お題【この偽善者め】


同じクラスの城崎しろさきくんは、とても人気のある人だ。

いつも爽やかな笑顔で頭も良いし、運動神経も抜群、サラッとクラスもまとめちゃうような人。


「ねぇ城崎くん!今度、新しく出来たカフェ行ってみない?」

「そこのケーキ美味しいんだって!」

「いいよ、いつにしようか。」

「きゃー!やった!えっとね、いつがあいてるっけなー?」

「おいおい城崎、俺達とカラオケの約束してるの、忘れてないよな?」

「当たり前だろ?ちゃんと覚えてるよ。」

「次はどんな曲歌ってもらおうかなあ?」

「ほどほどにしてくれよ?」


いやはやこれがまた隣の席来るとまあうるさいことこの上ないなと、先日の席替えから城崎くんの横に座る私は思う。

でも、いやあの、本当にうるさい、私の好きなことは読書なので余計にうるさく感じる気がしないでもない。うるさ、なんでそんなに半永久的に騒がしく出来るんだ、わけがわからん。

というかいい加減にしてくれ、休み時間の度にやってくる大量の人、人、人!

なんだ?城崎くんは触れ合いコーナーにいるうさぎかモルモットか何かか?

城崎くんも城崎くんで常に人がいて疲れないのか?イカれてるのか?


「あ、ほら、みんな授業はじまるよ。」

「ほんとだ、じゃあまた後でな、城崎。」

「またねー、城崎くん!」

「うん、また後で。」


まだ話すのか?もうだいぶ一生分くらい話してるだろ毎日。

とはいえ、授業が始まるのは事実。私も読書をやめるとしよう。


「ごめんね、三谷みたにさん、いつも騒がしくて……。」

「えっ、いや、いいよ、別に。みんな城崎くんと話したいんだろうし。まあ、確かに少し騒がしいかなー……とは思ったりする時あるけど、城崎くんが気にすることじゃないし。」


これは本心でもあった。

うるさくしなければ別に私は気にしないし、話したいことは罪ではない。


「そっか、ありがとう。みんなにはもう少し静かにしてもらうように後で言っておくから。」

「いやいや、こちらこそありがとう。」


短い会話は終わる。

城崎くんとは、隣の席になってからこうやって必要最低限の会話をするようになった。

元々会話がゼロだったのでどうなることやらと思ったが、本当に誰にでも話してくれるらしく意思疎通をするのは難しくはなかった。

でも、ただそれだけ。

それ以上もそれ以下も無い。何故ならお互いに興味が無いから。

まあ、私はほんの少しだけ彼の秘密を知っているみたいだけれど。



その日私は、夕飯の買い物をしてくるようお母さんに言いつけられていて、近道になるから一本の路地を通ろうと思って、そこに、見知った背格好がいるのに気付いた。


あれ、あの髪、それにあの身長……、少し城崎くんに似てる気がするな。


思いはしたけれど、まあ正直どうでも良かったし、人がいるなら無理して通る必要も無いと思って、私は引き返そうとした。

ちらりと後ろを見ると、路地には横を向いた先程の青年が立っていて、その横顔は完全に城崎くんのもので、ただ一ついつもと印象が違うのは彼の口にくわえられた煙草だった。

ん?煙草?煙草は、バレるとまずいんじゃ、ああいや、バレたらまずいからああいうところで吸ってるのかな。

別に、私は吸いたくないけど好きにすればいいと思う。ストレスでもあるんだろうか。関係無いけど。


ああ、でも彼も結局、みんなの前では偽善者だったのか。


普通にいい人だと思っていたのにな。まあいいけれど。

こんな路地でたった一人、煙草を吸っている同級生。

それはどんな気持ちなんだろうか。

なんて、私が考えても仕方ないと思い、買い物を急いだ。




その日はそれで終わった。

それでいいと思う。関わらない方がいい。面倒なのは嫌いだし、私には関係無い。

けれど、彼の端正な横顔を見て、今日も思うのだ。

この偽善者め、と。

……私って性格悪いな。

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短編小説まとめ。 ちゆき。 @kiyu268

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