世闇を照らす魔法の光
地表から打ち上げられる光の塊に歓声を上げながら空を進む。
「あ、また来たわよ!」
「分かってるわかってる」
アレスの後ろから、リンが腕を伸ばして光弾を指差す。ゆったりとした速度で、アレスたちの乗るザックスへと飛んでくるその飛翔体は、地上から発射される魔法弾だ。付与されているのはおそらく雷。
そのまま当たれば感電するかもしれない。アレスがもしも今一人であれば、あの魔法にどれほどの威力があるのかを確認するためにわざと受けただろう。しかし、今は一人ではない。飛龍の背中に乗って飛行している状態で、もしもあの雷撃を受けてザックスが感電。意識を失って墜落するという事態に陥れば、アレスはザックスを支えながら着地しなければいけない。
できないことはないだろうが、流石に自分よりも数十倍も大きな龍を支えて浮遊するのは骨が折れそうだ。
だから、アレスは飛来して来る飛翔体に視線を向けた。イメージするのはゆで卵の殻むき。イメージ通りに飛翔体から色が剥がれ落ちた。
「綺麗ね」
後ろのリンが剥がれ落ちていく雷撃を見送りながら感想を漏らす。確かに、小さな雷のように輝きながら落ちていく様は幻想的で美しい。同じ景色が見たければ、危険を承知で雷雲の中に飛び込まなければならないだろう。
「でもいい加減面倒だな」
飛んでくる攻撃魔法を無力化するのは非常に容易なのだが、いかんせんその数が面倒だ。アレスの計算では、山を超えて飛翔していても、地上の現地民たちは空を見上げることすらしないと思っていたのだが。実際には、山を超え、山裾の森の上空を飛び始めた頃から地上から攻撃された始めた。まさかこれが歓迎ではないだろう。
「だんだん数多くなってきてないかしら?」
リンのいう通りだ。アレスが地上からの魔法を無力化する頻度がだんだんと多くなってきている。
「……まさか」
「何?」
今、地上からの攻撃は一貫して雷撃が付与されたものだ。アレスは何も考えず、地上からの攻撃を無効化しているだけで、地上に対してはなにも攻撃などはしていない。その必要性を感じなかったからだ。地上から空を飛行しているアレスたちに対して有効な攻撃があるとはとても思えなかったのがその理由だ。相手も無効化され続けているのでムキになって攻撃をしているのだと思っていた。
「ザックス!急上昇!」
「!!」
アレスの指示に従って、ザックスが力強く翼を羽ばたかせる。
「下から何かくる!」
後ろからの声に、どういうことか聞き返すために振り返ろうとした。しかし、アレスの行動よりもリンが駆け出す方が早かった。
空を飛び、不安定なはずのザックスの背中の上を、リンが走っていく。途中、リンの背中から銀の翼が現れ、リンの姿がザックスの長い首の下に消える。
直後、金属同士がぶつかり合う甲高い音が空に響いた。
「リン!?」
「大丈夫。ザックスは高度を上げて雲の上まで出てちょうだい」
アレスの叫び声に、リンは軽く答えながらアレスの後ろに降り立った。リンの指示通りに、ザックスが上昇を初め、間も無く水蒸気の中に突入した。
「あーもう。この服気に入ってたのに。やっぱり翼人用の背中が開いた服着てくればよかったかしら」
リンが翼を折り畳みながらあぐらを組んで座るアレスの足の上に腰掛ける。翼を出し、服の肩甲骨の部分が破れてしまった時、背中が寒いという理由でアレスの膝の上に座るのはいつものこと。アレスももたれかかってくるリンを抱き留める。
「何があったんだ?」
「ここ、面白いわ。聞いて驚かないでよ?飛んできてたのは、人よ人。最近見かけるようになった、自転車?その自転車のハンドルつけた剣にしがみ付いて、人が飛んできてたの。もうちょっとでザックスの首に突き刺さるとこだったわ」
「で?さっきの金属音はそれを撃ち落とした音か?」
「そうよ。それで?さっきはどうしてザックスに上に行くよう指示したの?下から何かきてるって私が感知するより早かったわよね?」
「嫌な予感がしたんだ。立て続けに雷撃の魔法を打ち上げてきて、俺がそれを無効化する。無効化されることがわかってもなお雷撃の魔法に拘ったのは、あの雷撃で夜闇を照らし、俺たちを捕捉するためなんじゃないかって」
「で、私たちが射程に入ってきたから、あの人が打ち出されたってわけ?いくらなんでもあり得ないんじゃない?」
やはり考えすぎなのだろうか、と未知の技術で襲いかかってきた、まだ見ぬ地上の民を想う。
「ねぇ、この前、自分は副神認定されてるから、理論上はどこにでも出現できる、みたいな事言ってなかった?」
「あぁ、言ったな」
「だったら、地上の様子をパパッと確認とかできないわけ?」
「そんな便利なもんじゃないんだよ」
可能か可能でないかで言えば、可能なのだが、日常的に必要としないので、練度が低い。練度の低いものに頼るのは、アレスの性格上不可能なのであった。
「じゃあ、いつもはどうしてるの?」
「いつも?」
「ほら。いっつも家にいきなり女の人が来てアレス家でていくじゃない?それも事情もろくに説明せずに長期間。その時はどうしてるのかなーって」
事実ではあるのだが、アレスに都合の悪い部分ばかりを切り取られている。確かに、世界が崩壊しそうになり、アレスの力が必要とされたとき、アレスに協力を要請しにくるのは大体が女だ。が、それはアレスの場所を探し当てることのできるのが、どこかの神殿で巫女をやっている人に限られるということに原因がある。決してアレスが女を呼び出し、リンに隠れて遊んでいるわけではない。
「長期間留守にする時はいろいろしがらみがあるんだよ。そもそも、あいつら別に世界が救いたいわけじゃなくて、世界を救った英雄が自国に欲しいだけだし」
「そういえばそんなことも言ってたわね。何回か大勢の人が遊びに来た時も、アレスが短期間で帰ってきた時だったし」
遊びにきた、とリンは言っているが、世間一般では反乱分子の掃討に兵士を差し向けられていたのだ。勇者の活躍が足りないと判断されるとそんなことになる。
そうなるときは決まって勇者パーティーの編成人数が多い時で、目的を達成したアレスが早々にパーティーを離脱。自分のいないところで醜態を語られることを恐れた勇者が討伐隊を編成したりする。
「だから、俺は主役である勇者が活躍できるように、旅の序盤は敵の弱体化やら妨害に魔素をだいたい使ってる。ある程度まで勇者が育ってきたら、今度は勇者が暗殺やら範囲攻撃で死なないように周囲の索敵なんかしてるからな。積極的に身を守るために魔法使うことってほとんどないの」
やってることは子供のお守りと同じだ。アレスが本気で戦えるまで勇者が育つと、今度はどうして初めからその力で戦わなかったのかと批判される。敵と手を組んで世界を滅ぼした方がよほど楽なのだ。
もっとも、世界を暴力でもって征服しようとしているような連中だ。考え方が理解できないので協力する気にはならないが。
「だから、周囲を気にしなくてもいいのってリンぐらいなんだ。すごく楽だわ」
「なんか複雑……」
「え、なんで?」
「はぁ……。なんでもないわ。で?これからどうするの?ずっと雲の上?」
「いや、まさかどこでも戦ってるわけじゃないだろうし、戦ってるにしても休まずに戦ってるわけじゃないだろう。もうちょっと飛んだら、魔素で地上から見えないようにして着地しよう」
「そう。じゃ、私ちょっと寝るわね。落ち着いたら起こして」
いうが早いか、リンがアレスに預ける体重を増やした。数秒もしないうちに寝息を立て始める。
+++
眼下を緑が流れていく。膝に座るリンがもたれかかってきているので、体の前だけが暖かい。
「まさかここまで北方の治安が悪いとは思わなかった」
「こんなところを飛ばすんだったら事前に言って」
地上を警戒しながらアレスが呟けば、すぐ下、地面が震えるようにしてザックスの声が聞こえた。
「本当に想定外だったんだ。山越えた瞬間にあちこちで武力衝突が起こっていることもだし、対空火力がここまで発達しているのがなによりも予想外だ」
戦闘が技術の発展を促す、というのは本当だったんだな、と思わず感心する。山を隔てたこちら側の技術に追いつくためには、山向こうは3年ほどの時間を必要とするだろう。仮に、北方の民が互いの争いを中断し南下を始めれば、多少の苦戦はするかもしれないが、北の民の領土は多いに増えるだろう。
「まさかこんな上空に攻撃を飛ばすことができるとは」
夜で見通しも効かない空を魔法で照らし、さらには人を射出して攻撃して来るとは思っても見なかった。今は魔素で覆った場所を飛んでいるので、地上からは見えないと想うが、それでも油断はできない。
「お、あそこいいんじゃないか?」
前方。森の中に木々の途切れた場所がある。明かりが灯っている様子もない。この地域で一つの戦場の範囲がどのくらいかはわからないが、剣戟の音も聞こえて来ないのでおそらく安全だろう。
「念のため上空で待機。しばらく様子見て問題がなければ着地しよう」
「はいはい」
アレスが見つけた場所に近づけば、そこが森の中にある湖だということがわかった。上空から見たところ、建物はない。どうやら着地しても襲われるようなことはなさそうだ。
「念のため索敵しとくか」
魔素で鳥を型取り、それを4羽。湖の周囲と、森の中を飛行させ、安全の確認を行う。
「そういうことできるんだったら初めからやりなさい」
「山越えた途端に襲われたからそれどころじゃなかっただろ。それに、周囲を照らして念入りにこっちに照準定めて打ち落としに来るような戦闘民族相手に、こんな索敵したってあっという間にこっちの存在悟られて、逆に待ち伏せされるのが関の山だよ」
森の中を探り、人の気配がないことを確認したアレスが、ザックスに地上に降りるように指示する。
指示を受けたザックスが、湖のほとりに強烈なダウンウォッシュが発生。周囲の細かな草木が舞い上がる。着地したザックスの背から、リンを抱えたまま翼を伝って地面に降り立つ。
「……人工物が全然ないな」
「そうね」
「ふぁ……。ん?空の旅は終わり?」
周囲を見渡し、何か襲いかかって来るものがいないかを警戒していると、腕の中でリンが目を覚ました。
「あぁ。ひとまず人の気配がしない場所に着地した。問題が特に見つからなかったら、ここ拠点にして人探しをしようと思う」
「あ、そう言えばそんな目的だったわね」
「目的忘れんでくれ」
「だって、アレスったらどこにも連れて行ってくれないじゃない。久しぶりに旅行気分にだってなるわよ」
「それは、リンが家から出ようとしないからだろ」
「あら、私のせいにするの?」
腕の中でリンが笑みを浮かべて見上げて来る。その笑みは月に照らされて非常に美しかったが、それ以上に無言の圧力を発している。
「や、リンを誘わない俺のせいです」
余計なことを言ってリンの機嫌を損ねるとまずい。なにがまずいって、ここでリンの機嫌を損ねると、ザックスに乗って家に帰られてしまう。さすがにここから徒歩で家に帰るのは遠すぎる。
「わかればよろしい。ふーん。なかなかいい所じゃない」
あとはここに雨風を凌げる小屋でもあれば完璧だ。が、小屋を立てるにしても日のあるうちに作った方がいろいろと楽だ。とりあえず今夜はザックスに風除けになってもらって夜を明かすことにしよう。
「……あら?」
「どうした?」
これからの方針を考えていると、森の中に視線を向けていたリンが声を上げた。
アレスが声をかけると、リンが森の中を指差す。その指の先を追えば、森の一角が白い炎に焼かれていた。
どうやらこんばんはもうひと頑張りしないと落ち着いて眠れそうにないな、とアレスはため息をつくのだった。
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