短編小説まとめ。

ちゆき。

お題【たとえ歪んだ愛だとしても】


その背中は、私の憧れだった。


昼。私は学校へ行く。

校内の渡り廊下は教室移動において必須のものであるため、遅れないようなスピードで歩く。

私の視界の前の方に見えるは、学校のマドンナ、沢渡さわたりさんとその取り巻きである。

綺麗なブロンドの長髪に、整った顔、けれどそれを鼻にかけることなく誰にでも優しいその性格から、教師や周囲の生徒からの信頼は厚い。

距離が近づいていく。双方歩いているから当たり前のことだけれど、少しずつ少しずつ、近くなる。

ブロンドが、風に揺れている。

きゅっ、と、上靴の音が響く。

すれ、ちがう。


「沢渡さん、今日の放課後はどうなさるご予定なの?また図書館へ?」

「そうですね、少し調べたい事もあるからそうしようかと思ってますよ。」

「ではご一緒してもよろしいかしら?私達は授業の課題を進めようと思っていたところなんです。」

「構いませんよ、ご一緒しましょう。」


風が少しだけ強くなって、取り巻き達の品の無い声の中に心地よいソプラノが混じる音に、聞いていて不協和音だなと思う。


「あ、ごめんなさい、先に行っていてくださる?すぐに追いつきますから。」

「ええ、わかりました。」

「では、また後で。」


知らず知らずのうちに詰めていた呼吸に気付いて、首元をゆるめるように深呼吸をする。

風は先程よりも強くなっているようで、スカートがバタバタと音をたてはじめている。

早く渡り廊下を通り過ぎなければ、授業に遅れてしまう。


「ごきげんよう。」

「えっ、あ……。」


声に気付いて反応すると、彼女が、沢渡さんがいた。


「突然ごめんなさい、でも、どうしてもお話してみたいと思っていたんです。」

「はあ、いや、あの、どうして私に?」


気付かれていないだろうか。ぐいぐいと近付いてくる彼女にどぎまぎしながら返答する。


「私の知り合いに、似ている感じがして、それでずっとお話出来ないかなぁと思っていたんですけれど、今日なら、ほら、授業まで少しお時間もありますし。いつもここですれ違いますよね?あ、私、沢渡です、よろしくお願いします。」

「あの、ちょっと、落ち着いて。」

「貴女のお名前は?」

「え?」

「ですから、お名前は?」

「あ、ああ、ええっと……。」


遮るような予鈴がなる。その音に彼女は大袈裟なくらいに慌てているようだった。


「あっ、ごめんなさい、予鈴が鳴ってしまいましたね……。」

「いえ、別に。」

「あの、また今度、お話してくださいますか?場所や時間も決めて、カフェでお茶でもしながらたくさんお話したいんです!」

「わかりましたけど、あの、授業はいいんですか?」

「あ……!遅れてしまいますよね、本当にごめんなさい!あの、」

「また、今度ですね。」


そう言って沢渡さんの顔を見ると目を輝かせていて、ああこういうのも悪くはないなと思う。


「はいっ!ではまた!」


そう言ってぱたぱたと走り去ってしまう。

ブロンドが風で揺れている。綺麗だと思う。

さて、授業に行かなければ。




夜。私は仕事をする。

昼に学校、夜は仕事。忙しくはあるけれどある意味充実はしているとも言える。

内容は護衛のようなもの。

ようなものといったらおかしいだろうか。でも、ようなもの、だ。本職では無いし、本職にするつもりも無い。

接触してしまったのは、少しリスキーだっただろうか。

けれど、あの方が望むのであれば、それに従った方がいいんだろうと判断したまでだけれど。


「あら……また、貴女ですか?」

「はい、よろしくお願い致します。」

「よろしくお願いしますね、今日も大丈夫だとは思うんですけれども……。」

「お気になさらず、仕事ですので。」

「ありがとうございます。」


私の仕事は、彼女、沢渡麗香さわたりれいか様をお守りする事。

彼女の父、つまり私の雇用主である方は所謂社長である為、社長の娘である彼女もちょっとした催しごとなどに出席する必要がある。が、その際に彼女だけでは不安なので、常に最低限の護衛をつけたいというお考えだ。

数年前にちょっとしたご縁から、以来ずっと仕事をさせていただいている。

今日のように彼女の近くで護衛することもあれば、彼女の行く会場付近を警備することだってあるが、私には学校での護衛、彼女の近況報告も任されている。

ということは、一日中仕事だと言っても過言ではないのか。


「あの、」

「はい、なんでしょうか。」

「以前、学校で貴女に似ている方がいるってお話をしましたよね。」

「はい、覚えております。」

「実は今日、その方に話しかけることが出来たんです!」

「それは良かったですね。」

「ええ、今度またお話してくださるようお願いをしたので、楽しみなんです。」


そう話す彼女の表情は、昼に見た嬉しそうな様子と同じで本当に裏表の無い方だなと思う。


「どうかなさいましたか?」

「いえ。お嬢様が嬉しそうで何よりです。」

「ふふ、ありがとうございます。……いつも貴女は、優しいですね。」


微笑む彼女を守るのが私の役目。

彼女は気付いているのかいないのか、私の顔をちらりと見てからまた笑みを深めた。

興味も無い。昼間の人物と私が同じ人間だと言わなければいいだけの話だ。

彼女を守るように言ってきたのはある人物だ。

私の、憧れの人。

髪はブロンドで、顔も整っていて、優しい人だった。優しいからこそ、彼女は辞めさせられた。

いつかまた彼女に会う為、私は彼女を真似て、今日も今日とて働くのだ。

お嬢様の為では無く、あの人の為。お嬢様はあの人に似ているため。

歪んでいると言われても特に異論は無い。仕事さえしていれば誰も文句を言わないのだから。

さて、明日も頑張ろう。

あの人曰く、守ることは愛することのようなものらしいから。

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