第9話
そこにいたのは、リーダーとNo2だった。
「No3がもたもたしてるから、俺が直接来てやったぜ」
「No3?」
有泉は不信そうな眼差しをむける。
「幸三のことだ。ちなみにこいつは幸二という。だからNo2だ」
「じゃあ、あなたは幸一でNo1?」
「こんなしけたやつらと一緒にしないでほしいな。俺の名は、成吉創だよ。ちなみにリーダーと呼ばれている」
「ふうん。で、あなたたちは何なの? 漫才コンビとそのマネージャー?」
「違う!」
リーダーは吐き捨てるように言った。
「俺達は、フォルクローレ部を作ろうと活動中なんだ」
「フォルクローレ?」
「フォルクローレっていうのはね、魅力を語り出すときりがないから一言で説明するけれど、要するに中南米で発祥した民族音楽のことだよ。日本では『コンドルは飛んでいく』が有名だ。知っているかな」
「まあ、なんとなくは。で、何でフォルクローレなの?」
「いい質問だね。話すと長くなるんだけど」
リーダーは目を輝かせた。フォルクローレとの出会いを語るのは、彼にとって最上の喜びなのだ。ふと気がつくと、まるで関係のない会話でさえも、フォルクローレに行き着いてしまう。はっきり言ってうんざりだ。No2が、僕に視線で暗号を送る。解読すると、(またかよ)だった。
「僕の家は、みんな音楽をたしなんでいてね。父と母は音大で知り合ったんだ。母はコントラバス、父はビオラ。どっちの家も裕福だから、ちゃらちゃら音楽やっても暮らしていけるんだよ。あ、自慢に聴こえちゃったかな。まあいいや。兄はチェロ、姉は三味線をやっている。弦楽器が好きな一家なんだ。僕も三歳のときからクラッシックギターをやっているのさ」
(前は六歳の頃からって言ってなかったか?)
思わずNo2に目で語りかけた。リーダーはそれに気づかず、話し続ける。
「中学校は吹奏楽、高校はクラシックギター部に入った。そこで僕は出会ってしまったんだ、フォルクローレにね。クラシックギター部で、『コンドルは飛んでいく』を演奏することになった。ギターだけではいまいち盛り上がりにかけると判断した部長が、一年生にはリコーダーの演奏を命じた。僕らはしぶしぶリコーダーを吹いた。しかし、これが大当たりだった。笛を吹きながら、僕は自分がコンドルになって大空を羽ばたいていることを確信した。すごい曲だった。急いで町中の中古屋をかけずりまわって、フォルクローレのCDを手に入れた」
「あのさ、あんたの家金持ちなんでしょ。なんで中古屋へ行くのよ」
「いい質問だ」
リーダは咳払いをした。
「話すと長くなるんだけど」
「じゃあいいわ」
気持ちよく話し出そうとしたのを突然遮られ、リーダーは目を白黒させた。
(見てみろよ、リーダーの顔)
(ああ、いい気味だな)
僕とNo2は、目で素早く会話した。
「平林君も、そのフォルクローレ仲間なわけ?」
「まあ、一応、ね」
「一応じゃないだろう」
リーダーは鋭い視線を放つ。
「こいつは、俺が、この部室を乗っ取るために送り込んでやったんだ。なのに、いつまでたっても音沙汰がない。ぼやぼやしやがって、この役立たずが」
「なんだと……」
「お前はもう引っ込んでろ。こうなったら、俺が直接話しをつけてやる。おい、有泉さん、単刀直入に言う。この部室は俺がいただく」
「俺達」ではなく「俺」なのかと思ったが、指摘しても無駄になりそうなのでやめておく。
「なに寝言いってんの?」
「園芸部は、この学校で一番部員が少ない部なんだ。いつ廃部になってもおかしくないんだろう。それが何故存続しているかというと、去年まで学生課を仕切っていた職員が、園芸部出身だったかららしいな。園芸部の部長は代々自己中な奴がなるらしいが、そいつも相当無茶やってたみたいだな」
「どこでそんな情報を……」
僕すらそんなことは知らなかった。そうか、それで部員一人でも今まで運営できていたというわけか。園芸部、なんて卑劣なんだ。
「時間がもったいないからお前らには説明しなかったけど、俺が園芸部に目をつけたのはそういう理由からだったんだよ」
リーダーはほくそ笑んだ。こいつも胸糞の悪い奴だ。
「そいつが遠隔地にある医学部の教務課に転勤した今、この部の後ろ盾はどこにもないんだ。なんだったら、今の学生課に『部員一人なのに部室があるなんておかしい』と抗議してやってもいいんだぜ」
「だからといって、この部室が貴方達のものになるわけはないでしょう、他にも部室をほしがっているサークルは山ほどいるのよ」
「だったら、君が一人で部室を占拠してるのは身勝手だな」
「だって、また部員が入ってくるかもしれないじゃない!」
二人はしばらく、ああでもないこうでもないと言い争っていた。
多分、三十分前までの僕なら、うまく二人をなだめようと心を砕いていたことだろう。もしくは、リーダーをぶん殴って友情をぶち壊してでも、有泉と園芸部を守ろうとしたかもしれなかった。
しかし今の僕は違った。有泉が僕を「ケンちゃん」呼ばわりしたことは、僕と有泉との間に深い溝を作った。溝を埋める方法は、こんな短時間ではとても考えつかなかった。
「観念しな、有泉さん。石がどうなってもいいのか?」
「あなたまで?」
そうは言いながらも有泉の目は、信じられないというよりも、どこかで気づいていたことを、単に確認しているかのようで、たじろいでしまう。
「悪いけど、リーダーの言うことはすべて本当さ」
「あなたが役立たずだってことも?」
ああ、せめて「私はそんなの信じない。ねえ、平林君、うそだって言ってよ!」、そう言ってくれたら、「うそに決まってるじゃないか」と微笑んで、リーダーとNo2に牙を向けることくらいたやすいのに。しかし、有泉は僕に何の未練もないのだ。初めから何の執着もなかったわけだが。
「僕は……、僕は君を欺くために部室のドアを叩いたんだ」
「あっそう」
まだ間に合う、もっと他に何か言ってくれ……しかし彼女は、一ナノメートルも動揺した様子を見せなかった。
「じゃあ、これはもういらないわね」
そう言うと、ついさっき手渡したばかりの入部届けを、丸めてゴミ箱に投げ捨てた。ゴミ箱まで数メートルの距離があったが、それはすぽっと収まった。僕が園芸部に必要のない人間であると証明された瞬間だった。
「ナイッシュー」
とNo2が呟いた。
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