幕間 チュートリアル円卓会議

 №000:《夢現電脳海淵城サイバーキャメロット》。

 アーカイブ社の社員専用のギア。


 このギアは「『Fake Earth』内においてレイヤーの異なる仮想空間を構築すること」ができ、いわば「異世界の中に、さらなる異世界」を作成するギアだった。


 仮想空間の内部は、容量175ゼタバイト(1ゼタバイト=1兆ギガバイト)まで自由に設定可能。

 同じギアを持っていなくても、何名でも中に招待できる。

 各々のアバターで仮想空間に入れば、事実上対面で話し合うことができるため、アーカイブ社の社員はWeb会議のツールとして利用していた。



──日本時間(東京都)20時46分。

──《夢現電脳海淵城》ROOM-C。



 仮想空間の中央に「大理石の円卓」が置かれていた。

 この円卓の天板は「完璧な円」を表現していた。

 コンパスで描く図形の円よりも丸い、数学の理論でしか存在できないはずの円。

 たとえ顕微鏡で円卓の縁を覗いてみても、分子レベルで歪みのない円だった。


 その大理石の円卓に設置されているのは、縮尺1/220・かん6.5mmのレールの模型。


 青虫色の電車の模型が49台、内回りと外回りの2つに分かれて周回している。

 品川駅から高輪ゲートウェイ駅まで、山手線30駅の立体模型も間隔を空けて配置されていた。

 30駅の立体模型は屋根が取っ払われており、「改札口までの階段の段数」や「多目的トイレの手すりの高さ」まで駅の構内を忠実に再現している。


 山手線の全駅全線の鉄道ジオラマ。

 精巧に作られた模型の上には、複数の3Dホログラムが浮かんでいた。

 3Dホログラムの大きさは、スマホ画面と同じ6.0~7.0インチ(単位換算15.24cm~17.78cm)。

 山手線バトルロイヤルに参加して、今も生き残っているプレイヤーたちの様子が映し出されている。


 池袋に向かう電車の模型が減速する中、最後尾の車両で行われていた三つ巴の戦いが終わった。


 通路に倒れていた2人のプレイヤーが消えて、勝ち残ったプレイヤーが座席に腰を下ろす。


 ホログラムに映し出された渋谷駅代表、あそれきは肘を触って、左腕の塞がった銃創を見つめていた。



「うおおおおお! 遊津の旦那、大勝利ですやん! 

 さすがわいの愛弟子! 『SPECIALコマンド』って必殺技も開発しとるし、ゲームを楽しんでそうで何よりやわ~!」


 ハムスターのモグ吉(社歴13年)は、小さな手で大きな拍手を送った。

 満面の笑みを浮かべて、ドールハウスの猫脚サロンチェアの上であぐらをかいている。


 総勢5名のチュートリアルが、《夢現電脳海淵城》の円卓に集結していた。

 全員が動物のアバターで、各々のアバターの大きさに合った椅子に座っている。


 野うさぎのキャロル(社歴13年)、緑亀のジョン(社歴2年・元プレイヤー)、インコのピー姫(社歴5年)、カブトムシの武士ぶしまる(社歴5年)。


 アーカイブ社内で「対人スキル」をとくに評価されて、全プレイヤーの育成を一任された社員たちだった。


「モグ吉先輩、落ち着いてください。

 今後のチュートリアルはどうすべきか、未来の初心者プレイヤーの質を高めるために、僕らは担当した新人プレイヤーたちの戦いを観てるんですから。

 業務多忙で担当した後の様子が見れなかった分、成長ぶりを喜びたい気持ちはわかりますが、仕事に私情を持ち込むのは良くないですよ」


「そうよ、ジョンの言うとおり! 私たちはもっと大事なことを話し合わないと! 

──例えば、高輪ゲートウェイ駅代表のあやりょうじゅくん。犬顔のイケメンなのに、なんで私が担当してないの? おかしくない?」


「……何もおかしくないさ、ピー姫。原宿駅代表のまちエリカちゃんが負けたんだから、何が起きたっておかしくない。

 あんな素っ気ない感じして、《巨人変換機ギガント・アダプター》の練習を陰で一生懸命頑張っていたのに……。この世界は本当に残酷だ」


「武士丸、あなたの気持ちはわかりますよ。

 私が注目していた、大胸筋が素晴らしい大塚駅代表の熊越くまこしとおるさんも、上腕二頭筋が素晴らしい品川駅代表のとよはなさんも、イベントから脱落しましたから。

 私が応援していると、みんな負けてしまうんですよ。……もうこれ以上観ないほうがいいかもしれませんね」


 遠い目をした野うさぎのキャロルは、ドールハウスの椅子にもたれかかる。

 真っ白な立ち耳は後ろに垂れ下がっていた。

 カブトムシの武士丸もうなだれて、沈痛な雰囲気を漂わせている。


 緑亀のジョンは挙手して、わざとらしく咳払いした。

 推しのプレイヤーで脱線した話を戻そうと、歯のない口を開く──その瞬間だった。



──山手線バトルロイヤル開始から、経過時間35分45秒。

──新宿・代々木間の架線に止まっていたカラスが夜空へ羽ばたいたとき。



 3Dホログラムに映るプレイヤーたちは、それぞれのスマートフォンの画面を一斉に見た。

 電車の座席に座っているプレイヤーも、秋葉原駅のホームで交戦中のプレイヤーも、別々の場所で同じ行動を取った。


 そして、参加プレイヤーたちの表情は4パターンに分かれた。

 驚愕の表情が9名、恐怖の表情が7名、無表情が3名、愉悦の表情が1名。

 全員、スマートフォンを持つ手に力が入ったのは共通している。

 ホーム画面に表示されたモノを見て、「緊張」の反応を示した。


 彼らが次に取った行動は、「イベントで生き残る」のための一手だった。

 一目散に逃げ出す者、NPCの乗客の中で息をひそめる者、切羽詰まった声でギアを起動する者。


 反応ではなく反射の速度で──。

 理性よりも本能に委ねて──。


 各々のプレイスタイルから、「最善」の選択を導きだした。



▼神田駅代表:プレイヤー名「やく師寺しじ一郎いちろう」棄権。

▼浜松町駅代表:プレイヤー名「あら祐奈ゆな」棄権。

▼上野駅代表:プレイヤー名「サラ・ワイト」棄権。

▼代々木駅代表:プレイヤー名「シーザー・ロバーツ」棄権。

▼高田馬場駅代表:プレイヤー名「小野おのまや」棄権。



 だが、次々とプレイヤーたちがイベント失格となり、模型の上に浮かぶ3Dホログラムが消えていく。

 コンマ一秒も経たないうちに、棄権したプレイヤーの映像は打ち切られた。


 逃げ出したプレイヤーは追い詰められて、NPCの乗客の中で息をひそめたプレイヤーは隠れきれず、シアン色の血を流しながら「カメラ」を起動する。

 悔しさがにじんだ自分の顔をインカメラで撮り、「ゲーム開始時のスタート地点」へ転送されて、山手線バトルロイヤルから離脱していった。


 激化した戦場についていけないプレイヤーが脱落していく。


 池袋駅のホームの上に浮かぶ3Dホログラムでは、《小さな番犬》が激しく吠えていた。

 遊津暦斗は階段を駆け上がりながら、ホーム画面に表示された時計を見ている。


──山手線バトルロイヤル開始から、経過時間40分32秒。

──参加プレイヤーたちが同時にスマートフォンの画面を見てから、約5分後。


 西日暮里駅の改札の前から、3Dホログラムが音もなく消える。


 残り20名だったプレイヤーたちは10名に減った。



「へぇ、興味深い展開ですね。まさかこんなことをやるプレイヤーがいるなんて。大胆というか、盲点を突かれたというか。

 ルール違反ではないですが、みなさんはどう思いますか?」


「とくに何の問題もないだろう、ジョン。ある意味で一番合理的な戦略だ。

 そもそも、初心者プレイヤーの中で、これと同じ戦略ができる者はなかなかいない。

 イベント前にどう手を回したのかはわからないが、実行できたことが評価に値すべきことだ」


「まあ、最後まで残ったプレイヤーが勝つイベントだからね。誰が一番強いのかを競ってるわけじゃないからいいんじゃない?

 過去のイベントだと『催涙ガス』を持ち込んで、駅でばらまいたプレイヤーもいたしね~。

 も全然アリでしょ」


「そもそも、『Fake Earth』の戦いにルールはありませんよ。たとえばプレイヤーが爆弾を所持していれば、NPCの警察に捕まるリスクはありますが、私たち運営は何も禁止していないです。

 ただ、こうなってしまったら、今後の戦場はますます荒れるでしょう。残った10名のプレイヤーは、誰が勝ち残ってもおかしくありません。

……あなたが推している遊津暦斗さんも、本当に優勝するかもしれませんね、モグ吉さん?」


 野うさぎのキャロルは微笑みを浮かべる。

 長い耳の先をくるりと丸めて、クエスチョンマークの形を作った。

 カブトムシの武士丸は複眼をモグ吉に向ける。

 緑亀のジョンとインコのピー姫は目配せを交わす。


 ハムスターのモグ吉は腕を組み、真剣な顔をしていた。

 普段の陽気な雰囲気と違って、不気味なほど静かだった。


「……せやな。遊津の旦那は頭もキレるし、逆境にも強いプレイヤーや。わいは師匠として、めちゃくちゃ期待しとるで。

 けどな~、あいつが残っとるからな~。できれば外れてほしいんやけど、うーん」


 ハムスターのモグ吉は薄茶色の頭を掻きむしった。

 小さな体を揺らしながら、唸り声をあげている。


 出っ歯の口から大きなため息が漏れた。

 何もない天井をぼんやりと見上げた。


 そして、薄茶色の頭に手を乗せたまま、がっくりとうなだれる。



「今回のイベント、たぶんと思うわ」




──青虫色の電車の模型は、大理石の円卓の上に敷かれた線路を進んでいく。

──山手線内回り・外回りの49台全車両、イベント開始より半周分を回り終えた。


──自動改札機の門を通り、環状の戦場で争うプレイヤーたちは知らない。

──第27回目の開催となるイベントは、歴代最短のタイムで終了。

──全車両が線路を一周したとき、山手線にはイベントの勝者だけが残ることを。

 

──緩やかな曲線を描く線路、半周より先はスタート地点へ戻る復路。

──各駅を代表した主人公たちの戦いの物語は折り返す。

 

──残り10名のプレイヤーの優勝争いとなった、山手線バトルロイヤル後半戦。


──優勝賞品のギアを手にするのは誰なのか?

──遊津暦斗が敗北する予想は的中するのか?


──初心者プレイヤーたちの戦いは、『Fake Earth』内で起きた250万以上の対戦の中で、を迎えることになる。




【山手線バトルロイヤル 生存プレイヤー10名】


●池袋駅代表

 プレイヤー名「あけさい

 称号:停戦の戦乙女


うぐいすだに駅代表

 プレイヤー名「吉良きらりゅうじん

 称号:大型トラック斬り


●恵比寿駅代表

 プレイヤー名「瀬名せなアリス」

 称号:ビギナーズ・ハードラック


●駒込駅代表

 プレイヤー名「三宅みやけひかり」

 称号:NO DATA


●渋谷駅代表

 プレイヤー名「遊津暦斗」

 称号:超新星ガンナー


●新橋駅代表

 プレイヤー名「パク・ヨンファ」

 称号:聖なるビジネスマン


●高輪ゲートウェイ駅代表

 プレイヤー名「綾瀬良樹」

 称号:Mrカメレオン


●東京駅代表

 プレイヤー名「とうハル」

 称号:期待の新人プレイヤー


●目黒駅代表

 プレイヤー名「藤原ふじわら紗耶香さやか

 称号:非合法令嬢


●目白駅代表

 プレイヤー名「松風牙まつかぜきば

 称号:青染めのテロリスト

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