第2話 内偵官とアラート

  (さらにその三日前)



 内偵 しかもこのバーネル空軍基地一のパイロットを調査しろと空軍の上層部はそう私に言った。

そういうだけならば簡単だ。調査するのも数日では完了するだろう。だが、しかし、本当に大変なのはそんなことではなかった。


着いて早々、基地内の兵舎はすでに騒がしくなっていた。


「まただぁ。キレるとアイツは手に追えねーな。女みてーな顔してな」


「それはもしかして荒木中尉ですか?」



将校の軍服、つばの付いた正式な軍帽。独特なワッペン。しかもその立ち姿と体格、持っているバッグからすぐに察しがついたのだろう。


「情報将校さんがこんな辺鄙(ヘンピ)な基地までお越しとは…誰かを調べにでも?」



凄んでくるフライトスタッフとパイロットたち 無理もない。仲間を調べに防空師団本部からわざわざ将校(インテリ)がやってきたとなれば毛嫌いするのは当たり前の反応だった。だが、それにもましてまたも 事件 を起こしてくれた荒木という男の顔を直に見たいという気持で仕方がなくなっていた。


彼が暴れていたのは兵舎の食堂の中だった。廊下から食堂に入るとたくさんの人間と椅子とテーブル


そして、散乱していたそれらの輪の中心には彼がいた。その眼はまるで狂犬のように鋭く、その牙を見せるように吠えていた。何が彼をそんなに怒らせたのか、混乱が大分落ち着いた頃、私は挨拶がてら直接聞いてみることにした。



「君が荒木中尉ですか?」


「誰だ あんたは」



彼はまだ興奮しているようでこちらをその鋭い目で見た。



「私は、防空作戦本部、情報局第二統括課のトーマソンだ。よろしく」



そう言い差し出したその手を彼は見向きもしなかった。

そして、彼の眼は私の方を見ているようでまるで焦点は私には合っていないようだ。その瞳は深淵を見るような目をしていた。



「荒木、だ。 どうせこのあと色々と聞くんだろ?」 と口だけが笑う



まるで悟りを開いたようなそんな表情を浮かべた。













 「荒木 アキラ」



階級:中尉 所属:バーネル空軍基地 命令不服従:38回 総撃墜数:51機



エースパイロット。いや、まさに「トップガン」と呼べる……素行の悪ささえなければ完璧な兵士なのだが…。


調査初日から派手な喧嘩を見せてくれた彼は、まさに破天荒な狂戦士だ。戦果は超一流のため彼を

『不名誉除隊』にできる訳もない。今この国は5年前から戦争状態にある。だが、実質戦闘に彼が参加しているのは一年半ほど…たったそれだけの期間で51機撃墜という偉業を成し遂げたのだ。だからこそ中尉をやめさせる訳にもいかない。空軍に必要なのだ、彼のような存在が。



初めからそうするしか出来ないのに私を軍上層部は雪深いこの辺境の基地によこしたのだ。









「君は一体どうする気なんだね。その態度さえ改善出来れば防空戦闘の『英雄』として語られるほどの戦果なんだぞ。なのに何故君は…」


すると、彼の表情は鋭い顔に戻った。



「だからだ。俺はヒーローなんかじゃない。『闘いたくって』闘っているんじゃない!!」



彼の怒る理由が少しわかった気がする。こいつは…似ているな、



「ふっ」


「何が可笑しいんだ。まぁ、俺をおかしいと思わないヤツの方が居ないがな」


「面白いやつだ。では改めてきっちりと挨拶を、私はマードック・トーマソン中佐だ。」



小さな会議室の中には男が二人だけ。

相変わらず荒木中尉は内偵官である私のことをまったく気にも留めていないようだった。私には分かっていた。彼が何を考えているのかを…昔、私もそうだった。




突然 アラームが鳴りだした。また、敵機が我々のADIZ(防空識別圏)に侵入してきたのだ。最近は領空侵犯が頻繁になってきて偵察のため必ずスクランブル機(緊急出動機)を出す。しかも、足の速い戦闘機で戦術偵察を行うのが現代戦の常識になっていた。


すると彼はすくっと椅子から立ち上がった。



「スクランブルだ。もういいだろう…急いでいるんだ」



彼の眼の中には空しか見えていないようだった。





彼の乗る機体はものの5分で滑走路から飛び立っていった。その機体はカスタマイズされているのは一目でわかった。高出力かつ高速を出せる最新型のスクラムジェットエンジン、電子機器のアビオニクスも最新のものを使っている。まさに前線基地にいる精鋭パイロットなのだ荒木という男は…



「素行さえ良ければ 最高の兵士 なんだが」



そんなボヤキは彼は知らない。








 (三日後 ポイントT7-7戦区 バーディス高原上空)




偵察行動を距離を取って高高度から行う。高画質の高倍率偵察用カメラをズームする。

そこにはやはり味方機ではない機体のシルエットが映った。



「司令官。シエラ1.1(FVX-WA821)よりデータリンク。倍率500倍のハイパーズームでシルエット確認。やはりスパルス空軍のfe 17戦闘機です。」


「よし、発進準備に入っている機をすべて上げる。我が基地の全力を持って迎撃する!」




WA821と823のスクランブル機が飛び立って18分後、確かにそこには敵戦闘機の大編隊があった。

両機はバーネル空軍基地から味方機が増援に来るまで上空で待機していた。高高度から通常の航空隊の機体には装備されていない特殊戦闘機としての高度な索敵センサーやレーダー・超望遠の光学装置を初めから搭載している特殊な仕様の戦闘機だ。


彼らの駆る機体、FX-133 EP2型機。その中でも荒木中尉の機体はスペシャルカスタマイズされ通称

「シルフ」と呼ばれている。

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