第10話

 長時間にわたる話し合いの結果、僕達は賭けをすることになった。

「まだ活動を始めていないとはいえ、音楽系のサークルよね。だったら、それなりの演奏してよ。三週間後に、駅前で路上ライブをやってもらうことにしましょう。それでもし、投げ銭が一万円以上集まったら、この部室はあんた達に譲る。でも集まらなかった場合は、その石は返して。そしてあなた達は私の目の前から失せてね」

「承知した」

 有泉とリーダーは、それぞれ即席で作成した契約書にサインした。

 部室を出て行く僕を、彼女は目で追いもしなかった。

 主が草むらからじっと僕を見ていた。

「なんだ、その小汚い猫は。園芸部にお似合いだな」

「そんな言い方するなよ! 失礼だ!」

 主はそんな僕を一瞥すると、藪の中に消えていった。

「有泉さんそっくりだな」

 リーダーは奇妙な笑い声を上げるのだった。

それから大変な日々が続いた。

 リーダーはどうだか知らないが、僕とNo2はフォルクローレの何たるを知らなかった。さらに、楽器すら音楽の授業以外でいじったことがなかったのだ。しかも、小学校、中学校は義務教育である。楽器が人並みにできなくても、余裕で卒業できる。ということは……。大丈夫なのだろうか?

「いいか、フォルクローレっていうのはな、三人でもなんとかなるんだ」

「ああ」

「でも今回は、ド素人が二人いる、これじゃあまりに分が悪いから、助っ人に来てもらうことにした。契約書に、間違えて四人で演奏すると書いておいたのが幸いした。ほら、これが助っ人、マンドリン部の酒井君だ」

「どうも、よろしくっす」

 酒井君とやらに会うのは初めてだった。しかし、君付けで呼ぶような友人がリーダーにいたとは驚きだった。

「まず、パートだ。俺はギターをやる。高校生のとき、クラシックギター部に入っていたからな。当然だろう。そして、本来ならチャランゴという楽器を使うんだが、高くて買えないので、マンドリンで適当にやってもらう」

「成吉君」

 酒井君がそういうと、リーダーはそれを遮って、

「このミッションが終るまで、俺はリーダーだ。ちなみにこいつらは、No2とNo3だ」

 と冷たく言い放った。

「了解、リーダー」

 酒井君は笑いをかみ殺す。

「俺、フォルクローレってよく知らないんだけどさ、CD聴くと、チャランゴって、和音を演奏してるだろう? マンドリンでそんな演奏したことないんだけど」

「君に一任する」

 リーダーの言い方がおかしかったのか、酒井君はまたくすくす笑っている。

「酒井君、きみ、もうちょっと真面目にやってくれないかな?」

「すみませんでした、リーダー。ところでさ、俺にもあだ名つけてくれない? そうしないと、雰囲気出ないからさ」

 リーダーは酒井君をにらみつけた。

「酒井か、酒関係だな。じゃあ宴会部長にでもなってもらうか。おい、宴会部長。打ち上げはお前に掛かっているんだ。気合入れてやれよっ」

「はい、リーダー」

 酒井君は息も絶え絶えにそう言いながら、笑いがこらえられなくなったようで、とうとう一時退室に到った。

「そして、No2とNo3には、それぞれリコーダーをやってもらう。曲によっては、マラカスやタンバリンもやれ、いいな」

「リーダー」

 No2がおそるおそる口を挟む。

「今更だけど、一万円なんて集まるのかな、本格的な楽器でやるならまだ格好つくけど、小学生が使うような、リコーダーやマラカスやタンバリンで……」

「お前が不安に思うのは最もだ」

 リーダーは頷いた。

「もちろん、投げ銭については事前に手を回しておく。とは言っても、きっとあの女、いや、有泉さんが見張っているだろうから、一人一回しかコインが投げられない。五百円玉だけだったら二十枚で済むが、それほどあからさまな手段に出たら、さすがにあやつ、いや、有泉さんも不信に思うだろう。まあ、うまく配分して一万円に達するようにするさ」

「そんなのずるじゃないか!」

 と叫ぶ僕。

「世の中、きれいごとばっかりじゃないんだよ、No3。今更なに言ってるんだ? 契約書には、『知人等に投げ銭をお願いしてはいけない』とは書かれていない。これくらいのことも想定せずにこの条件を飲んだんなら、あの女、いや、有泉さんは相当な間抜けだよ」

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