がゆっくりと開かれる。結月は怒っている様子はなく、むしろどこか楽しそうにこう言った。

「お兄ちゃん、結婚しよう」

「……誰と?」

「私と」

「……なんで?」

「そ、それは!……お兄ちゃんが、わた、私の裸、見たから……」

結月は顔を赤らめながら、小さな声でそう言った。

「どうしてそうなる!!!」

「だって、……この前、読んだ本にそうやって書いてあったから……!」

一体どんな本を読んだのか、知りたいが知りたくなかった。

 こういう部分を除けば本当に完璧美少女なのに。そう思いつつこんな妹を俺は可愛いと思ってしまうのだ。



 



 


 




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友人が俺の妹を好きだと迫ってきます。 浜尾るか @hamudaihuku

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