第6話 使役人
小さなの工場街、機械音がしない工場に明かりが灯っている。音がしないのは機械が無いからだ。全て売り払われ、廃業状態だ。
そんな工場の自宅兼作業場で、男が一人で酒を呑んでいた。
山脇だ。三年前に刈谷に娘を奪われ、今は細々と此処で暮らしている。
「ハハハ、馬鹿だなこいつ」
テレビを見て、笑っている。娘を奪われてからは、家で話す相手はいない。
妻、由香の母親も五年前に亡くなっている。由香と連絡を取るのは、刈谷から止められていた。
昼間警察から連絡があり、娘の自殺を聞かされた。しかし自己中心の性格のせいか、内心悲しみは浮かんで来なかった。
「お父さん」
テレビの音に紛れて、声が聞こえてきたような気がした。
山脇は眉間に皺を寄せ、部屋の中を見渡した。しかし誰の姿も見えない。
パチン!
家中の明かりが消えた。
「チッ! 停電か?」
山脇は懐中電灯の所まで、手探りで行き、明かりを灯す。
ひーーーー!
ライトが当てられた所に由香の顔が浮かんでいた。
小さな悲鳴を上げ、山脇が後ずさる。しかしライトを当てらられた由香がゆっくりと近づいて来る。
「ちっ 違うんだ由香、お前を売ったんじゃない」
「・・・・・」
「あれは仕方なかったんだ」
「・・・・・」
由香が宝剣を振り上げた。が、その腕は止まり、振り下ろされる事はなかった。
「何が仕方なかったんですか?」
背後で現実的な声が響く。 面識のない女が立っていた、園野明希だ。
「あ、あんたは誰だ?」
自分の家に知らない人がいれば、当然の質問だろが、半分はパニック状態の中、普通の質問が口から出た。
「何が仕方なかったんですか?」
「・・・・・」
同じ質問を受け、頭が回らないのか、黙り込む山脇。懐中電灯の明かりが震えている。
「私が答えてあげましょうか」
園野はもう一枚の札を右手で挟む。
「あなたは娘の稼ぎの何割かを、刈谷から
「そ、それは・・・・」
「それと、由香さんに
図星なのだろう、山脇に返せる言葉はない。
「優しい娘さんね、そんな父親でも自分で
「ゆ、ゆるしてくれ」
懐中電灯の明かりがさらに震えている。
「無理よ、彼女が成仏できないから」
園野が右手を静かに振り、札を山脇の横へ流すように投げた。
空気を震わすように、鉈を持った老人が現れる。
老人は何の躊躇いもなく山脇めがけ鉈を振り上げ、そして振り下ろした。
ギャー ッ!!
一瞬の悲鳴の後、明かりが灯り、テレビの音声が部屋に流れだした。
「それ、あの娘の札でしょ」
由香の遺体が見つかった川で、園野は札に火をつけた。
刈谷達を始末した翌晩、園野は楓にお願いして、この川に来てもらった。
「はい」
「式にはしないの?」
「由香さん、式にするには優しすぎますから」
「そう、やり手の
「私が使い
弱々しい笑顔を見せた後、園野は川を見る。当然、由香の姿はそこにはない。
「分かってるわよ、実の父に裏切られた女の人を、転生させたいんでしょ」
「ははは、楓さんは何でもお見通しですね」
夜空へと昇る煙に楓が手刀を切り、指を絡ませ印を紡ぐ。
「ナウマク・サマンダボダナン・バク」
五道輪廻を説く釈迦如来のマントラが、川岸に響いた。
「由香さん、来世は幸せになれるといいですね」
「そうね」
「それと楓さん。私は
今回の件を振り払うように、園野は元気な笑顔で楓を見せて、言い切った。
「そっ そうね、
急な園野の回復に、少し驚きながらも、楓は本音を漏らした。
「正義の味方でもありませんけど」
「警察官は、正義の味方でしょ」
「確かに!・・ アハ ハハハハハ」
「ハハハハハ」
蒸し暑い川岸に、秋の気配を運んでくる、少し涼し気な風が、女性達の笑い声を天へと昇らせていった。
必殺! 使役人! あずびー @azuby65
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます